652 魔弾の覚醒
人斬りシワスは俺のクラスメイトである。
その事実は衝撃的なものだった。
それでもこの榎本シンク、戦いの中で戦いを忘れるようなことはしない。とはいえ、動揺は動揺だ。そしてその動揺は俺の隙になった。
クリスが杖を振った。
それはなんのこともない動作に見えた。
だが、その動作の結果は奇跡を生む。
突然の突風が吹いた。それは俺の体を後ろへと吹き飛ばそうとするほどの。それでもなんとか踏ん張る。だが、俺の後ろにいた土方は耐えられなかった。
「わっあっ!」
と叫んで吹き飛ばされる。
「土方!」
俺は手をのばすが、土方を掴むことはできなかった。
それよりも――。
すぐに気持ちを切り替えて土方のことは見捨てた。風で吹き飛ばされたくらい、最悪で体をうって痛いって程度だろう。
それよりも怖いものがすぐに来る。
台風の中に突如として放り込まれたような突風に、目すら開けられなくなる。
だが気配は感じた。
俺たちに対して向かい風ならば、シワスからすればそれは追い風だ。
それを踏ん張りながら対応しろなどと、土台無理な話である。
どうする、どうすればいいんだ。
考えるが、答えはでない。
「来る!」
目が開けられないのは、むしろ良い方に作用した。
そのおかげで第六感が全開になった。
とんでもないスピードで一閃が繰り出される。
それを俺は見えてもいないのに勘だけで避けた。しかしすぐに二撃目がくる。どのような軌道で繰り出された斬撃かは分からない。だがこういうふうに避ければ、というのはなんとなく分かった。
「ええい、当たれ!」
三度目の正直とばかりの攻撃も、俺はなんなく避ける。
なんの問題もない。目が見えなくても他の感覚でカバーできる。
「乱れたな」
俺は逆に冷静になる。
よくあることだ。自分がどれだけ怒っていても、隣にべつの人がいてその人が怒っていたら『まあまあ』となだめ役に回ってしまう。冷静になれるのだ。
それがいままさに、この場でおきていた。
「ちょこまかと逃げる!」
「お前が下手くそだからじゃないか?」
「クリス、風はもういい! 攻撃魔法で援護してくれ!」
「分かったわ」
風が止む。
俺は満を持して目を見開いた。
その瞬間、世界がクリアに見えた。空は暗いはずなのに、世界は真昼のように明るい。
心が静かだ。
風と同時に、心も凪いだ。
水の教え。ここに至るまでがいつも長い。
「……また違う雰囲気。お前いったいなんなんだ?」
さすがにシワスも実力者か。俺の変調に気付いたようだ。
だが俺はもう答えてやるつもりはない。こいつと楽しくお喋りする義理もないしな。
そもそも戦いの最中に喋るのは嫌いだ。そうでなくても人見知りで、日常生活でだって人と話をするのが苦手なのに。どうして極限状態で喋れようか。
「…………」
ゆっくりと、刀を構えた。
「無視かよ」
「シワス、気をつけて。嫌な感じよ」
「分かってる!」
どうにもシワスという男、余裕がない。
というよりも劣勢を感じると取り乱す性格なのだろう。
弱い、と思った。
実力はさておき、精神的に。
「いくぞ、クリス!」
「ええ」
直線的にシワスはこちらに向かってくる。
あるいは目でとらえきれないほどの早さ。しかし、
――キイイインニィン!
ぶつかり合って、交差する刀。
金属音が音叉のように鳴り響き、やがてそれがぶつ切りに止まった。
互いに刀を振り抜いていた。しかし俺の『クリムゾンレッド』は無傷で、シワスの刀は根本から綺麗に折れていた。
「クソ、『武具錬成』!」
だが、それよりも早く俺の追撃がシワスに届く。
まずは片手で肩を浅く斬りつけ、そのあとに両手持ちに切り替えて上段から振り下ろす。
シワスの右目から頬にかけて、そして首筋を抜けて俺の刀はシワスの体を縦に斬り走った。
「あああぁあっ!」
その段階でやっとシワスの両手に細身の剣が握られた。
最初に見たときから思っていた。シワスの『武具錬成』には隙がある。やつが武器をつくると決めてから数秒間、武具の生成まで時間があるのだ。
「シワス!」
クリスが杖を降る。
光の矢が出現し、それは俺めがけてとんでくる。
文字通りの光の速さ。
しかし俺は、それが俺に直撃する前にもといた場所から動いていた。
避けたのではない、当たらなかったのだ。
「なんで避けられるのよ」
クリスが顔をしかめた。
あ、いや。顔は包帯に隠れて見えないのだがそんな気がしたのだ。
「痛い、痛いよクリス!」
「まって、いますぐ治すから」
シワスはせっかくつくった剣などほっぽりだしてクリスに泣きついた。
その姿を見ていると、まるで小さな子どものようだ。その小さな子どもが武器を、力をもっているのだから始末が悪い。
ここで俺はさらに攻撃を加えることもできた。
なんならそれで勝負は決まっていただろう。
だがそれはしなかった。
俺は卑屈な人間ではあるが、卑怯な人間ではない。
それにシワスに聞いておきたいこともあった。
やつとディアタナの関係だ。俺たちはみな、アイラルンによってこの異世界に送られた。だというのにシワスはアイラルンではなくディアタナの側についている。
どういうことだ?
もちろんアイラルンの本命――と、彼女はよく言う――は俺だ。
5人の俺をイジメていた人間と、6人目の俺にスキル『女神の寵愛』を与えた。シワスはその6人のメンバーではない。だというのになぜか『女神の寵愛』のスキルは持っていた。
察するに、ディアタナからもらったのだろう。
「これで大丈夫よ、シワス」
「ありがとう、クリス」
考えている間に治療は終わったようだ。
シャネルのお粗末な水魔法とは違い、クリスのそれは手早やい。それに効果もかなりのものだ。シワスの体には傷一つ残っていなかった。
「いやあ、やるな榎本」
シワスはさきほどまでの醜態もなんのその。いかにも大物ぶって言う。
だが俺はそんな戯言に構う気はない。
「お前に聞きたいことがある」
「聞きたいこと?」
「お前とディアタナの関係はなんだ?」
まずはそれを知りたい。
「あのかたは俺の命の恩人さ。いや、違うな。俺に命を与えてくださった女神だ」
よし、分かった。
分からないことが分かった。
たぶんこのシワスという男、自分の世界を持っている。そしてそこに入り込んで楽しんでいる。酔っぱらって酩酊するのが楽しいように、自分の価値観を持って楽しんでいるのだ。
「人は親から産まれるんだぞ、女神からじゃない」
けれど、とりあえずそれだけは言っておいた。
「榎本、お前には分からないさ」
だろうな、と心の中で答えておいた。
「それともう1つ聞く」
こっちの方が、大切だ。
「答えてやるよ」
「お前は俺がイジメられてたとき、なにをしていた?」
俺の質問がよっぽど意外だったのか、シワスは少しだけ迷った後で、笑った。
「覚えてねえよ」
俺の心は一瞬だけ乱れた。しかしそれもすぐに収まる。
「そうか、それが答えか」
「イジメられてるやつになんていちいち構っちゃいられねえ」
「自分が標的になるのが嫌だったから助けられなかっただけじゃなくてか?」
いいや、とシワスは首をよこにふった。
「お前のことなんてどうでも良かった」
「そうかい」
これで気兼ねなく、こいつを殺せる。
それがたとえば八つ当たりだとしても。
「それが聞きたかったことかよ」
「ああ」
「ならもういいな。殺してやるよ」
シワスがまた2本の剣を作りだした。
その瞬間に――。
その剣は粉々になっている。
「えっ?」
俺はモーゼルを抜き放ち、弾丸を放った。
怒りがは押し殺された。しかし行き場をなくした感情は魔力となり、弾丸に込められた。
ごくごく少量の魔力がこもった銃弾。あるいは極小の『グローリィ・スラッシュ』でもあるこの弾丸。
しかし人は魔力のこもった弾がのことをこう言う。
――魔弾。
俺の魔弾は一瞬にしてシワスの武器を打ち砕くのだった。




