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743 モーゼルを盗む少年


 近づいてくるティンバイを見て、若い男は若干とまどうような素振りを見せた。


「こんな夜中にぎゃあぎゃあと、眠ってる人間も多いだろうに」


「あ、あんたが旅の人か?」


「そうだが。そっちは?」


「俺はこの村の村長の息子だ」


「そうかい。で、そっちのガキは?」


 ふてくされた顔をした子供だ。ティンバイの方を見ようともしない。何か悪いことをしたのだろう、頬に真新しい傷がある。殴られたのだ。


「こいつは村の子供だ!」


「そりゃあそうだろうぜ。こんな時間に村人以外のガキがいたら驚きだ。そうじゃなくて、何をしたんだって聞いてんだ」


 べつにティンバイは子供をかばってやるつもりなどなかった。


 ただ、この子供の目になみなみならぬ意思のようなものを感じた。こんな年端も行かぬ子が、何かしらの決意を持ってする行為が、悪事とは思えなかったのだ。


「こいつはうちから武器を盗もうとしやがったんだ!」


「武器?」


「ああ、そうだ! 夜中に忍び込んでモーゼルを一丁な!」


「ほう、モーゼルを。どうしてだ? 格好いい武器がほしかったのか?」


「……違う」と、子供は吐き捨てるように言った。


「じゃあどうしてだよ」


「旅の人」と、村長が口を挟む。「貴方には関係のないことです」


「ま、そう言われちゃあそうなんだがな」


 だが、ティンバイは子供が好きだ。


 子は国の宝であると思っている。


 はっきり言ってしまえば、子供というだけで無条件で愛情を注いでやっても良いと思っていた。少なくともそういった愛情を他人から簡単にもらえるのは子供のときだけなのだから。


「なあ、ガキ。どういう事情だ? 説明してみろよ」


 ティンバイは身をかがめて、子供と視線を合わせた。


 年の頃はまだ10ほどだろうか。痩せてみすぼらしい服を着ている。唇がかさついているのは、栄養をろくにとっていない証拠だろう。


「…………」


 子供は答えない。


 言いたくない、ということだ。


 ティンバイは諦めて、その子供の頭を撫でてやり、立ち上がる。


「ふんっ。なんでも良いがよ、こんな夜中に怒鳴りつけることはねえだろ。親はどうしたんだ、まずそっちに言うのが筋ってもんじゃねえか?」


「そいつに親はいない!」


 と、村長の息子は叫ぶ。


 老人である村長の方はどこかこの事態を迷惑に思っているのか、なんとも言えない顔をしてティンバイと自分の息子を交互に見ている。


「そうかい、なら俺と一緒だな」


 それで、子供の方がハッと顔を上げてティンバイを見る。


「親がいないからと、甘い顔をしてやれば調子にのりおって! モーゼルで何をするつもりだった!」


 怒りが収まらない村長の息子は、大きく手を振りかぶって子供の頬をまた叩いた。


 ティンバイはそれを止めることもできたが、あえてそうはしなかった。事情はあるといえ、罪は罪、罰は罰である。そこをなあなあにしては、収まるものも収まらないというものだ。


「あっ」


 子供は殴られ、尻もちをつく。


 そんな子供に村長の息子は馬乗りになり、2度、3度と力任せに拳を振るう。


 ティンバイは無言でそれを見つめていたが、しばらくして――そろそろだな、と振り上げた男の腕を掴んだ。


「なっに!」


「もうやめてやりな、それ以上やったら死んじまうぞ」


 村長の息子は驚いていた。自分の腕を掴む旅人の腕が、まるで万力のような力なのだから。


 まったく、ピクリとも動かない自分の腕に、村長の息子は焦る。


「や、やめろ!」


「そりゃあこっちのセリフだぜ。どんな業物のモーゼルかは知らねえが、未来ある子どもの命より価値があるはずはなかろう。これ以上やるつもりなら、俺様が相手だ」


「わ、分かった。やめるよ」


ハオ。分かれば良いんだ」


 ティンバイは子供に馬乗りに鳴った村長の息子を力ずくで引き上げる。村長の息子はここで抵抗すれば腕がちぎれるとでも思ったのだろう、素直に立ち上がった。


 周囲の民家から、騒ぎを聞きつけた人たちがチラチラと顔をだしてくる。さすがに騒ぎすぎたようだ。


「おい、ガキ。大丈夫かよ、立てるか」


 いちおう、ティンバイは殴られた子供を心配する。


 子供はむくりと立ち上がる。その顔は血だらけだ。


「やれやれ。誰か手当をしてやれんのか?」


「医者はおりますが……」


 村長がどこか歯切れ悪く言う。


「なんだ、金か? それなら俺様が出してやる」


「いえ、この時間では寝ているかと」


「叩き起こせ!」


 しかし、その必要はなかった。


 子供は逃げるように走り去っていく。


「詫びの言葉もない! オヤジ、やっぱりあんなやつどっかに売っぱらっちまうべきだ!」


「まあ、そういうな息子よ」


「……おい。あのガキに家はあんのか?」


「はい、両親が残した家があります」


「そうか。なら、まあ良い」


 村長は集まってきた村人に謝る。騒がせてしまって申し訳なかった、と。


 みんな、それぞれの家に帰っていく。村長の息子も家の中へと入った。ティンバイも、さて帰るかと思った。


 けれど、村長はティンバイを呼び止める。


「旅の人」


「なんだよ?」


「謝罪と、感謝をさせてください」


 謝罪は分かる。安眠妨害に対してのものだ。


 しかし感謝とは?


「俺様はあんたらに感謝されるようなことをしていねえ」


「いいえ、あの子を守ってくれてありがとうございます。それを言いたかったのです」


「あんたの息子、酷いぞ。1発や2発ならただの折檻せっかんだが、ありゃあ殺すつもりだった」


「息子も悪くはないのです。ただ少し気が立っていて……」


「ま、なんでも良いけどよ。あの子はどうして親がいない?」


「殺されたのです」


「殺された?」


 死んだ、ではなく、殺された。


「はい、数年前です。この村を襲いに来た馬賊に。それ以来、あの子は村人がみんなで育てているのです」


「……泣かせるねえ。親のいない子を共同体で育てるか? それで、どうしてモーゼルなんて盗もうとした? 復讐か?」


「おそらくは、そうでしょう」


 ふむ、とティンバイは頷いた。


 そうだろうな、大方復讐のためだろうな。それくらいしか、あの歳の子があんな目をするわけがないのだ。


 ティンバイ自身もそうだったように。


「旅の人、どうかあの子を許してあげてください」


「ん?」


 俺がなにを許すというのだ、とティンバイは首を傾げた。


 もしかして、さっき子供に話しかけたときに、子供の態度が悪かったことに腹を立てているとでも思われているのだろうか。だとした、とんでもない誤解だ。


 ティンバイはむしろあの子供に好感すら抱いている。


 自分に似ているからだ。


「あの子はと言います。もし何かあれば、わたしどもに言ってください、罰は与えますので」


 ティンバイは片手を上げて、ひらひらと振った。


「べつにあのガキに怒っちゃいねえよ。罰だって十分に喰らっただろうぜ」


 そうティンバイが言うと、村長はホッとした顔をみせた。


 ティンバイは思っていた。あの子に必要なのは、罰ではないと。むしろ褒美に近いものだと。


 まあしかし、今日はもう遅い。


 そういうことは一晩寝て、明日ゆっくり考えよう。そう思ってティンバイは掘っ立て小屋へと戻るのだった。


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