677 シワス強襲
最初は点のようにしか見えなかったそれは、次第に船の形になる。
それと同時に見張り台にいた船員が鐘を鳴らした。
それは敵を発見したときに鳴らされる鐘の音だ。慌てて海賊たちが臨戦態勢を取り始めた。
「榎本さん! 敵です!」
キャプテン・クロウが慌てた様子で俺たちの方に駆けてきた。
「うん、こっちでも確認してる」
「見えるのですか?」
「なんとかね。この距離だとどれくらい時間がかかる?」
「あちらの速度にもよりますが、おおよそ10分といったところでしょうか。こちらは速度をあげましょうか?」
もし敵と出くわしても一撃離脱で逃げる、というのが俺たちの作戦だった。
しかし相手がシワスともなればそう簡単にはいかないだろう。
それに、ここで会ったが百年目。みすみすシワスの野郎を見逃してやることはないだろう。
「キャプテン、一撃離脱の作戦はやめにしませんか?」
「と、言いますと?」
「前に海賊船相手にやったでしょう、相手の船に乗り込んで戦うやつ。あれでいきましょうよ」
「ほうほう、つまり海賊らしい戦いをしろ、ということで?」
「そういうことになります」
「気に入った! 榎本さん、そうでなくちゃ困ります! たしかにこの船は素晴らしい速力を持ちます。が、しかしこっちは海賊なのです! 相手の船に乗り込んで、切り合うことこそ、その本領! おい、野郎ども、聞いたか!」
周りにいた海賊たちが雄叫びをあげる。
気合は十分のようだ。
「野蛮ね」と、シャネルは不満そう。
だけど俺としてはこれくらいの方がやりやすい。俺の都合で彼らの命を危険にさらすのだ。いかにもやる気のない様子で戦われるよりも、これくらいの方が……。
「野郎ども! 思いっきり相手を蹂躙してやれ! 勝てば略奪し放題だぜ!」
うーん、世紀末だなぁ。
けれどキャプテン・クロウも楽しそうだし良いか。
しかしその遠足気分にも似た楽しそうな雰囲気は、敵が近づくにつれて様変わりしていった。
「おいおい、マジかよ……」
誰かがそんなことを言う。
黒光りする敵艦。
あきらかに通常の船とは違う。
なにやら船の周囲を装甲のようなものが覆っていた。
「あれはまずい!」と、キャプテン・クロウが叫ぶ。「榎本さん、逃げましょう!」
「逃げれるのか?」
敵との距離はすでに目と鼻の先。いや、そりゃあ陸地で歩くとなればそれなりの距離なのだろうが、海上においては違う。
「無理、ですね」
「なら正面からかち合うしかないか。あの船、よく浮くな」
見たことのないタイプの船だ。俺たち蝦夷共和国が持っていた最大戦力、開陽丸とも違う。どこか現代的な船に見えた。その理由は――木製ではないから?
つまり、あの船は。
「甲鉄艦です」
なるほど、あれが土方が盗ろうとした船か。
たしかに強そうだ。
というかこちらの攻撃など通りそうもない。どこからどう見ても要塞のような船なのだ。
その要塞が、ゆっくりと近づいてくる。
相手のことを誰の目からも視認できる距離。甲鉄艦の前面から長い砲門が一つ、こちらに向いて突き出している。その砲門の先っぽに、腕を組んでこちらを見る男が乗っていた。
一見してあまり特徴のない男。
しかしその男の緑色の着物は、一度見れば忘れない。
――シワスだ。
やはり、というべきか、殺気はシワスのものだった。
「榎本さん、どうしましょう!」
「このまま船をぶつけるっていうのはどうだ。それで――俺たちでアボルダージュするというのは?」
土方ができなかったものを、俺たちでやってみせるのだ。
「いいえ、それは無理です」
「無理か?」
「いえ、その相手の船を奪うまではできるかもしれませんが、その後にこちらのものにするのが無理なのです。船を一つ動かすには船員が足りません」
「つまり?」
「略奪までならやってみせましょう!」
「その意気や良し! でもこっちの船は側面にしか大砲がないだろ」
「大丈夫です、このまま突っ込んで、横から撃ちましょう! その後、船をぶつけて相手の船に乗り込みます!」
「外は固くても、中に入ればってことだな」
それしかない、と俺は思った。
俺は甲鉄艦を見る。
前に大砲が備え付けられている。この時代、基本的には横に大砲が備えられるものだ。しかし敵は前にドデンと巨大な大砲を置いている。
――なぜ?
考えて、すぐに答えが出た。
あの甲鉄艦は敵に突撃するための船なのだ。堅牢な防御力を持っているから、真正面からぶつかりに行ってもそのまま敵を蹴散らせる。
そういう船なのだ。
状況はどう見ても不利。俺たちの海賊船は真正面からは行かず、迂回するように甲鉄艦の側面に回り込もうとする。だが、敵は速力を上げて真っ直ぐこちらに向かってくる。
「どうする――」
時間はない。
「シンク、私がやろうかしら?」
シャネルが俺に微笑む。
なにをやるというのか。
「どういうことだ?」
「あの船、私なら潰せるわよ」
俺はキャプテン・クロウと顔を合わせた。
「できるのですか?」と、キャプテン・クロウは俺に聞いてくる。
「いや、どうだろう。シャネル、どうやって?」
「簡単よ」
そう言って、シャネルは杖を取り出した。
え?
「なにするの?」
「だから、あれを潰すの。良いわよね」
「じゃあ、お願いします」
なにをするつもりか分からなかったが、シャネルにお願いしてみようと思った。
だが、こちらが行動を起こすよりも先に、あちらが動いた。
ドンッ!
と、いう音がして甲鉄艦から砲弾が撃ち出されたのだ。
「届くのか!」
いや、しかしおかしい。
射角が高い。こちらに直撃するような軌道ではない。ほとんど上空に向かった撃ち出された砲弾は、山なりにこちらに向かって――そして、こちらの海賊船までは届かずに海に落ちて水しぶきを上げた。
「当たらないわね」と、シャネル。
だが、俺は背後に嫌な殺気を感じた。
「シャネル、下がれ!」
と、俺は叫びながら刀を抜いた。
振り返りながらも、勘を頼りに刀を抜いた。
ガンッ、と音がして俺の刀は何かに当たった。腕に嫌な痛みを感じて、俺は思わず刀を手放してしまう。
それでも追撃を恐れて、俺は引き下がった。
「ははっ、榎本シンクぅぅうぅう!」
シワスだ。
叫びながら、俺に接近してくる。
「クッ!」
俺はモーゼルを取り出し、それをシワスの顔面にめがけて撃ち出した。だがシワスは体を捻ってそれを避けて、さらに接近。
シワスの右手には短めの日本刀が握られていた。それをむちゃくちゃに振り回してくる。
「死ね、死ね、死ね!」
品のない叫び声。
俺は距離を取り、モーゼルを撃ち続けるが当たらない。やがて弾切れをおこす。
「榎本さん!」
キャプテンがサーベルを投げてよこしてくれた。
だが、そのサーベルが空中にある間に、シワスは合わせるようにして自分の刀を投げて叩き落とす。
武器を手放しても、シワスは平気なのだ。
「『武具錬成』!」
次の瞬間には右手に新しい刀が握られている。
そして左手には短剣が。さきほど俺の刀をひねったのはこちらの短剣だろう。柄の部分に妙な突起がついている。刃の部分はギザギザだ。
これに刀を引っ掛けられて、ひねられたせいで健を痛めたのだ。思わず俺は刀を手放してしまった。
「はは、榎本。久しぶりだな」
シワスは一度、攻撃をやめた。
話をするつもりらしい。敵の船のど真ん中で、余裕を見せている。
俺はその余裕な顔がどうしても腹立たしい。
「殺す」と、つぶやく。
「会話にならねえな」と、シワス。
「お前とする会話などない!」
武器がない。
モーゼルに弾を込めている暇もない。
さあ、どうする。俺はシワスをにらみながら、足りない頭をフル回転させるのだった。




