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721 破られる技


「アイラルン、お前は戦えないのかよ」


 ディアタナがこれだけ強いんだ、もしかしたらアイラルンだって。


「わたくしは暴力的なのはちょっと。そのかわり、背後からサポートしますわ」


「ヤクタタズめ!」


「なんだか新種のミミズみたいですわね、ヤクタタズって」


「そんなミミズいない!」


 というか、アイラルンに聞いた俺がバカだった。


「朋輩、わたくしにできるのは応援だけですわ!」


「偉そうに、言う、ことか!」


 ダメだ、冷静になれていない。


 アイラルンと会話するのはもうやめにしよう。


 俺は冷静になろうと努めた。


 自分で自分の中のスイッチを切り替えるんだ。


「私も、いままでいくらか人間と会話をしてきましたが。女神を前にしてこんなバカな話をするような人間はあなたが初めてですよ。なんですか、ミミズって」


 べつに答える必要のない質問。


「ぷぷっ、聞きましたか朋輩。あの女神はミミズを知らないらしいですよ。こんなところに引きこもっているからですね」


 いや、引きこもりでもミミズくらい知ってる。


「はあ……バカバカしい」


 俺もそう思う。


「バカはそっちですわ! ミミズくらいちっちゃい子供でも知っていますわ!」


 偉そうに言ったアイラルンだが、いきなりその場で飛び上がった。


「ぎゃあっ!」


 女神にあるまじき声で叫んでいる。


 見ればアイラルンの足元から30センチ大のミミズが数匹せり上がってきていた。それにアイラルンは狼狽しているのだ。


 ディアタナの、少々子供っぽい報復行為。


 アイラルンは騒ぎながらその場でジタバタして振り払おうとするがミミズはもぞもぞとアイラルンの上半身に向かって動いていく。


「朋輩、助けて!」


 俺は無言で数匹のミミズを切り裂いた。


「あら、仲間割れですか?」


「そんなわけないだろう」


 べつにアイラルンの体には一切傷つけていない。


 切り裂かれたミミズは奇妙な色の液体を体から流している。もしかしたらも先程の酸のようなものかと思ったが、それはただ汚いだけだった。


「さて、そろそろ終わりにしましょうか」と、ディアタナはあざ笑うかのような声で言った。


 俺はその言葉に肯定も否定も返さない。ただ、内心では同じ気持ちだった。


 この状態なら――俺は無敵だ。


 そういう思いがあった。


 ゆっくりと、ただ歩いて間合いに入っていく。いつでも攻撃してこい。すべて俺に当たらないのだから。


 ディアタナが七支刀を振り上げた。


「消えなさいよ」


 振り下ろされる七支刀。


 その刃先から衝撃波のようなものが出る。


 だが、俺はその衝撃波が俺の元へと到達する前にその場を動いている。


「これをよける、すさまじいですね」


 べつに避けたわけではない。そもそも当たらない場所に移動しただけだ。



「当たり前ですわ! 朋輩は強いんですの!」


 なぜお前が自慢しているんだ、アイラルン。


「そもそも、人間にはよけられないスピードのはずですが」


 そう言いながらもディアタナは七支刀を振るい続ける。そのたびにカマイタチのような衝撃が飛ん

でくる。それらは俺の体すれすれを通過していくばかりだ。


「これじゃあ、きりがないですね。――あなた、止まりなさい」


 ディアタナが命令するように俺に言ってくる。


「止まらないで!」


 すかさずアイラルンがその命令を打ち消す。


 俺はディアタナに肉薄した。近距離から横薙ぎに刀を振る。しかしそれをディアタナは平気な顔をして避ける。


「遅いんですよ」


 俺の刀はディアタナにかすりもしない。すべて紙一重でよけられている。


 ディアタナの目はせわしなく動く。俺の動きが全て見ているのだ。


 ――そうか、この女神は目で見た攻撃をありえないほどの反射神経でよけているのだ。


 ならばどうする?


 どうすればこの女神にキツイ一撃を叩き込める?


 それを冷静に考えながら、俺は手数で攻める手段をとる。


 ディアタナに受けの体勢をとらせ、その瞬間に服の中からモーゼルを抜く。


 だが、ディアタナの掌底が俺の左手首を打った。


 モーゼルを思わず手放す。次の瞬間には、七支刀が振り上げられている。俺の体は俺の意思よりも早く、反射的に位置を変えている。それで七支刀の一撃はくらわずにすんだ。


 しかし、しかしである。


 落としたモーゼルから離れてしまう。


「銃ですか、そうですか、こんな汚い鉛玉を私に撃ち込むつもりだったなんて、万死に値しますよ!」


「クッ――」


 まさか、俺の戦法が読まれているのか?


 俺の戦い方を知っているからこそ、それを逆手にとっているのか?


 ディアタナは取り回しの難しい七支刀を自在に振っている。俺はその攻撃を受けることはできない、刀で受けたとしても力で押し負けるからだ。


 ならばどうするか。


 ずっと相手の攻撃の当たらない場所へ、場所へと移動している。


 だが――。


 肩に鋭い痛みが走った。


「ああ、やっと当たりましたか」


 なぜ?


 という言葉は飲み込んだ。それを言ってしまえば冷静さなどまったくなくなってしまうはずだ。


 だから俺は冷静に、そういうこともあると思ったのだ。


 だが、 そうも言ってられない具合に事態は進む。


 ディアタナの攻撃が数発、俺に当たったのだ。それはすべて致命傷ではない。


 だとしてもなぜ当たる? 俺には分からない。


 たとえば、人間には避けられない範囲への巨大な攻撃ならば、俺だって当たらない場所へ移動することなどできない。


 しかしこれは違う。


 面の攻撃ではなく、点の攻撃だ。


 こんなもの普通なら絶対に当たらないはずなのに。


「どうして、って思っているでしょう?」


 俺はなにも答えない。


「簡単なことですよ。貴方がやっているのはようするに相手の行動の先読み。未来予知にまで近い精度に高められた第六感によって可能になっている、スキルではない技術です」


 ……そうだったのか。


 いや、自分で使っていてなんだが、それは知らなかったぞ。


「けれどそんなものは人間の範囲での予想です。失礼ですけよね、本当に。私は女神なんですよ」


 ディアタナが七支刀を下段に構えた。それをヒョイ、と持ち上げる。


 俺の下腹部を衝撃が襲った。


 空中にふっとばされる。そしてそのままノーバウンドで叩きつけられた。


 動けなかった。いいや、動かなかったと言うべきか。


「もう貴方のそれは意味がありません。とらえましたよ」


 そう言って、女神は俺を小馬鹿にするように目を細めた。


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