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673 自分の限界


 映画が始まる前のワクワク感を、俺は久しく味わっていない。


 いつもはテレビで見ないようなコマーシャルも、ここでしか食べないポップコーンも、バカみたいに大きな音量も、なにもかも記憶のかなた。


「映画でも見たいなぁ」と、俺はアイラルンにつぶやいた。


「あら朋輩、もしかしてホームシックですの?」


「うーん、べつに。そういうわけじゃないけどさ」


「ではどういうわけですの?」


「いや、ふと思ったんだが。アイラルン、たとえばだけどさ。俺たちの活躍が将来映画とかになっちゃうのでは? とか思っちゃうわけよ」


「そうはなりますかね?」


「ならないか?」


「だって朋輩、榎本武揚メインで映画作品なんて見たことあります? 見るとしても土方歳三ですわ」


「つまり、こっちは添え物か?」


「そういうことになりますわね」


 まあ、俺はそれでも良いのだけど。今回のことで嫌なくらいに実感した。俺は主役を張るようなタマではないのだ。


 俺はみんなを導くようなリーダーにはなれない。


 けっきょくできるのは前線指揮がせいぜいだろう。


「なあ、アイラルン」


「なんですの?」


「諦めたよ、もう」


「あら、なにを?」


「俺には無理だった、タケちゃんの代わりは」


 俺たちは部屋の中にいた。シャネルは澤ちゃんのところに行ったので、2人きりだった。


「誰にだって無理ですわ。なんなら榎本武揚が生きていたとしても、蝦夷共和国の現状は変わりませんでした」


「でも、もしタケちゃんの下に俺がいれば。もっと俺を上手く使えていれば」


「はあ……朋輩」


 アイラルンは呆れたようにため息を付いた。


「なんだ?」


「朋輩は少しばかり自分の力を過信しておられますわ。そりゃあ、この異世界に来てからというものの、やることなすこと上手くいっていたでしょう」


「そんな……」


「けれどね、朋輩。人間が1人でやれることなんてたかが知れております。朋輩はよくやりましたわ、誰が認めなくてもわたくしが認めます」


「べつにお前に認められても……」


「それで、朋輩。これからどうしますの?」


「これから?」


「はい。諦めて、それでこれから先ですわ。このまま全て投げ出してドレンスに帰るんですの?」


 まさか、と俺は首を横にふる。


 俺の目的はなんだ。


 それは復讐だ。


 それだけは何としても達成されなくてはならない。


「アイラルン、あのシワスって男を殺すぞ」


「もちろんですわ」


「しかしどこにいるのか、分からない」


「大丈夫、待っていたってあちらから来ますわ」


「ディアタナが送り込んでくるか?」


「ご明察」


 ならばそれまで牙を研いでおくか。


 いや、しかし受け身というのはどうも性に合わない気がする。


 トントン、と部屋の扉がノックされた。たぶんシャネルではないな、と思いながら「どうぞ」と言う。シャネルだったらノックしてから部屋に入ることは少ないから。


「榎本殿」


 と、俺の名前を読んで部屋に入ってきたのは澤ちゃんだった。


 榎本、というのが俺を指すのか、それともタケちゃんのことを指すのかは、まだ分からない。


「どうかした?」


「江差に行くための部隊が編成されました」


「そうか、土方と大鳥さんが時間を稼いでくれたおかげだな。よし!」


 俺は準備をすると言って、アイラルンと澤ちゃんを部屋から出した。


 だというのに、シャネルが我が物顔で部屋に入ってきた。ノックもなしに。


「あらシンク、どうも、やる気?」


「そう見えるか?」


「そう見えなかったら貴方のパートナー失格ね」


「江差に行こうと思う」


 本気? と、シャネルいぶかしげに片目を細めた。


「俺が行けば江差は取り返せる」


 この蝦夷に来て、必死の思いで占領した江差の街は、新政府軍にあっという間に奪取された。


 こうなれば函館へは一直線だ。土方、大鳥の両名が守っている場所を通らずとも、函館へ攻め込まれてしまう。そうなる前に江差を取り返さなければいけない。


「たぶん澤さんは反対するわよ」


「知ったことか。勝つためにはこれしかない」


「私は反対ね」


「ほう、それまたどうして?」


「おそらく、江差はおとりよ。だってそうでしょう? 敵からすれば江差の街をとっちゃえばその後は函館に来れば良いだけ。なのにそこに留まってるなんておかしいわ」


「それは、江差でなにかしらの調整をしているだけじゃないのか?」


 たとえば政治的なことであったり、あるいは軍事的なことであったり。


「ドレンスの陸軍で考えればそれはありえないわね。戦場においては何よりも速さこそが重視されるわ。その考え方でいくと、相手のこれは揺動と考えるべきね」


「ふむ……」


「相手は江差に戦力を集めさせて、その間にここを叩くつもりよ」


「なるほどな」


 そういう考えもたしかにある。ではどうするのが良いか。


 ここにいる?


 それとも――。


「ま、相手が函館に攻めてきたらそれこそ一巻の終わりだわ。どちらが良いのか、シンクが決めて」


 俺は迷った。


 そして結果として、江差には行かないことに決めた。


 シャネルの判断を信じたのもあるし、それにもう一つ。江差を攻略するために部隊を信じてみようと思ったのだ。


 外行きの格好をした俺は、外に出て整列する部隊に激励の言葉を送る。


「頑張って」


「頼んだよ」


「キミたちならできる」


 そんな歯の浮くようなセリフを送る。


 それで彼らは戦場へとおもむくのだ。


 ――それが朝の話で、昼頃には帰ってくる部隊があった。


 大鳥さんたちだ。


「大丈夫でしたか?」


「ごめんなさい、突破されちゃった」


「いえ、土方隊の方も――」


「そっちも撤退してるはず。二股口は健在だったんだけど……」


 しばらくしても、土方の隊は帰ってこなかった。


 変わりに伝令が来た。


『弁天台場に向かう』


 それは新選組の島田が守っている、海沿いの拠点だった。


 おそらく土方はなにかしらの情報を掴んで、そちらの防衛が必要だと思ったのだろう。


 なにかしらの情報――。


「弁天台場の方から敵が来る、のか?」


 シャネルの言っていたことが、もしかしたら正解なのかもしれない。


 現在、俺たち新政府軍の部隊は大きく分けて三つあった。


 ここ、函館を警備する部隊。


 江差を攻略するための部隊。


 そして弁天台場をふくむ、海沿いの警備部隊。


 対して敵はそこら中にいるのだった。



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