075 ふりだし
夕方まで微妙な雰囲気で過ごした。
カフェにいた他のお客さんごめんなさい!
はたから見れば俺たちは修羅場。別れ話でもしているように見えただろう。そうだとしたら俺は美少女二人に言い寄られるナイスガイか?
空のすみっこの方が暗くなってきて、
「そろそろ帰りましょうか」
とシャネルが提案した。
「そ、そうですね」
さすがにミラノちゃんもまだ外にいたいとは思わなかったのだろう。
しかし問題はなにひとつ解決していない。だってこのまま家に帰ったとして、俺たち三人で一緒にいるということにかわりはないのだ。
どうにかして場をなごませなければいけないのだが……。
なんて思っているとシャネルがいつの間にか代金を払ってくれていた。
「ごちそうさまです」と、ミラノちゃんは頭を下げる。
「あら、良いのよ」
「ごちそうさまです」と、俺もおどけて頭を下げてみる。
シャネルは答える前に、俺の腕に自分の腕をからめてきた。
まるで胸を押し付けるようにして俺に寄り添う。
「良いのよ、そのかわり家までこうして歩きましょうよ」
どのかわり?
「あ、歩きにくいだろ」
「良いじゃない」
ミラノちゃんが羨ましそうにこちらを見ている。
だけ何も言わない。
……なんだ、俺ってけっこうモテるのか?
いや、たぶんミラノちゃんの場合はあれだ。親友であるローマがいないショックから誰かに頼ろうとしているだけなのだ。それがたまたま近くにいた俺だっただけ。
俺のこと、好きとかそういうんじゃないと思う。
だからこそ、俺はミラノちゃんを受け入れることができないのだ。そういうのって卑怯だろ、人の弱みにつけこむみたいでさ。
「そういえばミラノちゃん」
シャネルが俺の横を歩きながら振り返り、少し後ろをいくミラノちゃんに言う。
「はい」
「貴女のお友達のローマちゃん。明日には釈放されるわ。保釈金を払ってきたから」
「本当ですか!」
「ええ。ウォーターゲート商会のやつらが殺人とかじゃなくてただの盗みだって警察に言ったから、そのぶん楽だったわ。窃盗で捕まったくらいなら保釈金でなんとかできるものね。良かったわね」
どうやらシャネルは今日、パリィ市警に話をつけてきたようだ。
「はいっ!」
ミラノちゃんは本当に嬉しそうに答えた。
その顔を見ているだけでこっちまで嬉しくなる。
――ふと、妙な風が吹いた。
シャネルが俺から手を離す。そして警戒するようにあたりを見た。
「シンク……」
「ああ、なんだかおかしいな」
嫌な感じがする。
俺の勘がそうつげているのだ。
「周り、誰もいないわ」
シャネルに言われて違和感の正体に気がつく。そうだ、ここは英雄通り。大通りとはいえないものの人はよく行き来する道だ。
それなのに、あたりに俺たち以外誰もいない。
さっきまで人もいたと思うのだが、気づいたときにはどこにも気配がなくなっていた。
「人払い……陰属性の魔法だわ」
「敵か?」
分からないわ、とシャネルが首を横に降った。
ゆっくりと空が暗くなってきた。
シャネルの目が猫のように光る。杖を抜いた。
「出てきなさい!」
シャネルの凛とした声が英雄通りに響く。
だが出てこいと言われて姿を隠した敵は出てこないだろう。
あたりはシンと静まり返っている。
「誰もいないんでしょうか?」
ミラノちゃんが怯えるように言った。
その次の瞬間、ミラノちゃんの陰がゆらめいた。
なにかが、黒い煙のようなものが陰から出てくる。
「――ッ!」
俺はとっさに剣を抜きその煙を斬る。
だが手応えはない。
その煙は一瞬にして人のような姿をとった。いつの間にかそこには老人が立っている。小柄な男だ、古めかしいシルクハットをかぶっている。
男の目が怪しく光る。その瞬間に俺は気づいた、男の手にナイフが握られていることを。
そのナイフが一突きに俺へと向かって来る。
――バチンッ!
魔法が発動したことを示す閃光。
それと同時に俺は弾かれたように後ずさる。
発動したのだ、『5銭の力』が。つまりは危ないところだった、まさに危機一髪だ。
「ほう」
鋭い目をした老人が感嘆の声をもらした。
「さすがはローマをしりぞけただけはある」
ローマだと? いま、ローマと言ったのか?
俺はその瞬間に察する、こいつはサーカスの一員だ。ローマが所属する殺人集団。金さえもらえば誰でも殺す無法者ども。
「狙いはなんだ!」
俺はその老人に向かって叫ぶ。
「しれたこと」
次の瞬間、男が消えた。
動きが早いのではない、ただ単純にこつぜんと消えたのだ。
「どこだ!」
どこにも見当たらない。
だが、ミラノちゃんが音もなく倒れる。気がつけばミラノちゃんを背後から掴むようにして、老人が立っていた。
「ファイアーボール!」
シャネルが火属性の魔法を飛ばす。
だがせっかくの火球もただ空中を素通りする。
また消えたのだ。しかも今度はミラノちゃんごと。
「いない、どういうわけだ!」
「まずいわ、さらわれた」
シャネルは俺よりもよっぽど冷静だった。
時間にすれば一瞬の出来事だっただろう。ミラノちゃんは俺たちの前から奪われてしまった。
「なんてこった……」
「これで私たちの計画はご破産ね」
「くそっ!」
俺は八つ当たりするようにその場に脚を踏み降ろした。
そんな俺を、シャネルはどこか憐れむように見ている。
「ミラノちゃんがさらわれたら全部ふりだしね」
シャネルの言葉は、俺を責めてはいなかった。けれど俺は自分の不甲斐なさを実感した。たぶん俺は浮かれていたのだと思う。
そのせいで……そう、ふりだしだ。




