072 ミラノの告白「嫌いにならないでください」
テーブルの上に真っ赤なバラの花が咲いている。
バラというのは意外と日持ちするのか、まだまだ元気そうだ。
あの後、シャネルがどこからともなく花瓶を持ってきた。純白の花瓶だ、腰の部分だけがくびれている。どこから持ってきたのだろうか?
「はあ……」
窓際に椅子を持っていって、ミラノちゃんは外を眺めている。たぶんローマのことでも考えているのだろう。
「ワインでも飲む?」
話すこともないのに二人っきり。
シャネルのやつは外に情報収集に行っている。どうせまた洋服を買って帰ってくるんだろうけどさ。俺も誘われたけどミラノちゃんを一人残すのもどうかと思ったので断った。
「いえ、ぶどう酒は飲んだことなくて……」
「そう」
ミラノちゃんはこっちを見てくる。
白いドレスは今日もエロテックだ。目のやり場に困る。どーしてそんなにミニスカートなの!
「ローマは大丈夫でしょうか」
「大丈夫さ」
根拠なんてない。
でもそう言うしかない。
昨日はシャネルがパリィ市警に行ってローマの情報を確認してきた。そうしたらまだ留置所にいるらしく、その気になれば面会もできそうだということだった。
ミラノちゃんが捕まっていないから、ローマを裁判にかけるわけにもいかないらしい。そのため刑が確定せず、牢屋にも入れられないとか。
「はあ……」
またミラノちゃんがため息をつく。そのたびに大きな胸がむにゅりと揺れる。
俺の視線に気づいたのか、ミラノちゃんが怪しく笑った。
「気になるんですか?」
「え?」
「男の人ってみんな気になるんですよね」
そう言って彼女はスカートの裾を少しだけ上げた。
「ちょっ! な、なんのつもりだよ!」
「いえ、ただ奴隷としてこういうことも教えられたんですよ」
そう言ってミラノは悲しそうに笑った。
その笑顔はまるで、なんならやってみます? とでも俺に言っているようだ。
「こっち、来てください」
ミラノちゃんは甘えるように俺に言う。
俺は持ち前の童貞力をはっきして「い、いや。いいよ」としどろもどろに答える。
「じゃあ私から行きますね」
ミラノちゃんは立ち上がる。
スカートはまだめくれたままだ、赤い下着がちらりと見えている。
これが先日、俺に下着を少し見られて恥ずかしがっていた女の子だろうか? 別人のようにも見える。
が、俺は察した。
ミラノちゃんの目がいまにも泣きそうに潤んでいる。まるで自暴自棄であるかのように。
俺もそういう時期があったからよく知っている。こういう時、人はもうどうにでもなれと自傷行為をするのだ。
「……ねえ、シンクさん」
ミラノちゃんが俺に抱きついてくる。
「は、離れてくれよ」
「そんなこと言わないでください」
背中に手を回される。
「やめてくれ」
俺はそれで、無理やりミラノちゃんを突き飛ばしてしまった。
「きゃっ!」
ミラノちゃんはベッドに倒れ込んだ。良かった、床じゃなくて。
「ご、ごめん」
「……ううっ」
ミラノちゃんは泣いていた。
泣くくらいならこんなことしなければいいのに、バカな子だ。
「落ち着いたらいいよ、俺、外に出てようか?」
「いいえ、私こそごめんなさい。ここにいてください、一人にしないで……」
俺はベッドの隅に腰を下ろす。
ミラノちゃんはまるで親にすりよる赤ちゃんのように、俺の腰回りに抱きついてきた。
「……私、最低ですね。ローマ一人を犠牲にしてこんなところで」
「そんな事ないと思うけど」
ローマがパリィ市警に捕まってから、もう数日が過ぎていた。その間、ミラノちゃんはずっと罪悪感にさいなまれていたのだろう。
おめおめと泣いているミラノちゃん、いったいどうなぐさめれば良いものか。
「私、もう嫌なんです。一人でいるのも奴隷になってるのも。友達がああいうふうに捕まるのも。なにもかも嫌なんです。普通の暮らしがしたいんです――」
「大丈夫だって、いまにローマも保釈されるさ。そしたら二人でアメリアとかいう国に逃げればいいじゃないか」
ミラノちゃんは顔をあげる。
俺のことを下から覗きあげるように見る。
「シンクさんは? 来てくれないんですか」
「まさか」
俺にはシャネルがいるんだ。
はて、この膝のあたりにあるむにゅりとした感覚はなんだろうか? 胸? なんだかシャネルのものより柔らかいような……。
あ、やばい。変なところが大きくなってきた。
ミラノちゃんはそれをじっと見つめて、クスリと笑った。
「私じゃダメですか?」
「ダメじゃないけどさ」
「でもシャネルさんのほうが良い?」
「こんな場所にずっといるからいけないんだよ。気持ちも落ち込む」
俺はミラノちゃんの言葉に返事をしない。
代わりに、と提案する。
「そうだ、外に行こうよ。ちょっとくらいなら大丈夫さ」
「外、ですか?」
「行きたくない?」
「いえ、行きたい。行きたいです!」
「よし、なら行こうぜ。なんかあっても俺が守ってやるから」
本当は外に出ることはシャネルに禁止されていた。
でもミラノちゃんだって可哀想だろう、いくら隠れるためとはいえこんな狭い部屋に閉じ込められてさ。そしたら感情だって鬱屈するさ。
「ありがとうございます、シンクさん」
「お、おい。あんまり抱きつくなよ」
「す、すいません」
ミラノちゃんは今さら恥ずかしくなったのか、俺から離れた。
うーん、実はこの子、けっこう淫乱なんじゃないのか? というよりも男ったらし?
いや、良いんだけどね。
淫乱ロリ巨乳エルフ、最高じゃないか。あ、いや、エルフじゃないんだったか。
「あ、あの。シンクさん……」
俺はジャケットを着て剣を担ぐ。
「なに?」
「私のこと、嫌いにならないでくださいね……」
「なんだよ、なるわけないじゃないか」
こんな可愛い子を。
でもミラノちゃんの顔は、思ったよりもずっと深刻そうで。まるで誰かに愛されていないと生きていけないとでも泣き出す、精神に異常を抱えたような顔をしていたのだった。




