734 女神に導かれて元いた世界で俺のことをイジメてたやつらに復讐します
「でしたらそれも叶えてあげますよ」
ディアタナがいったい何を叶えてくれるつもりなのか、俺にはよく分からない。
したがって、それに対してなんと返答すれば良いのかも分からなかった。
「復讐、したいんでしょう?」
「もう終わった」
「でも満足していない、違いますか?」
満足?
どうだろうか。俺は頑張った。それでここまでいろいろなことを乗り越えてきた。満足がどうとか、そういうことは考えていないが、後腐れというか、後悔はなかったはずだ。
「ねえ、榎本くん。復讐、しましょうよ」
ディアタナはささやくように俺に言う。
その言葉に、俺は『そそのかされる』。
「どういうことだ?」
「ですからね、こっちの世界だけじゃなくて。元いた世界でもあの5人組に復讐しましょうって。そう言ってるんですよ」
「どうやって?」
「簡単です。スキルをあげますよ。この世界で持っていた3つのスキルがあるでしょう? あれを全部持っていってください」
「そ、そんなことできるのか」
かなり魅力的に聞こえる。
「はい、できますよ。もっとも『女神の寵愛』だけは、アイラルン由来のものではなくてこのディアタナからのものになりますがね。どうですか、榎本くん。愛してあげますよ? 嬉しいでしょう?」
「う、嬉しいけど」
どのような意味であれ、誰かに愛されるというのは嬉しいことだ。
「何でもできますよ。身体能力だって『武芸百般EX』で底上げされますし、死にそうになっても『5銭の力+』でなんとかなります。ああ、そうだ。『女神の寵愛』は五感の全てをあげますからね」
「えっと……」
いきなりそんな、チートすきる全部盛りみたいに言われても困る。
俺は決断力のない人間なのかもしれない。
「ケンカしても絶対に負けませんよ。ボコボコにしてやれます。それに、その気になれば身体能力を利用して格闘技とかで稼いだり、あとはスポーツの世界で大成したり。なんでもやり放題ですよ」
「それは、たしかに楽しそうだけど」
「ね、そうでしょう? それを見て貴方をイジメていた人たちはホゾを噛む事でしょう。そういうの、胸がスカッとしませんか?」
「する」
「ああ、そうだ。もしかしたらあの木ノ下さんでしたか? あの人も榎本くんのこと、好きになっちゃうかも」
「ど、どうしてそうなるんだよ」
「え? だって榎本くん、あの女のこと好きだったのでしょう?」
さあ、どうだかね。ノーコメント。というか忘れちまったよ、そんな昔のことは。
「とにかく、貴方に逆らう人間は全部けちょんけちょんにするだけの力が手に入るんです。そういうのって素敵じゃありませんか?」
「うん」
「そうですね、榎本くんの人生にタイトルでもつけるならどうでしょうか。『女神に導かれて元いた世界で俺のことをイジメてたやつらに復讐します』。うん、素晴らしいタイトルではありませんか!」
「そ、そうかな?」
ディアタナのテンションはよく分からないが、嬉しそうだ。
この女神が嬉しそうにすると、なぜだかこちらまで嬉しくなってしまう。
「だからね、榎本くん。取引です」
「ああ」そう言えばそんな話だった。「それで、取引って?」
「簡単なことですよ。私のことを見逃しなさい。そうすれば貴方を元いた世界にかえしてあげます。チートスキル持ちのままで」
「ああ、うん。そういうこと」
「どうせ滅ぶ世界ですけどね。大丈夫ですよ、貴方が生きている内くらいは何とかなりますから。ああ、そうだ。世紀末になった後に世界の覇者にでもなったらどうですか? そういうのも楽しそうですよ。どうせ榎本くん、死なないでしょうし」
「えっ?」
いまなんか、さらっと怖いことを言わなかったか?
「あ、失言でしたね。忘れてください」
「……はい」
あれ? ディアタナはいま何を言っていた?
思い出そうとするのだが、思い出せない。まあ良いか、忘れる程度のことだ。
「どうですか? 私のことを見逃すだけで、榎本くんにはバラ色の未来が待っているんです」
「だけど、アイラルンが怒らないかな」
「それは大丈夫ですから。アイラルンの目的も達せられていますよ。だって私、もうしばらくの間は世界に干渉できないんですもん」
「そっか……それなら、まあ良いのかな。あっ、でも……」
「まだ何かあるんですか!」
ディアタナは苛立ったように叫ぶ。
それに俺は少し驚くが、すぐにディアタナは笑顔に戻る。まるで怯える子犬をあやすような表情で、俺はまんまとあやされてしまうわけだ。
「言っても良い?」
「良いんですよ、このさい全部言ってくださいね。全部叶えてさしあげますからね」
「あのさ……シャネルと離れたくないんだけど」
「シャネル・カブリオレと?」
「うん」
この世界から元の世界に戻るのは良い。
けれどシャネルがいないのは、嫌だ。
「榎本くん、それは申し訳ありませんが無理な相談です」
「なんで?」
「シャネル・カブリオレさんはこの世界のバグです。それも取り除けば他が壊れるほどの致命的なレベルのバグなのです」
「そしたら、俺のいた世界には連れていけないの」
「はい。ああ、でも大丈夫ですよ」
「何が?」
シャネルのいない世界の何が大丈夫なのだと言うのだろうか。
「代わりをさしあげます。シャネル・カブリオレとまったく同じ容姿の方を」
「同じ顔?」
「はい。体つきも、性格だって」
「美人なんだろうな」
「ええ。あちらの世界でいえばもう絶世の美人ですよ。誰からも羨ましがられるほどの。そんな人に好かれるだなんて、榎本くんは幸せですね」
「俺のことが好きなのか?」
「ええ。こちらのシャネル・カブリオレと同じく榎本くんのことが大好きです」
「そりゃあ良いね」
「でしょう? 想像して見るだけでヨダレが出ませんか? 絶世の美人を隣に置いた自分を。いろいろな生活のタイミングに、可愛い女の子がいるんですよ」
俺は想像してみる。
家で。
学校で。
街中で。
あとはそう、エッチなホテルとかで。
「すごい、人生って素晴らしい!」
「でしょう? ではシャネル・カブリオレと全く同じ女性も特典で――」
「あ、いいや。やっぱりいいや」
「いい? シャネル・カブリオレはいらない?」
「そうじゃなくてさ、元の世界には戻らなくてもいいよ」
「どうしてですか!」
「どうしてって……」
だって、ねえ?
シャネルがいないもん、あっちの世界には。
これ以上の理由が必要なものか。
「貴方はバカなんですか!」
ディアタナは憤怒の表情になる。
俺は怒られた子供のように縮こまり、けれど大事な主張だけはしっかりする。
「シャネルのいない世界になんて興味ないよ。シャネルだって俺のいない世界なんていらないって、そう言ってくれたんだ」
「ですから、シャネル・カブリオレと同じ存在を貴方に与えると――」
「それはシャネルじゃない」
シャネルに似ている、別人だ。
俺が俺であるように、シャネルはシャネルなのだ。
俺、という存在がここにいる。
シャネル、という存在はここにしかいない。
「記憶ですか! 分かりました、記憶もつけておきます、これならシャネル・カブリオレと同じものですよね。はい、これでこの話はおしまい!」
「ダメだよ。それはシャネルの記憶をもった別の人だ」
「何が違うというんですか!」
ディアタナは怒りに我を忘れたのか、俺が落とした刀を拾い上げようとする。
――それを俺は先に手にとった。
体は勝手に動いた。
これをディアタナに取らせてはいけないと、本能がそう伝えていたのだ。
「榎本シンク!」
ディアタナが叫ぶように俺の名前を呼ぶ。
その瞬間、俺の頭の中で何かが弾けた。
まるで催眠をかけられていたようで、それが解けたのだった。
「ディアタナ――貴様!」
俺はディアタナを睨む。
ディアタナも俺を睨んだ。
「どうして解けたの!」
知るか、と返事をしたいところだが。
もうこいつとは話をしないことにする。なにをされるか分かったもんじゃない。
俺は刀を構える。
刀は赤く輝いている。
もう許さない。そう、俺は怒っている。




