698 奪ったスキル
奪ったスキルは、しかし俺にとってなんの意味もないものだった。
――べつにこれで俺がいまさら強くなることはない。
無限にいくら1を足しても無限である。
限界まで達したスキルには、何も加えることはできないのだ。
しかしシワスにとっては大きなマイナスだ。
俺がシワスから奪ったスキル、それは『武芸百般(天性)』のものだ。
シワスのスキルはあと2つ。『武具錬成』と『女神の寵愛~幸運~』。しかしそのどちらも、俺にとってすでに怖いものではない。
「えっ……なんだ? あれ? ぐっ……」
シワスが大剣を落とした。
腕を抑えている。
あまりの重さに落としそうになったのを、とっさに支えようとしたのだろう。そのせいで腕の筋肉を痛めたのだ。
「やっぱりか」と、俺は言う。
「な、なんで――」
「お前もスキルで武器を持っていたのか。俺もそうだったよ。スキルがなくなったときは刀さえ持たなかった。モーゼルなんて撃っても撃っても当たらなくて絶望したもんさ」
「どういうことだよ、どういうことなんだよ!」
「分からないか?」と、俺。
いいや、分かっているはずだ。分からないふりをしているだけだ。
いくらシワスと言えどそこまで察しが悪いわけではあるまい。
あの喪失感は俺も経験したことがあるが、一発で理解できるものなのだ。自分の半身どころか、存在理由をなくしたような、そんな喪失感なのだから。
「なにしたんだよぉおおお!」
「お前のスキルを奪った」
「なっ!」
「『武芸百般(天性)』か……良いスキルだよな、このおかげで俺たちはこの異世界で生きてこられたんだから」
それはシワスも同じだろう。
「スキル、俺のスキルを!」
「さあ、続きをやろうか」
「ふ、ふざけるなよ!」
シワスは落とした大剣を持とうとする。しかしどうやっても持ち上がらないようだ。「クリス、クリスってば!」そして女に助けを求めているが、クリスも動かない。
「アドバイスってわけじゃないけどさ、シワス。その剣はやめた方が良いんじゃねえか?」
シワスはこちらを見て、ぎょっとした顔をした。
いや、俺を見たというよりも俺の刀を見たのか?
「な、なんだよ……榎本」
「なにがだ?」
「その刀はなんなんだよ! どうするつもりなんだよ!」
「何度も言ってるだろ、お前を殺すんだ、俺は」
「ふ、ふざけるなよ! 俺たちだって――友達だろ?」
なにを言っているのか分からない。
冗談にしてもふざけすぎではないだろうか。
「お前は俺の友達なんかじゃないよ」
「クラスメイトだったじゃないか!」
「いいや、俺は不登校だったからな。お前とはクラスメイトでも、ほとんど顔も合わさなかっただろ。いまさら情に訴えるって、お前おかしいんじゃねえのか?」
シワスは怯えているようだ。
自分の武器を用意しようともしない。
それで何をするかと思えばクリスの方に駆け寄った。
「クリス、クリス!」
俺は最初、それを不思議な目で見た。
しかしやがて、怒りがわいた。
――なんなのだ、この男は?
『こいつじゃ、お前の相手にはならないな。どうするよ、榎本?』
「うるさい」
俺の横に、亡霊のように金山が立っている。いや、事実これは亡霊だ。
その金山を、刀で一刀両断する。
すると、笑い声と共に金山は消えた。
「クリス、クリスってば!」
シワスはまだクリスに助けを求めている。自分で殴りつけておいて、だ。
おそらくクリスは気絶しているのだろう。まったく動いていない。
いま、この場で動いているのは俺とシワスだけだ。
「おい、シワス。立てよ」
「クリス!」
「立って戦え!」
「クリスってば!」
「俺はお前に復讐をしにきたんだ! お前が殺したタケちゃんの敵を取るために!」
シワスがなにを言っているのだ、という顔をした。
「復讐……」
「そうだ!」
「どうして俺が、そんな」
本気か? と思った。
本当に、本当に分かっていないのかこいつは。
「お前がタケちゃんを殺した。だから俺はお前を殺す! なにが分からない!」
「殺されたくない!」
「タケちゃんだって同じように思っていたさ!」
シワスは怯えたままで立ち上がる。
そこには闘志などない。
ただ、恐怖から逃れようとしているだけに見えた。
「う、うおおっ!」
シワスが出したのはどこのご家庭のキッチンにでもあるような、普通の包丁だった。
そんなもので俺を殺そうとしているのか。
しかしシワスにとって、他人を殺すと思ったときに、最後の最後に出た武器がこれだったのだろう。
先程までの余裕などまったくないシワス。
「ふざけるなよ、榎本ぉ!」
叫び声とともに一直線に突進してくる。
……遅い。
俺は軽く移動して、シワスの足に自分の足を引っ掛ける。
シワスは無残に倒れた。
包丁が手放されて、地面に落ちた。
俺はそれを拾い上げて、ダーツのように狙いをつけてシワスの背中に投げる。ザクッ、と音がして包丁が刺さる。
うるさい、本当にうるさい声でシワスが叫んだ。
俺はなんとも言えない、嫌な気分でそれを眺めていた。
これが俺の求めていた復讐だろうか?
「立てよ」と、俺はシワスに言う。
シワスは泣き叫ぶばかりで立とうとしない。
「スキルがなくなったからってなんだ、向かってこいよシワス」
「ああ、ああっ! 痛い、痛い、痛い!」
「ほら、来いよ。お前は俺のことが憎くないのか? 憎いだろ?」
しかしシワスは俺のことなどすでに見えていないようだ。
もう殺すか?
それは簡単だ。
けれど俺はシワスに向かってきてほしかった。せめて切り合いの末にこの男を殺したかった。
そうしなければ、死んでいったタケちゃんが可哀想だと思った。
「来いよ、シワス!」
俺は懇願するように叫ぶ。
だがシワスは戦意を喪失している。
俺は非常手段と、クリスの方に行く。やはり気絶しているようだ、息はしているものの意識はない。そのクリスに、刀を向けた。
「おい、シワス。来ないならこの女を殺すぞ」
言いながら、これじゃあ完璧に悪役だなと思った。
しかし思い直す。悪役で良いじゃないか、そもそも人を殺すことが善であるはずがないのだから。どのような理由があろうと。
シワスは絶望的な目でこちらを見た。
これではまるで俺がイジメているようじゃないか。
「あっ……あっ……」
迷っている。
シワスは迷っている。
俺に勝てないと分かっているのだろう、けれど好きな人を殺されそうになって、なんとか助けたいとも思っている。
さあ、来い。
ここで来なければ男じゃないぞ。
さあ!
シワスは覚悟を決めたようだ。絶望的な目の中に力が生まれた。そして手を前につきだす。その手に魔力が集まっているのを感じた。
「それで良い」と、俺はクリスから刀の切っ先をそらした。
そしてシワスに向かい合う。
これで、気兼ねなく殺せる。そう思った。




