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695 甘ったれの理論


「ディアタナは言っていたぞ! お前を殺せば俺は次に行けるんだって!」


 ほう、と俺は少しばかり感心してしまった。


 次に行ける、という言葉には共感すら覚える。


「それで、お前はどこに行きたいんだ」


「ど、どこに――?」


 その質問はシワスにとって意外なものだったのだろう。


 自分がどのように次に行くのか、そんなこと考えたこともないみたいだ。例えるならばやっぱりゲームで。ゲームをやっていて次のステージに進む。それは嬉しくて楽しい。けれどそれは自分が行きたい場所へ行けたのではないだろう。


 次の場所――ステージへ進む、ということは自分の意思により行われたことだ。けれどたどり着いた場所は、誰かに用意されたものだ。


「俺も同じことを思うよ、次に進みたいって。そもそも俺が復讐を果たしたのはそのためだ。俺はやつらを殺して、新しい俺になる。――いや、なった」


「知ってるぞ、お前はクラスのみんなを殺したんだ! ディアタナに聞いた!」


「みんなっていうのは語弊があるな」


 俺が殺したのは5人だ。


「お前は最低だ!」


「そうかよ? じゃあ俺をイジメてたあいつらはなんなんだ?」


「なにも殺すことはない!」


「いいや、殺すことでしか俺は先に進めなかった」


「みんな良いやつだった!」


「良いやつはイジメなんてしないさ。あいつらは最低なやつらだった」


「狂ってるんだよ、お前は!」


「言いたいことはそれだけか?」


 つまりシワスの主張としては、俺は狂っているので、そういう人間は生かしておけないから殺すとそういうことか? 違うか?


「たとえば、俺がお前を殺す理由は簡単だ。復讐、それだけだ。お前は榎本武揚を殺し、土方の死を侮辱した。とうてい許されることじゃないよな。だからお前を殺す」


「ふ、ふざけるな! そんな理由で殺されてたまるか!」


 え?


 と、俺は首を傾げた。


 そんな理由? ずいぶんと分かりやすい理由だと思うが。というかこいつは今まで人をたくさん殺しておいて、なにを言っているんだ。


 だってシワスは――。


「お前はディアタナに言われて、人を殺してきたんだろ」


「そ、そうだ」


「そんな理由で殺された人たちのことを考えたことはないのか?」


「俺が殺してきたやつらは殺されるべき人間たちだった!」


 意味が分からない。


 自分が殺すのはよくて、殺されるのは嫌だと、そう言っているように思える。


 いや、実際にそうなのか?


 甘ったれている、と思った。


 けれどそれすらも違うのだとすぐに察した。


 シワスはどこまでもゲーム感覚なのだ。画面の中でゲームのキャラクターを殺すように人を殺してきた。


 しかし自分の命は別物で、それが失われてしまえば自分の存在そのものが損なわれてしまうということを理解している。だからこそ、自分の命が他人に奪われるのは許せない。


 そこまで理解してから、俺はこのシワスという人間が可哀想に思えた。


「お前はこの異世界に来ても、なにも変わらなかったんだな」


「なんだと」


「誰かに言われるまま、他人のなすがまま、子供みたいに責任も無く生きてきたんだな」


「馬鹿にしてるのか!」


「いいや、哀れんでいる」


 俺にするほどの力があれば、どのようにだって生きられただろうに。


 けれどシワスはそうしなかった。


 それともできなかったのか。それは分からないが。


「シワス、もうそいつと話をするのはやめなさい」


「そ、そうだな」


「まるっきり、自分っていうもんがないんだな」


「な、なんだと!」


「シワス!」


「お前は自分でものを決められないんだ! ディアタナが言ったから、その女が言ったから、誰かにそう言われてやっているだけ! 俺を化け物というがな、それならばお前は人形だ、人間じゃねえんだよ!」


「榎本ぉおおお!」


 シワスが身の丈をこす大剣を出現させた。それは先日、船上で見たものと同じだ。


 この前はゴリ押しでなんとかなった。俺の勝ちだった。しかしそれをまた出してきたということは何かしらの対策があるのだろうか。


 あるいはただ頭に血が登っているだけか。


 俺は冷静に考えながら、刀を構えた。


「こいよ、シワス――」


 グンッ、とシワスが大剣を振りかぶる。それを思いっきり、振り下ろしてきた。


 俺はすでにその攻撃の当たらない場所に移動している。しかしシワスの大剣が地面を大きく切り裂いた。


 深々と地面に刺さる大剣。


 その大剣が、白く輝き出した。


「なにっ――」


 俺はすぐに察する。あれは魔力の光だ。


「覇者一閃――」


 シワスの詠唱とも、宣言とも言える言葉。


 その次の瞬間。


「――グローリィ・スラッシュ!」


 足元からからシワスの魔力が間欠泉のように吹き出す。


 地震のように地面が揺れ始めた。


 溢れ出る魔力に当たらないようにしなければならないというのに、動きづらい。


 そのうえ、クリスがまた光の輪を出してくる。


「死んでしまえ!」そう、しわがれた声で叫ぶ。


 下からの吹き出す魔力と、前からくる波紋の魔力。そのどちらも当たってはならない。


「くっ――」


 苦しい。


 意識してよけているわけではないのだが、頭が疲れるような感覚がある。


 ボン、ボン、ボン、と爆発のような音がして地面から魔力。その音の一瞬前に俺は体を動かしている。一瞬のあと、俺が元いた場所に魔力の柱が吹き上がる。


 このままではやられるかもしれない。


 ここにきて、シワスも動き出す。


 大剣を引き抜いて、こちらに向かってくる。


 だというのに、魔力はまだ地面から吹き出したままだ。どれほどの魔力をあの『グローリィ・スラッシュ』にこめたのだろうか。


 光の輪をしゃがみながら前に出ることでよける。


 だが、そこを狙われた。


 シワスが大剣を投げた。ぐるぐると回転しながらこちらに飛んでくる大剣。一瞬だった。視界が大剣でおおわれたのは。それを俺は刀で弾き上げた。


 大剣が上空に舞い上がって視界が開けた瞬間には、すでにシワスが俺の目の前にいた。


 シワスの手にはグローブのような金属の手甲てっこうがついている。


 それもまた、武器の一種。


 強烈なアッパーカット。


 俺は吹き飛んだ。



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