752 侵入
敵は4人。
ティンバイはそいつらを斜に構えた目で見つめた。
いまから自分が死ぬかもしれないなどと全く思っていない男たちだ。自分たちが幸せの絶頂にいるかのように、酒を飲み、かつツマミを食らい、大いに語らっている。
その姿を見て、楽しそうだなどとは考えない。
なんて醜いのだろうか、とティンバイは思った。
少なくとも彼はいついかなる場合も気を抜かない。どれだけ酒を飲み、酔おうと、いつ自分を狙う敵が来るかと気を引き締めている。
だからこそ、彼はここまで生き延びているのだ。
ティンバイはモーゼルを構えた。普通の人間ならばこの射程からモーゼルの弾を当てるのは至難の業である。しかしティンバイならば。
そう狙ったようにも見えなかった。
ただモーゼルを撃った、それだけに見えた。
一発の小さな銃声。しかしそれは早すぎるだけで、実際には二発が放たれている。
比較的手近にいた男が2人、頭を撃ち抜かれて倒れた。そのうちの1人は派手に頭が弾けたものだから、残った男たちは最初、なにがなんだか分からないようだった。
飛び散った肉片や血をほうけた顔で見つめて、飲んでいた酒をもういっぱい、とごくりと飲んだくらいなのだ。
その間にもティンバイは次の行動に出ていた。
飛び出したティンバイはもう1人を撃ち殺す。そして残った最後の1人に蹴りをいれた。
「ぎゃっ!」
と、その場に男は倒れる。
その男に馬乗りになり、顔面にモーゼルを突きつけた。
「しゃべるな」と、ティンバイは言った。
モーゼルを突きつけられた男は、何がなんだか分からずにまばたきを繰り返す。
「少しでも抵抗すれば、殺す。叫んでも殺す、いいな」
「わ、分かった」
男はティンバイの言葉にしたがった。逆らえば殺される、とそう思ったのだろう。
「まずは、そうだな。お前たちの人数を教えろ。何人くらいいる?」
「30人くらいだ」
「ほう、なかなかの大所帯だな。お前たちのリーダーは誰だ、あのケツアゴの男か?」
「け、けつあご? ああ、ああ。そうだよ、俺たちはみんなあいつにやらされて、ここの警護をしているんだ」
「へえ、そうかい」
「な、なあ。助けてくれよ、頼むよ」
情けなく命乞いをする男に、ティンバイは笑いかけた。
男もつられて笑う。
「最後の質問だ」
「な、なんだよ。なんでも答えるからさ」
「俺様が誰か、知っているか?」
「え? い、いいや。分からない」
「そうか、なら教えてやる。俺様の名前は張天白という」
その瞬間、馬乗りになられている男は驚愕の表情を浮かべた。
「な、あんたがっ!」
「お前ら外道が勝手に語っていい名前じゃねえぜ」
一発の銃声が響いた。
その気になれば音を出さないこともできた。だがこれは開始を告げる合図なのだ。そのためには、堂々と音を響かせる必要があった。
「宴会の続きはあの世でやりな」
ティンバイは馬乗りになっていた死体から立ち上がると、すぐさま馬小屋の中へと行く。そして繋がれている馬たちを全て放してしまう。
「さあ、走れ、好きな場所に行っていいぞ!」
放した馬の尻を叩き、走らせた。
いつもなら馬に対してこんな乱暴な扱いは絶対にしないのだが、いまは非常時だ。こうして馬を暴れさせて撹乱をさせるのだ。
馬小屋から全ての馬を出して、ティンバイも外に出る。物陰で隠れているシャオシーのところへ行き「さあ行くぞ」とその手を引いた。
「どうして馬を逃したの?」
「馬賊にとって馬ってのはお宝以上のものなんだ。あれが仕事道具だ。馬の質や飼っている数でその馬賊の実力が測れられるくらいさ。それくらい大事なものが逃げ出したら、どうする?」
「そいつは大変だ」
「だろう」
ティンバイは屋敷の前に行き、大きく息を吸った。
「馬が逃げたぞ!」
そう叫ぶ。
先程の銃声と、この大声で、屋敷の中からは慌てた馬賊が出てくる。
「ど、どうしてだ!」
「分からねえ、けどもう馬が逃げ出してる。早く捕まえなきゃ大変なことになるぜ」
「くそ、見張りの奴らは何してたんだ! おいお前、まだ中で寝てるやつらを叩き起こしてこい!」
「承知した」
とはいえ、ティンバイがわざわざ中に行って起こさずとも、屋敷の中からはぞくぞくと馬賊が出てくる。それとは逆に、ティンバイは屋敷へと入っていく。
「いいか、シャオシー。こういう緊急時は堂々としていれば意外とバレねえもんだ。ビビった素振りを見せるんじゃねえぞ」
「う、うん」
実際、通路の真ん中を歩いているティンバイとすれ違う者たちは、足を止めようとしはしない。とにかく馬のことで頭がいっぱいのだろう。
ティンバイはそこらへんの扉を手当たりしだいに開けていく。
「お前の復讐相手は、さてどこにいるか」
「分からないけど、オイラ覚悟は出来てるからね」
「ああ」
ふと、開けた扉の先に馬賊の男がいた。どうやら眠っていたらしく、慌てて服を着ようとしているところだった。
ティンバイはすばやくその男の両手を撃ち抜く。
男は叫び声をあげた。
「質問だ、この屋敷に連れてこられた女はどこにいる?」
しかし男は痛みで質問に対して答えるどころではないようだった。
ティンバイは失敗したなと思いながら、男のことを撃ち殺す。
そのティンバイの後ろで、シャオシーはぶるぶると震えていた。怖いのだろう。こんなふうに人を殺す男を見るのがか、それとも人が死ぬことそのものがか。どちらかは分からないが、もしかしたらどちらも怖いのかもしれない。
「行くぞ」
と、ティンバイは言う。
「うん」
言葉少なげに2人は屋敷の中を歩き回る。
そうこうしていると、とうとうお目当ての男のうちの1人を見つけた。
「ん、なんだ貴様は」
そいつは、いままさに部屋から出てきたところだった。
部下たちもおおかた外に出て、自分はゆっくりと現場に向かおうとそういう態度をしている。
割れたケツのような顎を見て、ティンバイは鼻で笑った。
「やっと見つけたぜ、腐れ外道の親玉よ。お前だな、俺様の名前を騙っているのは」
「なに?」
男は何も理解できていないようだった。
「覚悟しろよ」
そう言った瞬間には、ティンバイのモーゼルから魔弾が撃ち出されていた。




