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769 ドラゴンと金属花


 ドラゴンを観察してみる。


 前回戦ったそれとは違うように見える。そもそも俺が見たことのあるドラゴンには羽があった。けれどいま、すり鉢状の中心で横たわっているそれに羽はなく、まるで巨大なトカゲのようなシルエットだ。


 皮膚は黄色く、岩のようなデコボコがついている。見るからに堅そうだ。あれを普通の剣で斬るのは無理だろう。


「土竜だ」


「どりゅう?」と、俺は聞き返す。


 知らないの、とランティスは驚くようにこちらを見た。


「土系統の竜だよ。魔法の系統と一緒で竜にも系統があるんだ」


 なるほど。


 さしずめ、俺が前に見たドラゴンは火竜だろうか。口から火を履いていたしな。


「ドラゴンはどれも危険なモンスターだけど、その中でも土竜は比較的おとなしいって聞いたことがある」


「へえ、そりゃあ良い」


 比較的、というのがどれほど信用にたる言葉かは不明だが。


「どうしよう、こっちから攻撃をしかける?」


「どうしてそうなる。戦うことは考えなくていい。見てみろ、あのドラゴン、たぶん寝てるぞ」


 俺が指さすと、ランティスは目を凝らす。


「そういうふうに見える」


「だろう? だからここは刺激しないように、ゆっくりと採取をするぞ」


 俺の言葉にランティスは頷いた。


 俺たちが探しに来たもの、それは花だった。


 このゴザンス山の山頂付近にのみ自生する金属の花。これが指輪の材料として人気なのだ。もしパリィの町でこの花を買おうと思えば、それこそ目の玉が飛び出るくらいのお金がいる。そこにさらに加工賃なども加わって、指輪の値段は給料の三か月分どころではなくなるだろう。


 なおかつ、もともと希少だったこの花が最近ではドラゴンのせいで全くと言っていいほど採れなくなった。


 こうなれば値段は天文学的な数字である。


「だからこうして自分たちで採りに来たんだが」


 もともとが貴重なものだ。


 生えているかは分からない。


 前回は運よく、本当にたまたま見つけることができた。


 元来運の悪い俺があの金属の花を見つけることができたのは、おそらくそれが自分のためではなく他人のための行為だったからだろう。


 しかし、今回はどんなものか。


「手分けして探そう」と俺は言った。


 だけどランティスは怖がるように首を横に振る。


「む、無理だよ……」


「そうか?」


 そのほうが効率もいいと思うのだが。


 とはいえドラゴンが怖いのだろう。


 しょうがなく、俺たちは二人ですり鉢状の斜面を下りる。


 ドラゴンは寝ている、と、思う。


 できる限り刺激しないようにと俺たちは足音さえも気を付ける。ランティスにいたっては息まで止めようとしているようだった。


 すり鉢状の空間、その中を俺たちはうろうろと歩き回る。だがどこにも金属でできた花は生えていない。


 俺が前回ここに来たときはちょうどドラゴンの寝そべっているあたり、つまりは中央付近にあったのだが。


 まさかね、と俺は思う。


 ドラゴンの下に花があるなんて、そんなことありえないだろ?


 だってあの花は本当に金属でできているのだ。どういう材質なのかは正確には知らないが、銀色の光沢のある六枚の花弁のある花だった。


 そんな花の上で寝ていたら、いくらドラゴンでも痛いと思うのだが。


 一本の花からはだいたい一つの指輪ができるという。


 つまり俺たちはその花を二輪、手に入れなくてはならないのだ。


 歩き回っていると、ドラゴンがもぞりと動いた。


「わっ!」


 それに驚いてランティスが逃げ出そうとする。


 俺はそのランティスの服を後ろからつかんだ。


「落ち着け、ただの寝返りみたいなもんだ」


 ドラゴンは起きていないはずだ。


「もう無理、怖いよ僕」


「なら逃げ帰るか? それであの子になんて説明する?」


「ううっ……」


「プロポーズ、するんだろ? なら男を見せろ」


「分かってるよ」


「よし、頑張るぞ」


 ランティスの背中を叩く。


 俺は気になったのでドラゴンの方へと歩いていく。


 やはりというべきか、ドラゴンは寝ているようだ。下に金属の花がないかと確認してみる。しかし見当たらない。本当に踏みつけているのだろうか。


 あるいは、最初からそんなものなかったのか。


「ダメだね」と、ランティスもねをあげた。


「ああ」


 あの花は目立つ。咲いていれば遠目からでもすぐに分かるはずだ。だというのに、どこにも見当たらない。つまりこの場所にはないのだ。


 諦め、という言葉が脳裏をよぎる。


 しかし俺はこのまま帰りたくはなかった。わざわざパリィの街からこんな場所まで来たのだ。少し探してありませんでした、では帰れない。


 どうするべきか、俺はその場をうろうろと歩く。


 その間にもランティスはすり鉢状の山頂から出ていき「早く帰ろうよ」と俺を呼ぶ。


 しょうがないな、と俺は思った。


 ないものは仕方ないのだ。指輪の材料は他だっていいのだ。ここは諦めよう。


 そう思って、俺もランティスに続く。


 帰りも来た時と同じ道を、と思ったら、ランティスがなにか崖になっている方へと行く。


 このゴザンス山には山頂に向かう登山道としてある程度整地された道があるが、その部分いがいはほとんど崖のようになった斜面である。


「どうした?」


 ランティスはその斜面を覗き込んでいる。


「あ、いやね。親父に聞いたことがあるんだけど、こっちの斜面の方にもときどき金属花が咲いていることがあるらしんだよ」


 もし見つけられたらいい小遣い稼ぎになるから、毎回見てたらしいよとランティスは言う。


 とはいえ、本当にあるとは思っていないのだろう。もしかしたら、という感じで見ているだけだ。


「ダメだ、ないね」


 そう言ってランティスは首を横に振る。


 俺もよこから、どれどれと覗き込んだ。


 モヤのようなものがかかってよく見えない。もしかしてこれは雲だろうか? それでも俺は目を凝らしてみた。


 すると。


 キラリ、と光る何かがある。


「あっ!」


「どうかしたの?」


 あったのだ。


 金属の花が一輪。


「見えたぞ、あそこにある!」


 俺は興奮して言う。


「本当に!?」


「ああ、すぐにとってくる」


 俺は例のロープ。無限に伸びるという触れ込みのあれだ。それを取り出してそれをランティスに渡す。


「どっかいい感じのところに引っかけてくれ。俺が取ってくるから」


「うん!」


 とはいえここらへんに木などはない。


 どうするかと思ったらランティスはそこらへんの岩にロープを巻いた。


 俺はそのロープの結び目を信じて急な斜面、断崖を下りていく。


 空気が薄いような気がする。


 体がいつもより少しだけ重たい。


「気を付けてね!」


 ランティスが上から声をかけてくる。


「ああ!」


 ゆっくりと、一歩ずつ壁を踏みしめるようにして下りていく。基本的に使うのは手の力だ。自分の体重をしっかりと支える。


 怖い、と思った。


 いきなりロープが切れて、そのまま落ちてしまうのではないかと。


 そうなったときはそうなったときだ、腹をくくるしかない。


 俺ははるか下に見える金属の花へと、ロープを使って降下していくのだった。


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