表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

705/783

698 奪ったスキル


 奪ったスキルは、しかし俺にとってなんの意味もないものだった。


 ――べつにこれで俺がいまさら強くなることはない。


 無限にいくら1を足しても無限である。


 限界まで達したスキルには、何も加えることはできないのだ。


 しかしシワスにとっては大きなマイナスだ。


 俺がシワスから奪ったスキル、それは『武芸百般(天性)』のものだ。


 シワスのスキルはあと2つ。『武具錬成』と『女神の寵愛~幸運~』。しかしそのどちらも、俺にとってすでに怖いものではない。


「えっ……なんだ? あれ? ぐっ……」


 シワスが大剣を落とした。


 腕を抑えている。


 あまりの重さに落としそうになったのを、とっさに支えようとしたのだろう。そのせいで腕の筋肉を痛めたのだ。


「やっぱりか」と、俺は言う。


「な、なんで――」


「お前もスキルで武器を持っていたのか。俺もそうだったよ。スキルがなくなったときは刀さえ持たなかった。モーゼルなんて撃っても撃っても当たらなくて絶望したもんさ」


「どういうことだよ、どういうことなんだよ!」


「分からないか?」と、俺。


 いいや、分かっているはずだ。分からないふりをしているだけだ。


 いくらシワスと言えどそこまで察しが悪いわけではあるまい。


 あの喪失感は俺も経験したことがあるが、一発で理解できるものなのだ。自分の半身どころか、存在理由をなくしたような、そんな喪失感なのだから。


「なにしたんだよぉおおお!」


「お前のスキルを奪った」


「なっ!」


「『武芸百般(天性)』か……良いスキルだよな、このおかげで俺たちはこの異世界で生きてこられたんだから」


 それはシワスも同じだろう。


「スキル、俺のスキルを!」


「さあ、続きをやろうか」


「ふ、ふざけるなよ!」


 シワスは落とした大剣を持とうとする。しかしどうやっても持ち上がらないようだ。「クリス、クリスってば!」そして女に助けを求めているが、クリスも動かない。


「アドバイスってわけじゃないけどさ、シワス。その剣はやめた方が良いんじゃねえか?」


 シワスはこちらを見て、ぎょっとした顔をした。


 いや、俺を見たというよりも俺の刀を見たのか?


「な、なんだよ……榎本」


「なにがだ?」


「その刀はなんなんだよ! どうするつもりなんだよ!」


「何度も言ってるだろ、お前を殺すんだ、俺は」


「ふ、ふざけるなよ! 俺たちだって――友達だろ?」


 なにを言っているのか分からない。


 冗談にしてもふざけすぎではないだろうか。


「お前は俺の友達なんかじゃないよ」


「クラスメイトだったじゃないか!」


「いいや、俺は不登校だったからな。お前とはクラスメイトでも、ほとんど顔も合わさなかっただろ。いまさら情に訴えるって、お前おかしいんじゃねえのか?」


 シワスは怯えているようだ。


 自分の武器を用意しようともしない。


 それで何をするかと思えばクリスの方に駆け寄った。


「クリス、クリス!」


 俺は最初、それを不思議な目で見た。


 しかしやがて、怒りがわいた。


 ――なんなのだ、この男は?


『こいつじゃ、お前の相手にはならないな。どうするよ、榎本?』


「うるさい」


 俺の横に、亡霊のように金山が立っている。いや、事実これは亡霊だ。


 その金山を、刀で一刀両断する。


 すると、笑い声と共に金山は消えた。


「クリス、クリスってば!」


 シワスはまだクリスに助けを求めている。自分で殴りつけておいて、だ。


 おそらくクリスは気絶しているのだろう。まったく動いていない。


 いま、この場で動いているのは俺とシワスだけだ。


「おい、シワス。立てよ」


「クリス!」


「立って戦え!」


「クリスってば!」


「俺はお前に復讐をしにきたんだ! お前が殺したタケちゃんの敵を取るために!」


 シワスがなにを言っているのだ、という顔をした。


「復讐……」


「そうだ!」


「どうして俺が、そんな」


 本気か? と思った。


 本当に、本当に分かっていないのかこいつは。


「お前がタケちゃんを殺した。だから俺はお前を殺す! なにが分からない!」


「殺されたくない!」


「タケちゃんだって同じように思っていたさ!」


 シワスは怯えたままで立ち上がる。


 そこには闘志などない。 


 ただ、恐怖から逃れようとしているだけに見えた。


「う、うおおっ!」


 シワスが出したのはどこのご家庭のキッチンにでもあるような、普通の包丁だった。


 そんなもので俺を殺そうとしているのか。


 しかしシワスにとって、他人を殺すと思ったときに、最後の最後に出た武器がこれだったのだろう。


 先程までの余裕などまったくないシワス。


「ふざけるなよ、榎本ぉ!」


 叫び声とともに一直線に突進してくる。


 ……遅い。


 俺は軽く移動して、シワスの足に自分の足を引っ掛ける。


 シワスは無残に倒れた。


包丁が手放されて、地面に落ちた。


俺はそれを拾い上げて、ダーツのように狙いをつけてシワスの背中に投げる。ザクッ、と音がして包丁が刺さる。


うるさい、本当にうるさい声でシワスが叫んだ。


 俺はなんとも言えない、嫌な気分でそれを眺めていた。


 これが俺の求めていた復讐だろうか?


「立てよ」と、俺はシワスに言う。


 シワスは泣き叫ぶばかりで立とうとしない。


「スキルがなくなったからってなんだ、向かってこいよシワス」


「ああ、ああっ! 痛い、痛い、痛い!」


「ほら、来いよ。お前は俺のことが憎くないのか? 憎いだろ?」


 しかしシワスは俺のことなどすでに見えていないようだ。


 もう殺すか?


 それは簡単だ。


 けれど俺はシワスに向かってきてほしかった。せめて切り合いの末にこの男を殺したかった。


 そうしなければ、死んでいったタケちゃんが可哀想だと思った。


「来いよ、シワス!」


 俺は懇願するように叫ぶ。


 だがシワスは戦意を喪失している。


 俺は非常手段と、クリスの方に行く。やはり気絶しているようだ、息はしているものの意識はない。そのクリスに、刀を向けた。


「おい、シワス。来ないならこの女を殺すぞ」


 言いながら、これじゃあ完璧に悪役だなと思った。


 しかし思い直す。悪役で良いじゃないか、そもそも人を殺すことが善であるはずがないのだから。どのような理由があろうと。


 シワスは絶望的な目でこちらを見た。


 これではまるで俺がイジメているようじゃないか。


「あっ……あっ……」


 迷っている。


 シワスは迷っている。


 俺に勝てないと分かっているのだろう、けれど好きな人を殺されそうになって、なんとか助けたいとも思っている。


 さあ、来い。


 ここで来なければ男じゃないぞ。


 さあ!


 シワスは覚悟を決めたようだ。絶望的な目の中に力が生まれた。そして手を前につきだす。その手に魔力が集まっているのを感じた。


「それで良い」と、俺はクリスから刀の切っ先をそらした。


 そしてシワスに向かい合う。


 これで、気兼ねなく殺せる。そう思った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ