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720 力負け


 脳へのダメージはすぐに回復した。


 ぴょん、ぴょん、とその場を飛び跳ねてみる。大丈夫、やれそうだ。


「朋輩、次はちゃんとサポートしますので」


「できるのか?」


「わたくしは腐っても女神ですわ、やろうと思えばなんでもできます」


「腐っても、って自分で言うなよ」


 だが、アイラルンが何かしらのサポートをしてくれなければディアタナに触れることすらできないのが事実だ。


 ここは信じて、俺は前に進む。


「はあ……本当に愚かですね。まだやる、と?」


「遊んでくれるんだろ。やろうぜ」


 俺は刀の切っ先をディアタナに向けた。


「いいですよ。けれどそうですね――まずはその剣で自分の手首を切り落としてくれますか?」


 俺の右手は勝手に動いて、まるでリストカットをするように左手へと伸びた。


「おおおっ!」


 これはマズい。


 なにがマズいってこのまま腕を切り落としたら動脈が切断される。そうなれば血が吹き出て、急性のショック死だ。おそらく、そういう死に方をするときには俺の『5銭の力+』は発動しないだろう。


 それとも切る前に発動するのか?


 いいや、俺が自分の手で切るんだ、発動するわけがない。


「くそがあっ!」


 俺は何とか自分の意思で右腕の動きを止めようとするが、止まろうとしない。ゆっくrりと刀を振り上げて勢いをつけてそのまま――。


「ま、待ちなさい! 止まって!」


 アイラルンの声。


 それで、俺の手は止まった。


「おおっ……間一髪」


 というかどうなってるんだ?


「あら、つまりませんね。せっかくその汚らしい手を一本、落として差し上げようと思ったのに。残念ですよ」


「朋輩、いまの内です!」


「おう!」


 事情はよく分からないが、アイラルンが何かしらの妨害をしてくれたのだろう。


 体が自由に動く。


 前に進む。


 ディアタナはそんな俺に向かってさまざまな命令を下す。


「止まりなさい」「武器を捨てなさい」「近寄ることは許しません」


 しかしそれらの命令は一瞬、俺の体の自由を奪おうとするだけですぐに動けるようになる。


「はあ……はあ……朋輩、自由に動いてくださいませ!」


 アイラルンが俺に言う。


 その言葉が俺の背中を押す。


「うおおっ!」


 ついにディアタナとの距離が近づいた。


「やれやれ」


 ディアタナが七支刀を持ち上げた。


 俺は構わず刀を振り上げる。そのまま押し切って、俺の刀をその脳天に叩きつけてやるつもりだ。


 大上段から振り下ろした刀。


 それに対してディアタナも真っ向から刀を合わせてくる。


 互いの武器がぶつかり合う。当然、このまま俺が勝つ。そのつもりで力を込める。


 しかし、前に進むはずの足が前に進まない。


 たたっ斬るどころか、そのまま鍔迫り合いにまで発展する。そして、驚くべきことに前に進めないどころか俺が押されだした。


「不思議ですか?」


 ディアタナは余裕の表情と声だ。


 しかしこちらは全力を出している。返事をすることすらできない。


「理解できないでしょうね。どうして私がこんなに強いのか」


 ダメだ、このままではこちらが押し切られる。


 一度体勢を整えるために離脱して――。


 そう思った瞬間だった。ディアタナは両腕で持っていた七支刀を片腕に持ち替えた。


 だというのに、力の強さはかわらない。


 開いた方の腕が俺に伸びてくる。俺の頭蓋骨に向かって。


 このままではわしずかみにされる。そうなれば、頭をまるごと潰されるかもしれない。


「くそっ!」


 俺は賭けに出る。


 刀に入れていた力を抜いて、そのまま後ろへと飛びすさる。


 もしここで追撃がこれば、がらあきの体に攻撃をくらう。そうなれば一巻の終わりだ。


 けれどディアタナは不敵に笑ったまま、その場を動かずにいた。


「勝てませんよ、人間風情では」


「……しょうじき、ビビってるぞ。まさか力負けするとは」


 あんなに華奢に見える女神のどこにそんな力があるというのか。


 ディアタナはいかにも女神らしい、白いドレスを着ている。その服からうっすらと見える肉体には筋肉などほとんどないように見える。細い、すべすべとした白い肌だけが見えているのだ。


「馬鹿力ですわ!」


「……そういう矮小な言い方は嫌いですよ、アイラルン」


「貴下は昔からそうでしたわ! 馬鹿力のバカ女!」


「貴女は昔から口が悪いわね。ああ、悪いのは口だけじゃないですか」


「誰が頭の悪い女神ですって! ムキー!」


「言いたいのは顔のつもりだったんですけど。まあ、頭も悪いですね」


 アイラルンは地団駄を踏む。そうするたびに、地面の花が散っていく。


「お、おいアイラルン。お前もう喋るなって。なんか本当にあわれになってくるから」


「朋輩までわたくしをバカにして!」


 いや、だってねえ……。


 とはいえ、いまはそんなバカ話をしている場合ではない。


 とにかくあのディアタナに一矢報いるのだ。真正面からがダメならからめ手ではどうだ。刀だけでは勝てないかもしれない、モーゼルも出すか? いや、しかしあの力だ、片腕で振るう刀など一気に弾き飛ばされるかもしれない。


 考える。


 しかし有効な答えはでない。


 ここで頼りにするのはアイラルンだ。


「それでアイラルン、作戦は? なにか秘策があるんだろう?」


「え?」


 俺はアイラルンを半目で見る。アイラルンは慌てて目をそらす。


「まさか……」


「いえ、ですから作戦は。ほら、朋輩。きちんと動けるでしょう?」


「お前、もしかしていまのが作戦なのか?」


「ですから、わたくしがディアタナの呪縛を解き放ち、その間に朋輩があの女神を倒す。完璧な作戦ですわ」


「俺だより! それに破綻してる!」


「まさか朋輩が負けるとは思わなくて!」


「まだ負けてない!」


「じゃあさっさと行ってあの女神を倒してきてくださいませ! ザ~コ、ザ~コ!」


「なんだその低俗な煽り文句! 誰が戦ってると思ってるんだ!」


 クソが、アイラルンのやつぜんぜん作戦なんてないじゃないか。どう考えても『ガンガンいこうぜ』が作戦じゃないかよ。


 とはいえしょうがない、やるしかないのだ。


 俺は呼吸を整える。


 冷静になれ。頭に血がのぼってる状態で勝てる相手ではない。考えを改めろ。目の間にいるのはおかざりの女神様なんかじゃない。きちんとした実力を持った、俺たちを殺せるだけの力を持った敵なのだ。


 俺の心は、静かな湖畔のように透き通る。


「ふんっ。これだから人間は。小手先の技術があるから嫌いですよ」


「それが人間の可能性ですわ!」


 アイラルンが何かを言っている。


 俺はそんなことに返事をしている場合じゃない。


 正面から戦うな、相手の攻撃を受けるな、そうすれば勝ちの目も見えていくるはずだ。


 ディアタナが七支刀を構えた。その構えには一切の隙はない。


 さて、どこから崩すべきか。



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