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692 ろくな死に方をしない

 俺が五稜郭についたのは夜もあけていない内だった。


 こうして攻めるために五稜郭に来るのは二度目。最初のときはみんながいた。部下とも、仲間ともいえる皆がだ。しかしいまは俺だけ。


 ただ1人。


 無謀だろうか。だがやるしかないと思っていた。


 五稜郭は先日、澤ちゃんが火を放った。しかしそれで焼けたのはおそらく中央の建物だけで、中にある兵舎などは大丈夫だったのだろう。全焼はしていない。


 俺は自分の勘を頼りにシワスの気配を探る。


「……いる、か?」


 分からない。


 けれど五稜郭の中からはなんとも嫌な雰囲気がにじみ出ていた。その嫌な雰囲気はおそらくシワスのものだろう。


 俺は自分の感覚を信じた。


 五稜郭の周りには深い堀がある。そこには水がはられている。そこを越えて五稜郭の敷地内に入ることは無理だろう。だから俺はいくつかある五稜郭の入口から堂々と入っていくことにした。


 堀を越えるための橋の前に立った。


「ふうっ……」


 吐く息は白かった。冬ではないといえ、北海道の夜は冷えるのだな。


 橋の先には簡素な門があり、その前に歩哨が立っていた。男たちだ、数を数えれば5人いた。


 俺のことに気づく。


「止まれ!」


 と、言われた。


「止まってる」と、俺は不遜な態度で返事をする。


 あたりは静かだ、俺たちの声はそう大きくなくても通った。


「何者か!」


「何者? 榎本シンクだ」


 知らない、とばかりに歩哨たちが不思議そうな顔をした。こんな夜とはいえ、堂々と橋の前に立つ俺が、敵であるか味方であるか判断がつかないという感じだ。


「なんのようだ!」


「人に会いに来たんだ」俺は、自分でも驚くほどに冷静だった。「シワス――人斬りシワスってここにいるかな?」


「いるにはいるが――なんのようだ」


「いや、それだけ聞ければ良いんだよ。通してくれるか?」


 べつに無駄な殺生をするつもりはなかった。


 だが簡単に通してもらえるとも思っていなかった。だから俺は、刀を抜いた。


「なっ――敵襲だ!」


 男のうちの1人がそう言った。その瞬間、俺は走り出す。一瞬で橋を渡りきり、叫んだ男の喉元を斬りつけた。


 絶命。


 そのまま近くにいた男も切り捨てた。


 中に1人、反応が良いやつがいた。俺が動き出すと同時に抜刀していた。その男は俺に向かってくる。


「うらああっ!」


 力強い叫び声。


 俺は初太刀をかわして、カウンター気味に突きを入れた。俺の刀の切っ先は男の腹に刺さる。そのまま引き抜くのではなく、グリッと刀の方向を変えて上に引き上げた。


 腹から脳天にかけて、一直線だ。硬い感触は骨のものだろうか、それらを一気に引き裂いてやった。どろり、と臓物が落ちたかと思うと、血が吹き出した。


 俺はそれで汚れるのを嫌い、少し離れる。


 残るは2人だ。そいつらは門のあちら側にいる。何かあったとき、すぐに増援を呼べるようにだろう。


 門といっても柵のようなもので、敵軍の襲撃に対してはたしかに足止めの意味を果たすだろう。しかし俺は単騎だ。


 簡素な門を切り壊して、逃げるように走る男たちを追いかける。


 こちらの方が足は早い。


 すぐに追いついて、2人の男を次々と後ろから切り裂く。悲鳴をあげて男たちはその場に転げ回る。苦しまないように、とすぐに首を落とした。


「ろくな死に方しないな、俺ちゃん」


 自虐的に言う。


 いまの一瞬で5人殺した。


 いまさら1人殺すも、5人殺すも――と言うことはできるが、後味が悪いことに変わりはない。そもそも人が人を殺すことに慣れてしまえばお終いだと思う。


 俺はすでに終わっている。


 慣れてしまった。


 そういう生き方をしてきた。そしてこの異世界ではそういう生き方が許されていた。


 たとえば俺がいま元いた世界に戻れば、俺は社会不適合者だろう。いや、もともと不適合だったのだが。なんと言えばいいのか――犯罪者。そうだ、そういう言い方が正しいと思う。


 俺はきっと元いた世界に戻れば犯罪者になるだろう。


 まあ、戻るつもりなどないのだが。戻る方法もないのだろう。俺はこの異世界で生きて、そして死んでいくのだろう。それで良いと思っていた。


 だが、そうやって生きていくためにはあの男の存在が邪魔だ。


 不倶戴天ふぐたいてん


 シワスだけは殺さなければいけない。あるいは俺が殺されるのでも良い。とにかく、俺かやつか、どちらかしかこの異世界では生きられないのだ。


 俺は刀についた血を死体の服でぬぐった。そういうことを無意識にやってしまう自分に軽い自己嫌悪を覚えた。


「だけど、もし落ち込むのならば、それは全てが終わった後でだ」


 俺はそう自分に言い聞かせた。


 走り出す。


 嫌な予感の方へと。


 いまの悲鳴でもしかしたら敵襲に気づいた人間もいるかもしれない。しかしそれは俺の存在に気づいたことと同義ではない。


 中に入ってしまえばこちらのものだ。


 俺1人ならば敵の索敵の網にかかることなく、シワスの元へと行ける。


 こういうとき、頼りになるのはやはり勘だ。


 嫌な感覚のする方へと進んでいく。


 自分から嫌な予感の方へ向かう、というのは怖いものだ。しかしその先にいる男を殺さなければならないという半ば義務感で俺は足を動かす。


「敵だ! どこかにいるぞ!」


「何人だ!」


「分からない!」


 どうやら侵入者の存在に気づいたようだ。


 ほうぼうで明かりがつけられて、敵を探し始めた。


 しかし俺は見つかるような愚行はおかさない。


 隠れながらシワスへと近づいていく。シワスがいたのは小さな小屋だった。元から兵隊がつめるための小屋だったのだが、どうやらここにシワスがいるらしい。


 寝ているのだろうか。


 それとも起きているのだろうか。


 分からないが、入れば分かることだ。俺はゆっくりと扉を開けた。


 すると中には――。


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