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712 人の形をした影


 人の形をした影は俺から離れた場所に出現した。まるで間合いをはかるように、じりじりと接近してくる。


 顔のない相手、というのはやりづらい。相手が何を考えているのか分からない。動きもどこか機械的で人間を相手しているときとは勝手が違うようだ。


 ガングーは手が離せない。といおうよりも動くことすらできないだろう。それを守りながら戦うことになるわけだ。


 刀を正眼に構える。


 こちらから動くことはせずに、俺は相手を待った。


 ピタリ。


 おおよそ5メートル。それくらいの位置で人の形をした影は止まった。


 ゆっくりとした動作で剣を構える。その構え方は俺のものと似ている。


 真似しているのか。それとも相手もその構えがこの場合正しいと思っているのか。


 俺はこちらから動くことはせずに、待ちの姿勢をとる。


 何をしてくるか分からない相手、無闇に攻めては手痛い反撃をくらうかもしれない。


 しびれをきらしたのか、相手はゆっくりと動き出した。右手を上げて、左足を前に出し、そして一歩、一歩と近づいてくる。


 どういうことだ?


 あまりにも無防備。


 隙だらけに見える。


 誘っている? なんらかの罠?


 だとしても――。


 俺は前に出て、人形の影に斬りかかる。一度だけフェイクの動作を入れてタイミングをずらしてやった。


 それが功を奏したのか、影は反応も出来ずに俺に斬られた。


 斬られた影はまるで地面に溶け込むようにして消えてしまった。


「いけるのか」


 と、俺は自分でも軽く驚く。


 どう見ても黒い、ただの影にしかみえない存在。


 俺の刀でざっくりと斬れるとは思わなかった。


 手に感触はほとんどなかった。薄い紙でも斬ったようだ。


 まさしく手応えがないとでも言うべきか。


「ガングー、この敵、弱いぞ!」


「…………」


 けれどガングーは答えてくれない。そうとう集中しているのだろう。


 俺は周囲を警戒する。


 まさか敵からの攻撃がこの一回で済むはずがない。


 案の定というべきか、少し離れた場所にまたブクブクと泡立つような影が出現している。今度は2つだ。


 どんとこい! というつもりで刀を構える。


 人の形をした影が2人分出現する。先程の戦いから相手が弱いということは分かっている。今度は強気でいく。


 2人――というよりも2体の影が出現した。


 俺はそれを一瞬で切り捨てる。反撃などまったくさせない。


 ちらっと、中空に浮いた大きなスクリーンを見ると、アイラルンが立ち上がって何かを叫んでいる。


『ですから、こう、グッとやるんですわ!』


 どうやらシャネルの方は苦戦しているようだ。


 ではガングーは?


 険しい顔をしている。


「榎本シンクくん!」


 こちらを見ないまま叫んでくる。


「なんだ?」


「リソースがない。少しこの場所の大きさを縮めるぞ! あまり俺から離れるなよ!」


「ん? わ、分かった」


 なにか変わったのかは分からないが、たしかにこの場の空気感が変わったような気がする。4K画質だった動画がフルHDになったくらいの……。


 また影が出ることを示す泡が出る。


 今度は4つだ。


 それを見て俺は嫌な予感がした。


 最初は1つ、次は2つ。その次が4つ。


 まさかこのまま倍々で増やすつもりか?


「だとしたら、戦い方を変える」


 刀が一本では対応ができないかもしれない。手に馴染なじむモーゼルが必要だ。


 先程の要領で作ろうとするのだが、すぐにはできない。


 さっきどうやった!?


 と、迷っている間に人形の影が出現する。やはり4体分、しかしその動きは緩慢だ。これなら刀だけでも――と俺は接近して、全ての敵を一瞬でなで斬りにした。


「榎本シンクくん、まずいぞ! とんでもない物量がくる!」


「物量!」


 そういの、先に分かるものなのだろうか。


 ガングーが言った直後に、ボコボコと音をたてて泡が出る。その数、ざっと32個。


 たしかに一気に数を増やしてきた。


 これを相手どって刀一本というのは無理。


 俺は早急にモーゼルを作り上げようとする。


 ――大丈夫、できる。できるぞ俺ちゃん。


 言い聞かせて、頭の中でモーゼルの形を想像する。そして俺はこの世界に創造してみせる。


 一瞬だけ、目を閉じた。


 頭の中には俺の相棒ともいえる武器を思い浮かべている。


 もやがかかったようなそのディテールが、晴れた。


 なにか歯車が噛み合ったような感じがして、左腕に重さを感じる。


 目を開けると、俺はしっかりとモーゼルを握っていた。


「よしっ!」


 きちんと形成できている。これなら遠距離、とまではいかないが中距離にいる相手への対抗手段となりえる。


 俺はシャネルの様子を確認する。


『もう少しですわ!』とアイラルンが言っている。


『やってやりましょうじゃないの!』と、シャネル。


 なんだか喋り方がおかしくなっているような気がするぞ?


 それだけ真剣ということだろうか。


 こっちも頑張らなくちゃな。


 ボコン、ボコン、ボコンと泡から人の形をした影が出てくる。数が多い、それでも俺は慌てない。息を整えて冷静になる。


 遠くから来る敵を順番にモーゼルで迎撃する。そして近くにいる敵は刀で切り捨てる。


 俺が一つの動作をするたびに敵が減っていく。


 それらを繰り返していくだけ。しかし、中に数体だが俺のモーゼルの弾を避けるやつがいた。あきらかに動きが違う。


 嫌な感じがした。


 目の前に敵が来る。その敵は他のやつとは違う。剣が一本という装備ではない。右手に斧のようなおのを持ち、左に盾のようなものを持っている。全てが影になっているので形を見て予想するしかないのだが。


「ボー、ボー、ボー」


 声?


 というよりも人間のそれとは違い鳴き声に近い音を影が出している。それだけで今まで一瞬で倒してきた敵とは違うと理解できた。


 斧を振り上げてくる敵。そのまま、一直線に振り下ろしてくる。俺はそれを紙一重でよける。そして相手が盾を持っている方の腕、その肩口を狙った。


 ――スパンッ。


 という音がする。おそろしいまでの切れ味で相手の腕がとんだ。


 それで相手は体勢を崩す。そこにすかさず至近距離でモーゼルを打ち込んだ。


 弾切れは心配しなくても良い。弾が切れたらすぐに想像の中で作り出すことができるからだ。


「動きはまだ愚鈍か」


 しかしそれもどうなるか。


 俺の攻撃をかわしたやつが4体いる。そいつらはまるでこちらの様子を観察するように離れた場所にいた。


「来いよ」と、俺は挑発するように言ってみる。


 その言葉が通じたのか知らないが、その4体が動き出した。


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