768 俺たち以外の冒険者
朝になった。それはつまり山登りを再開しないということなのだが。
どうにもランティスは寝起きが悪くて起きない。
「おい、ランティス。ランティスってば!」
「むにゃむにゃ……まだ眠らせて」
「起きろって! 行くぞ、ほら!」
「もう一時間……」
ダメだこりゃ。
俺はそう思ってテントから外に出た。
朝の光はまぶしい。
今日はいい日になりそうだ。俺はそんなことを思った。
「ん?」
少し離れた場所から音が聞こえる。
なんだろうか、誰かの足音? 俺たちがいるのは舗装された山道から少しだけ離れた場所だ。いい感じに開けた場所があってのでそこにテントを建てたのだ。
どうやら山道を誰かが歩いているらしいが。
「山菜採り、ってわけじゃなさそうだな」
足音は二人。
重装備なのか、武具がこすれるような音が混じっている。
同じ冒険者だろうか。
「さて、どうしたものか」
この音を出している冒険者たちの目的はわからない。普通ならこの山に登る用事なんてないはずだ。俺たちのようにプロポーズを控えた冒険者ならまだしも、普通ならばそれなりに金を稼いで店でリングを買えば良いだけだろう。
ドラゴンの住む山に登って、自分で材料を取ってくるなんてよっぽど気合いの入ったバカか、あるいは貧乏でそれも買えないか。
しかし聞こえる武具の音は重厚だ。さぞ良い素材を使っているのだろう。
「ということは……」
可能性はただ一つ。
ドラゴン退治に来たのだ。
べつに俺は誰かが変わりにドラゴンを倒してくれるならそれで良い。しかし本当に2人でドラゴンに勝てるものだろうか。
面倒なことにならなければ良いが。
俺はテントに戻る。
ランティスはまだ眠っている。
やれやれ。
しょうがないので布団を引っ剥がして、頬を叩いた。
「わっ……!」
「起きたか?」
「う、うん」
「さっさと行くぞ。どうも俺たち以外にこの山に入ったやつらがいるらしい」
「えっ?」
「俺たちの目的はなんだ?」
「えっ? 指輪の材料を取ってくること?」
「そうだ。それもドラゴンに気づかれずにな」
このさい、俺はドラゴン退治を諦めていた。
もとより足手まといがいてどうにかなる戦いではないだろう。もし行けそうだったら、くらいの気持ちだ。ギルドには適当にダメだったらと言っておいて、それでもどうしても、と言うならランティスは置いてもう一度、山に登るつもりだった。
「でも僕たちとは別口じゃないの?」
「そうはいかないだろ。俺たちとは別の冒険者がドラゴンにちょっかいをかけてみろ。怒ったドラゴンの矛先がこっちに向かないとも限らないだろ」
「たしかに、早くしなくちゃだね! あ、でもその冒険者たちがうまいことドラゴンを倒してくれる可能性は?」
「そうなれば俺も楽なんだけどな」
たぶん、無理だと思う。
俺もこれまでの人生でドラゴンは一度しか見たことがないが、あれは個人がどうこうできるレベルの敵ではない。それこそチート級のスキルがあってどうか、というところだ。
総じてこの世界の巨大なモンスターは強いのだ。
「とにかく早く行こう。僕が案内するよ」
「まったく、いまの今までぐーすか寝てたくせによ」
俺たちはテントを畳んで、また歩き出す。
どうやら先程の冒険者たちは舗装された道を歩いているらしいが、俺たちは違う。
「こっちだよ」と、ランティスはいきなり舗装された道から離れた。
その先には道ともただの森ともつかない獣道がある。
「こっちからいけばモンスターに会わないのか?」
「うん」
「あんたはどうしてこんな道に気づいたんだ?」
「昔から僕たちの家族はこの山でいろいろなものを採ってたんだ。山菜とか、ときにはモンスターの肉とか」
「へえ」
「その時からずっと、この道は家族が秘密に使う道だったんだよ」
俺は自分のスキルを意識的に発動させる。『女神の寵愛~視覚~』だ。見えたのはランティスくんのスキルだった。
『山歩き(中級)』
へえ、と思った。
見たことのないスキルだ。なるほど、こういうスキルもあるのか。
俺は先を歩くのをランティスくんに任せて後ろをついていく。
着実に山を登っていく。
しかしときおり険しい斜面もある。そういう場所で活躍するのはロープだった。
「この断崖、登るのかよ?」
「ここを登れば近いけど、でも大変だから。遠回りする?」
「いや、俺が先に言ってロープを垂らす。それに捕まってくれ」
「うん」
突起になっている岩肌をなんとかつかんで、俺は上に登る。
落ちたら危ないけれど、落ちなければどうということもない。意外と簡単にできた。
「よし」
そして上から垂らすのは無限に伸びるという触れ込みのロープだ。それをそこらへんお木の幹に巻いた。
そのロープをランティスはしっかりとつかむ。
こっちからも引っ張り上げようと思ったが、やめた。
自分のペースで登らせたほうが良いだろう。
ランティスはなかなか身軽なのか、すいすいと断崖を登ってきた。
「これでショートカットしていけば、普通の道を行くよりも早く頂上につけるか?」
「たぶん。あっちにはたくさんモンスターも出るだろうし。普通にいけば僕たちが先につくと思うよ」
「よし、じゃあどんどん行くぞ」
とにかく邪魔が入る前に指輪の材料を採取してくるんだ。
俺たちはその後も道とも言えないような道を通っていく。
あたりにはモンスターの気配はない。
たしかに、これならランティスくん一人でも時間をかければ歩いていけそうだった。
そして、山頂付近へと近づき。
肌がひりつくような感覚。
嫌な予感がしてきた。
山頂は広かった。
草木はほとんどなく、岩肌と転がった巨大な石とだけが、空の青さに対して無骨に広がっている。
すり鉢状になっており、そのくぼみの中心には体を横たえる巨大なモンスターが。
一目でわかる。
ドラゴンだ。
人生で見るのはこれで二度目だ。
隣でランティスが体を震わせた。音に聞こえるドラゴンの存在を目の当たりにして、恐怖したのだろう。
「大丈夫だ」と、俺は簡単に言う。
「だ、だってあれ……ドラゴン、本当にいたんだよ」
「任せておけって」
根拠がないわけではない。
ただし保証ができないことはあまり言いたくなかった。
それでも彼に大丈夫だと俺が言ったのは、もしかしたらスピアーの魂が俺に乗り移ったのではないかと思った。
きっと彼なら怯える弟分を前にしてこういうに違いないから。
だから俺も、そういうふうにしたのだ。




