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757 結婚における儀式


「それで、どうしたら良いと思う!」


 俺の言葉に、ミナヅキはげんなりした顔をみせた。


「いきなり来てなにかと思ったら、そんな話か」


 時刻は早朝だった。


 パリィの一等地にある治療院。そこを経営しているのは俺と同じ世界から転移してきた男だ。俺たちは同級生だったのだが、こちらの異世界に来てからの時間はミナヅキの方が長い。


「そんな話ってのはないでしょうよ、結婚だぞ、結婚!」


「おめでとう」


「はい、ありがとう! でもそういうことじゃなくてさ……信じられるかよ、俺が結婚だぜ? こんなことお前に言うのもなんだけど、ついこの前まで高校生だったような気がするんだ、それなのにもう結婚!?」


「良いことじゃないか、婚期ってのは逃すといつまで経っても結婚できないもんだぞ。俺を見てみろ、この歳になっても独身だ」


「失礼だけど、いい人とか居なかったの?」


「居たかもしれないが忘れたよ」


 そう言ってミナヅキは机の引き出しからタバコを取り出した。何も言わずに火をつけて、うまそうに煙を吸い込む。吐き出された紫煙をなんだか悲しそうな目で見つめた。


 ――歳をとったな。


 そう思った。


 最初にこの異世界でミナヅキを見たときよりも、確実に老けたように思える。


「お互い、子供じゃないられなかったんだな……」


「そりゃあそうだ、いきなりこんな異世界に連れてこられて、親も居ない、金もない、知識も経験も、ないないづくしだ。俺は幸運だったよ、こうして一国一城の主に収まってるんだ」


「俺もシャネルに会えなければどうなってたことやら……」


 少なくとも、ミナヅキのように一人でなんとかできたとは思えない。


 やっぱりシャネルには感謝しかない。結婚だって、もちろんして良いのだ。


 ただ。


 その覚悟がないだけで。


「それで、お前はどうしたいわけだ?」


「どうしたいって……いや、結婚はしたいと思う」


「けどその踏ん切りがつかないってことだ」


「そうなんだよ! なあ、ミナヅキ。こういう気持ちって分かってくれるか?」


「まあ、分からんでもないね。人間、大きい決断をするときっていうのは何かしら迷いがあるものさ。俺だってここに治療院を開くってなったとき随分と迷った」


「そうなのか?」


「ああ、ちゃんと上手くやれるかってね。それは治療師としての技術ももそうだし、経営としてもそうだ。けれど日本にはいい言葉がある」


「日本じゃないけどね、ここ」


 俺が茶化すとミナヅキは失笑した。


「いいか。案ずるより産むが易し、ってね。そう言うだろう?」


「なるほど、住めば都ってことか」


「……それは違うだろ」


 違うな、うん。


「とにかく俺は悩みすぎってことか? ここは勢いでもう結婚しちゃえってことなのか?」


「榎本がそう思うんなら、そうなんだろうな」


「あ、なんか対応が雑じゃないか!」


 俺が文句を言うと、ミナヅキは疲れたようなため息を付いた。


「こっちはあんまり寝てないんだ、それをこの朝っぱらから。つきあわされる方の身にもなってくれ」


「そう言わないでくれよ、友達じゃないか俺たち」


「友達、か。この歳になると友達って言葉を聞くこともあまりないんだよな」


 そういうもんだろうか。


「俺の知り合いで一番頼りになりそうなのはお前なんだよ、ミナヅキ」


「そいつは光栄だね。ただ、そういう相談なら既婚者にしたらどうだ?」


「いや、考えてみたんだが。意外と結婚してる人が少ないんだよ。俺の周り」


「ふうん、そうかい」


 ミナヅキはしらばらく黙り込んで、天井を見つめる。


 俺のために必死に考えてくれているのだろう。


「どう、なんかいいアドバイスあるかな?」


「そうだな……覚悟が決まらない、と。なあ榎本、それは思うにお前がきちんとした儀式をしていないからじゃないのか?」


「儀式?」


「そうだ、結婚における儀式、その第一歩だ。なにか分かるか?」


 俺は考える。


 結婚するときに必要なこと?


 同棲とか? したな。


 子作りとか? したな。


 あとは親への挨拶とか? あ、でも俺もシャネルも親はいないし……。


「ごめん、ヒントちょうだい」


「ヒントは指輪」


「指輪……あっ、分かった! プロポーズだな!」


「そういうことだ。覚悟なんてもんはな、やることをやれば自ずと決まってくるもんさ」


 なるほどな、たしかにプロポーズってのは大切だよな。


 そういえば昔、レオンという若者のためにプロポーズに使う指輪の材料を採りに行った事があった。あのときはシャネルと一緒だったが、一度やったことだ。こんどは一人で行っても大丈夫だろう。


「あー、でもプロポーズかぁ、緊張するな。やっぱりあれかな、夜景の見える場所とかでこう、片肘ついて指輪を渡せば良いわけ?」


「さあ、それは知らんよ。方向性が決まったらならさっさと帰ってくれ。俺は一眠りしたいんだよ」


「大変そうだな、相変わらず」


「昨晩は急患があってな」


「お疲れ様」


「気ままな冒険者とは大違いなのさ。分かったたらさっさと出ていってくれ」


「はいよ、邪魔して悪かった」


「べつに邪魔はしていないさ」


 さっさと帰れなどと言っていたはずなのに、ミナヅキはわざわざ俺のことを外まで見送ってくれた。


 眩しい太陽の光にうっとうしそうに目を細めている。


「じゃあ、またね」


「ああ。今度は怪我をしたときに来い」


「そのときは友達割引で安くしてくれよな」


「そのときは、な」


 まるで来ないことを分かっているとでも言うようにミナヅキは笑った。


 でもべつに俺だって無敵ってわけじゃないんだ。スキルがあれば大抵のことは大丈夫だが、それでも何があるのかは分からない。


「気をつけるよ」と、俺はミナヅキに言った。


「ああ、そうしてくれ」


 手を振り、俺はミナヅキと別れる。


 そしてその足でシャネルのいる家には帰らずに冒険者ギルドへと向かった。


 指輪をあげる、というのはいい考えだと思う。


 たしかにミナヅキの言う通り、そういう行動をとればこちらの覚悟だって決まるというものだった。


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