068 エルフじゃない
アパートにまで戻ってタイタイ婆さんを呼ぶ。さすが老人、朝が早い。
「こんな早朝から辛気臭い顔だねえ」
タイタイ婆さんは俺の顔を見て開口一番、そんなことを言いやがる。
「失礼な婆さんだな」
「それで、あの子はなんだい?」
タイタイ婆さんは二階の方を見る。
たぶんミラノちゃんのことを言っているのだろう。
「客ですよ、俺たちの」
適当に答える。
「これから住むのかい?」と、面倒そうに聞いてくる。
「占いで調べてみたらどうです?」
俺が冗談めかして言うと、タイタイ婆さんは分かっておらぬな、というように首を振った。
「それじゃあ知りたくないことまで分かっちまうだろ」
「なんでも分かるんですか?」
「おおよそ、なんでも分かるよ」
その「おおよそ」とはどれくらいの範囲なのか。まさか人がいつ死ぬかまで分かるというのだろうか? 厳密に、俺はいつ死ぬのだろうか。死相があると言われたが、あれは……。
それを聞くのはちょっとだけ怖かった。
「なんにせよ、迷惑はかけませんから」
「ま、そういうことにしとくさね」
俺は愛想笑いを浮かべて二階の自室へと行く。あんまり人と話すのは苦手だ。とくに会話の終わりというものが苦手。どうやったら会話を終わらせればいいのかわからないからたいてい愛想笑で済ませる。
ノックをして部屋に入ると、シャネルはまだ起きていた。
つまらなさそうな顔をして壁際に背をもたれている。すらりと長い脚が印象的。
「あら、シンク。遅かったのね」
シャネルはゆっくりとこちらを見る。まるでマネキンのような無表情で、俺はちょっとぞっとしてしまう。でも目の下にはちょっとだけクマのような影がある。それがかろうじてシャネルを生きた人間なのだと思わせてくれた。
「う、うん。ただいま」
見ればミラノちゃんは椅子に座っている。こちらも起きていたようだ。
俺が入ってきたことを認めると、
「ローマは、ローマはどこですか?」
立ち上がり、狭い部屋だというのに駆け寄ってくる。
シャネルが俺の背後を見ている。ローマの姿がないのを不思議に思っているのか首を傾げている。
それよりもミラノちゃんの方はローマがいないことにかなり焦っているようだ。
「シンク、どうしたの。あの子は?」
「すまん、ローマは警察に捕まった」
ミラノちゃんがこちらを一瞬だけ睨むように見て、しかしすぐにその視線が逆恨みのようなものだと気づいたのだろう。目を背けた。
「そう。シンクは大丈夫だったの?」
「ああ」
シャネル当然のように俺の心配をする。まるでローマのことなんてどうでもいいかのように。
でもミラノちゃんはそうはいかないのだろう。下唇をうっすらと噛んで今にも泣き出しそうだ。
「ごめん、ミラノちゃん。俺はローマを守れなかった」
「いいえ、いいんです。私もローマも逃げ出したときから覚悟はできています」
その言葉の気丈さ。
ローマも同じだったのだろうか。だからこそ自分のことをオトリにしてまでミラノちゃんを守ってほしいと俺に頼んだのか。
「シンクも帰ってきたことだし、そろそろ寝ましょうか」
さすがにこの状況でその発言はどうなんだ?
あきらかにそういう場合じゃないだろ。こっちはか弱い女の子一人オトリにして逃げてきたんだぞ。よく考えれば落ち込むよな、俺って最低だ。
「……はい」
でも、ミラノちゃんも頷いた。
まあもう明け方なんだけどさ、それに俺少し眠ったからな。寝なくてもいいかもしれないんだけど。
「貴女はそっちのベッドを使って。私とシンクはこっちで寝るから」
そう言ってシャネルは藁束に入る。
あ、やっとベッドが活躍するのね。いつもそこにあるだけでシャネルも寝なかったからね、ベッドで。
ロウソクの火が消された。外はうっすらと明るい。眠りにくい。
俺もおそるおそる藁束に潜り込む。なんだか人が近くにいるとさらに恥ずかしさが増すぞ。
「そ、それでこれからどうするんだ?」
俺は小さな声でシャネルに聞いてみる。あんまりにも至近距離だから、いまにもキスされそうでドキドキする。たぶんそんなことを考えている場合じゃないんだろうけど。
「うん……? 難しい話は一眠りしてからにさせて」
「そうか」
「ああ、面倒な話って言えばね……」
「な、なに?」
「あの子、エルフじゃないわよ」
「えっ!?」
――えっ?
「えっ?」
それってどういうこと?
聞き返そうとしたらシャネルはもう寝ていた。いったいぜんたい、わけがわからないぜ。
ミラノちゃんがエルフじゃない? じゃあ……エルフってなんなんだぜ!?
俺はベッドに眠っているミラノちゃんを見る。すやすやと寝息をたてている。どう見てもエルフだろ、あの子は。
――えっ?




