689 土方の死
しかしやがてその時は来た。
ライフル銃が土方を狙っている。俺はいまこの瞬間に土方を助けることができない。
距離は離れている。
モーゼルの弾もつきた。
「トシさん!」
と、叫んでみたものの。すでにライフルの弾は発射されていた。
時間が停まることなどない。
このまま土方は撃ち抜かれて、死んでしまうだろう。
だが――。
土方が倒れた。
それは銃弾で撃ち抜かれたからではない。
一瞬で俺は土方が力尽きて倒れたのだと理解できた。
銃弾は土方にはあたらなかったのだ。
俺はすぐさま土方を狙った男の方に行き、一太刀でその男を切り捨てた。
それから土方の方に駆け寄る。
「大丈夫か、おい!」
まだ息はあるようだ。だがもう立てないのかもしれない。
「ここ……までか」
そのように俺も思えた。
「土方、何人やった?」
少しだけ、土方は笑った。
「覚えてないわ」
「そうか。満足したか?」
「ええ、十分よ。これで死ぬわ」
「そうか」
それが、土方の最期の言葉だった。
俺の手の中で、息絶えた。
その表情は満足そうにも見えたし、悲しそうにも見えた。けれど最低限の目標は達せられたはずだ。俺は泣きたい気分だったが、それはぐっとこらえた。
まだここは戦場だった。
土方の死体は持ち帰ろうと思った。弔ってやりたい。そう思って、俺は彼女を抱きかかえたのだ。
だが次の瞬間。
嫌な予感が近づいてきた。
それも急速に。
その嫌な予感の正体を察する前に、俺は自分の手に凄まじい衝撃を感じた。
なにかが俺の目前で爆発したのだ。
それで俺は吹き飛ばされる。
俺は自分の手がちぎれてしまったかと思った。けれど立とうとしたときに、両腕があることに気づいて安心する。
だが――持っていた土方の死体は。
あたりを見回す。
おどろくほどに吹き飛ばされている。10メートルくらいだろうか。
砲撃ではないはずだ。大砲の弾にしては弾速が早すぎる。
では何が?
そういうことを考えている暇はなかった。
なにせ次の一撃が飛んできたのだから。
――バチンッ!
という音がして魔法のエフェクトがそこら中に火花のように飛び散った。
『5銭の力+』のスキルが発動したのだ。
とんできているのは弾丸だった。俺は一瞬だけ、その姿が見えた。回転しながら飛ぶ弾丸は、風を切るソニックブームを起こして、長大な距離を一瞬で越えてきたのだ。
狙撃されている。
だがこんな高性能なライフル、この世界にあるわけがない。
考えられるのは一つ。
シワスだ。
俺は悔しさに両手を強く握りしめた。
土方の死体は粉々になった。そこらへんにあった肉片のどれが彼女のものか、分からない。血だってそうだ。
もしかしたらあそこにる下半身は土方のものだろうか? 確認することはできないし、そもそもそんな気もない。
ただ、俺は、憎んでいた。
シワスのことを。タケちゃんを殺し、いまこうして土方の死体すらも冒涜したあの男が。
俺は弾丸が飛んできた方向を睨む。
次の一発が来た。
俺はあえてその場から動かない。
バチンッ、音がして弾丸は消え去る。
目を凝らす。遠くの方を睨む。ピントをギリギリと合わせるようにして、死ぬ気で目を凝らす。俺の目は双眼鏡のように遠くの異景色をとらえた。
シワスが腹ばいで銃を構え、こちらを狙っていた。長いバレルの対物ライフルだ。あきらかにやつがやつのスキルで作り出した武器だろう。
飛距離はゆうに二キロを超える。もしかしたら三キロ離れた場所からだって狙撃できるかもしれない。
俺が見ているのを、シワスの方もスコープから確認したのだろう。
顔を上げて隣にいるクリスになにか言っている。さすがにその声までは聞こえない。だが、シワスの表情は必死に見えた。
クリスがなにかを言って、またシワスがスコープを覗き込む。
そして少しの時間狙いを付けて、トリガーを引いた。
その瞬間俺の体は勝手に後ろに下がった。数歩だけだ。
次の瞬間、地面に大穴が開いた。
着弾だ。
しかし俺は無傷だ。たしかに動かなければ俺に直撃していただろう、シワスのはなった対物ライフルの弾は。けれどそうはならないのだ。
石やら土やら砂埃が舞い上がる。それが少しだけ俺の体に当たるがそんなものはどうということはない。
それが目くらましになって、シワスから俺の姿は見えないだろう。
俺はゆっくりとそれが晴れるのを待った。
そして、またシワスの姿が見えるようになる。
「許さない」
思わず、口からそんな言葉がついた。
俺は刀に魔力を込める。できるかは分からないが、一つ案があった。
シワスが見えた。また驚いているようだ。なにかをクリスに言っている。クリスはおそらくシワスを慰めているのだろう。
クリスの表情は包帯に隠れていて見えない。けれど包帯がない首元にアザがあるのが見えた。
いったいどんな関係なのか、俺には想像もできない。
あいつらは愛し合っているのだろうか? 分からない。
そんなこと、いまはどうでも良かった。
俺は静かに、狙いすますように、魔力を絞り込む。
そして『グローリィ・スラッシュ』を放った。
無茶苦茶に魔力を放出するビームとは違う。万物を消滅させる真の斬撃とも違う。ただ絞り込んだ魔力を一直線に放出させたのだ。
イメージしたのは水の出るホースだ。口の部分をすぼめることによって出てくる水の勢いは増す。それを魔力でやったのだ。
目論見は成功した。
俺の『グローリィ・スラッシュ』は光の線となってはるか離れた場所にいるシワスの対物ライフルを正確に貫いた。
そのままシワスも、と思っていたのだがやつはクリスに引き上げられてその場から離れている。なんというタイミングの良さ。おそらくあのクリスという女にも俺と同じような勘の良さが備わっているのだろう。
俺はその後、すぐにシャネルたちのところに戻ろうと走り出した。
シワスの性格の悪さは分かっているつもりだ。やつが次に狙うとしたら、俺ではなくシャネルだろう。
走り出す俺。
敵がいれば切り捨てた。
そしてシャネルの元に戻った。
慎重に嫌な予感がしないかを見極める。
「シャネル、怪我はないか!」
「ええ、大丈夫よ」
おそらくシャネルも数度戦ったのだろう、あたりには黒焦げの死体がいくつか転がっていた。
「土方さんは?」
「死んだ」と、俺は答えた。
それよりも今はシワスだ。
俺はさきほどシワスがいた場所をまた見た。
しかしそこにシワスとクリスの姿はなかった。場所を変えたのか、あるいは逃げたのか。どちらにせよ、俺はシャネルを守るように彼女に寄り添う。
「これからどうするの?」
「……土方が死んだ以上、もうここでやることもないだろう。撤退だ」
これであとは、シワスを殺すだけだ。
俺はそう思うのだった。




