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658 問題だらけの俺たち


 俺がシワスとクリスの2人組に襲われて、数日がたった。


 その日、俺は朝と昼の中間くらいの時間に起きて、それなりの時間ボーっとしてから昼食を食べて、そして澤ちゃんの部屋に向かった。


 てこてこてこ。


 俺とシャネルで2人。


 澤ちゃんの部屋は俺たちの部屋から少しだけ離れた場所にある。なので顔を合わせることも多いはずなのだが……最近どうも見ていない。


 それで昨晩、土方に「少し様子を見てやれ」と頼まれた。


「どうして俺が?」


「貴様は榎本武揚なのだろう」


「言ってくれるよな」


 偉い人間には当然のように責任もある。部下のメンタルケアだって仕事の内ですよ。


 トントン、とノックする。ちょっと乱暴だったかな、と思ってもう一度小さな音でノックする。


「そんなに叩かなくても」と、シャネルに呆れられた。


「いや、だって……」


「待ってましょう。たぶん出てくるわ」


 しかし澤ちゃんはいっこうに出てこない。返事もない。


「どうしたんだろう」


「おかしいわね、寝てるのかしら」


「もう昼過ぎだぜ?」


「昨日遅かったとか」


 どうだろうか。いまの蝦夷共和国は問題だらけの状況だ。実質的な執政官は彼女だ。いろいろなことを頑張らなければいけない立場なのだろう。


「出直そうか?」


「そうねぇ」


 ちょっとどいて、とシャネルがドアノブを握った。


 ――ガチャリ。


「あら?」


「おや? もしかして開いてる?」


「そうみたい。不用心だわ」


 シャネルが扉を開ける。


 中はカーテンが閉じられているせいか、昼だというのに暗かった。


 やっぱり寝ているのかなと一瞬思った。


 だが。


 違った。


「………………」


 澤ちゃんは起きていた。


 しかし目はうつろで、俺たちが入ってきたというのに気付いてすらいなさそうだった。


 部屋の中央に座り込んでいる。そのかたわらには棺があった。


「………………」


 なにも、喋らず。その棺を覗き込んでいる。


「な、なにしてるんだ?」


 俺は背中に冷や汗をかいた。あきらかに異常だ。


「ちょっと、大丈夫?」


 シャネルも心配そうにするが。


 しかし澤ちゃんは返事をしてくれない。


 まさか、と思って見れば棺の中には白骨化した死体が入っていた。綺麗なものだ、肉はすべて削ぎおちて、なにやらコーティングでもされているのか少しテカっている。


 誰のものかなど分かりきっている。


「澤ちゃん……」


 俺は声をかけるが、澤ちゃんはやっぱり無視をきめこむ。


 むしろうるさいとでも言うように棺の中の骸骨に身を預けた。抱きしめるような体勢になって、いやいやと首を横にふる。


 これは俺の手に負えない。そう直感的に察してシャネルに助けを求める。


「シャネル……」


「ええ、分かってるわ。澤さん、ちょっと良いかしら?」


 しかし澤ちゃんは答えない。


 それでもシャネルはめげない。


「ほら、立ち上がって。外に出ましょう、今日は晴れてるわよ」


「……です」


 お、なにか喋った。


「え、なんですって?」


「いや……です」


「あらそう、嫌なの。ちゃんと自分の意見が言えて偉いわね」


 そう言ってシャネルは澤ちゃんの脇のあたりをつかんだ。そして無理やり立ち上がらせる。


「嫌です、出たくなんてありません!」


 ジタバタと澤ちゃんは暴れるが、


「はいはい、そうねそうね」


 シャネルは聞く耳を持たない。そのまま無理やり部屋から連れ出してしまった。


「強い……」


 俺が落ち込んでいたときはあそこまで強引じゃなかったと思うけど。相手にとって対応を変えているのだろうか。


 まあ、シャネルに任せておけば大丈夫だろう。落ち込んでバランスを崩した人間のメンテナンスならお手の物なはずだ。ソースは俺。


「それにしても……」


 澤ちゃん、あれはそうとうまいってるな。


 そりゃあそうか。蝦夷地に来てからというもの、良い事がない。頼みの綱の開陽丸だって沈んで他の輸送艦も沈んだ。町では俺たちに対する不満の声もちらほらと上がっているという。


「上手く行かないよ、タケちゃん」


 俺は棺の中の骸骨に話しかける。


 骸骨のまわりには花が飾られている。極寒の北海道にも花は咲くのだ。


「俺じゃやっぱり無理なんじゃないのかな」


「そんなことないよ(裏声)」


「え、そう?」


「シンちゃんは頑張ってるよ(裏声)」


「わあ、嬉しいな」


 そして虚しい。


 俺はその場に座った。べつに長居するつもりはないが、少しだけ休みたい気分だった。


「そっちはどうだよ? ちょっと痩せたんじゃないか? あ、骸骨だから当然か」


 乾いた笑いが部屋の中に響く。


 そして、ため息が。


 自分でついたため息なのに、どうしてかとても大きく聞こえた。


「まあ、とりあえず行くわ。澤ちゃんも心配だしな。なんだよ、タケちゃん。寂しいのか1人で。心配しなくても俺もそのうちそっちに行くよ」


 あと少しでか、それとも10年後か、長生きすれば50年以上先だけど。


「それまで待っててくれよ、朋輩」


 俺は部屋を出る。


 さて、シャネルたちはどこへ行ったのだろうか。天気が良いとか言ってたし外かな?


 俺はとりあえず五稜郭を出た。


 外では訓練をしている兵隊たちが。天気が良いからな。指揮をとっているのは大鳥さんだった。大鳥さんは整列させた兵隊たちを前に、なにやら言っている。


「なんか運動会の練習みたいだな」


 そう思った。


「あれ、榎本くん?」


 あ、気づかれた。


「やあ、おはよう」


「あはは、もうお昼よ?」


 そうでした。


 この人は美人だけど少しだけ苦手だ。だってなんか距離が近いから。俺としてはもっとおしとやかな人が好きなのだけど。


 シャネルは別として。


「澤ちゃんたち見た?」


「いいえ、見てませんよ」


「あっそう。探してるんだよ」


「そうなんですか」


 もしかして外に行ったわけではないのだろうか。


 また中に戻ろうかどうしようか、迷う。


 けれどもう少し外で探してみようと思った。べつに理由はないがいうなれば勘だ。


「どこにいるかなぁ」


 探してみる。


 するとどうだろうか、この前俺がシワスに襲われたあたりのベンチで、シャネルと澤ちゃんが並んで座っていた。


 2人は会話をしているようだ。


 シャネルが肩に手を回して慰めるような仕草をしている。


「うーん、ここは俺が入っていってもしょうがないな」


 ということで盗み聞きすることにした。


 え、趣味が悪いって?


 まあ野次馬根性ということでここは一つ。


「そうね、そうね。辛いわよね、心中は察するわ」


「私のせいなんです……私のせいで彼は死んだんです……」


「そんなことないわ」


「開陽丸が沈んだのだって……」


「誰がやっても同じだった。そんなに自分を責めないで」


 澤ちゃんは泣いているようだ。


 いままでずっと溜めていた分もあるのだろう、泣きながらシャネルに弱音を吐いている。


 うーん、やっぱり相当落ち込んでいたんだな。


「本当は私も、もう死んじゃいたいんです」


「そんな、ダメよ。せっかく貴女は生きてるのに」


「分かっています……けどどうしても、そう思っちゃうんです」


「ええ、自分の愛した人が死ねばそうよね。私だってシンクが死んだって考えたらたまらないもの」


 うーん。


 嬉しいこと言ってくれる。


 けれどこれを盗み聞きし続けるのはなんだかなぁ、悪い気がした。


「ま、ここはシャネルに任せるか」


 俺はアイラルンでも探して酒でも飲もう。そう思って歩き出す。


 少しだけ、責任を感じる。


 タケちゃんが死んだのも、開陽丸が沈んだのも、俺のせいだ。澤ちゃんが心を痛めることじゃないのに。


 なのに、俺は彼女に謝りもしていなかった。


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