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651 クラスメイトのシワス


 俺が立ち上がり刀を抜くと土方も、俊敏に立ち上がる。


「どうかしたか?」


 男言葉になっている。


「敵だ」


「敵? どこに」


「まだ見えない、けれど近づいてきてる」


 信じてもらえるか分からなかったが、土方は理解してくれたようだ。


「人を呼ぶか?」


「いや、やめよう。人が増えても犠牲が多くなるだけだ。ここは俺が1人でやる」


「手伝うぞ」


 少しだけ迷う。


 迷った末に、土方ならば大丈夫だろうと思った。


「分かった」


 暗闇の中に突如として気配をはっきりと感じた。


 いままでたしかにそこには誰もいなかったはずなのに、瞬間移動か。あるいはただ気配を消せるような『魔法』が使えるのか。


 そう、魔法だ。


 このジャポネの国では魔法が使えないはずだ。だというのに、使える人間を俺は知っている。


 暗闇の中から現れたのは2人組だった。


 男と女。


 奇しくも、こちらも男女の組み合わせである。


「いったいどこからだ」


「さあ、分からないけど」


 来るか? と俺は構えた。しかしその敵たちはまずは談笑に花を咲かせようというつもりらしかった。


「やあやあ、榎本」


 男は馴れ馴れしく俺を呼んだ。


「はあ? 誰だお前」


 ガラの悪い返答だな、と自分でも思った。


「あれ、忘れた? 物忘れが激しいな。それとも俺ってそんなに存在感うすい?」


「そんなことないわよ、シワス」


 シワス、と呼ばれた緑色の着物を着た男。そしてしゃがれた声の女。


 間違いない、忘れるわけもない、だってこいつは――。


 タケちゃんを殺した男。


 人斬り師走だ!


「ああ、クリス。慰めてくれてありがとう。キミだけだよ、俺のことを知ってくれるのは」


「ええ、ええ……そうよ。私だけ」


 シワスとクリスはいい雰囲気だ。これから殺し合いが始まるというのに、どうしてこいつらこんなに余裕なのだろうか。


 恋愛脳、というやつだろうか。


 頭の中は恋だの愛だのでいっぱいで、他のことなんてまったく考えられていない。そういう人間、は校によくいた。リア充というやつだ。


 とはいえ、シワスとクリス。


 お世辞にも美男美女とは言い難い。


 シワスはどこか冴えない顔をしているし、クリスにいたっては顔に包帯を巻いている。怪我をしているのだろうか、分からないが。


 大道芸人のような2人組だ。いっぽうは緑色のあまり見ない着物姿。もう一方は巨大な白い魔法の杖をもち、包帯だらけ。


 しかし実力は本物だ。実際に俺はこの前、このシワスという男に遅れを取った。


「シワス、と言ったか?」


 土方が確認してくる。


「ああ」


「なるほど、こいつがかの有名な人斬りシワスか。思ったよりも若いな」


「垢抜けない顔」


「ふっ、なるほどな。ニキビ面だ」


 俺たちの悪口にシワスは気分を害したようだ。


「殺す」と、笑いながら言う。


 そういう怖い言葉を笑いながら言うと、いかにも陳腐な強キャラに思える。


「土方、あいつらふざけた格好をしてるけど強い。まずは俺が前に出る。隙きを見てサポートしてくれ」


「承知した」


「あと、あの女。あれは魔法を使うぞ。気をつけてくれ」


「魔法?」


「そう、いきなり飛んでくるぞ」


 たしかあいつはシャネルと違い詠唱なしで魔法を放つことができた。


「気をつけてはみる」


 俺は前に出てシワスとの距離を縮める。


 シワスが片手を前に出した。ちょっと待ってくれ、と示すようなポーズであるが意味するところは違う。


「『武具錬成』」


 シワスの宣言。


 その手に俺のものとそっくりの刀が握られている。


 いまさらそんな手品のようなスキルに驚く俺ではない。


 冷静に、沈着に、見るでもなく敵を見て、水のように構えた。


「むっ……なんだよ、榎本。お前それ、本気になっちゃってんの?」


 ヘラヘラと笑う男だ。


 こういう男は嫌いだ。


 こいつは俺の過去を知っている。俺がイジメられて引きこもりをしていたという過去を。俺が転移者であり、あちらの世界からこの異世界へやってきたということを。


 だが俺は、この男を知らない。


 いったいこれは誰だ?


 しかし、俺はなにかを察した。


 この男は俺のことを知っている? 俺の過去だけではなく、俺という存在そのものを知っているのか?


 まるで俺の真似をするように、シワスは俺と同じような刀を同じように構えてみせた。


「……正面から、かち合っても勝てるってか?」


 舐められている。


 そういう態度をシワスはとっている。


「そりゃあ負けるわけないさ。お前みたいな陰キャにさ」


「お前は誰だ?」


「なんだお前、覚えてないのかよ。俺のこと」


「覚えてないのか、だと? どういうことだ」


 俺はなにかを忘れている?


 気持ちのいいものではない。相手が一方的にこちらのことを知っているというのは。


「けっこうショックだなぁ、ショックだし、殺しちゃうか?」


「良いですよ、シワス。今回は手加減なしで」


 後ろにいるクリスと呼ばれた女が言う。


「分かってるよ、クリス」


 さあ、やろうかとシワスはまるでゲームの電源でも入れるみたいな気楽さで言う。


 互いに同じ構え。


 先に動くべきか、それとも相手の出方を伺うべきか。その判断がつかない。


 俺の後ろでは土方が意識を集中させて俺のサポートに入ろうとしてくれていた。


 ジリジリと、前から背中へと抜けるような殺気。顔はヘラヘラと笑っているくせに、シワスは俺を本気で殺すつもりだ。


 ならばこちらから――。


 やる気十分の相手には、むしろこちらから押して鼻っ柱をへし折ってやるというのも一つの手だ。そう思い、俺は刀を動かそうと体を――。


 だが、


「なっ!」


 俺が動こうとしたその瞬間にシワスは行動を開始した。


 完璧にこちらの先を突くような、俺の意識が攻めることに向いたその瞬間を見計らったような、つまるところ――先手をとられた。


 刀の切っ先が俺に向かって伸びてくる。


 それをとっさに避けて、反撃。


 当たるとは思わないが、とにかく刀を横薙ぎに振った。


「わおっ、避けた? すごいね!」


 シワスは大仰な動作で後ろに下がる。距離をとってきた。


 たぶん、そんなに下がらなくても俺の刀は当たらなかったはずだ。


「いやあ、やっぱり凄いね。榎本シンク、お前ってさ、あっちじゃぜんぜん目立たなかったくせに。もしかしてこっちに来て調子に乗っちゃってる感じ?」


「わけの分からないことをペラペラと」


 距離がついて、互いに間合いの外。


 この距離で有効打を放てるのは魔法を使えるクリスだけ。――ではない。俺は服の内にしまってあるモーゼルに意識を集中させる。


 こいつを不意打ち気味に撃って、脳天を貫ければこちらの勝ちだ。


 それを狙う。


「マジで覚えてねえのかよ?」


「なにをだ」


 話したければ話せ。


 そうして油断しろ。


 その隙きをついてやる!


「本当の本当に覚えてない?」


 意味が分からない。


 なんのことを言っている?


 シワスはいかにもわざとらしいため息をついた。


「ひどいやつだよな。クラスメイトのことを忘れるなんて」


「え?」


 クラス、メイト?


 たぶん他人の口からは久しぶりに聞いた言葉。学校に通ってなければ、あきらかに使うことの少ない言葉。


「俺はお前のクラスメイトだ」


「なんだと?」


「お前と同じ転移者さ、俺は。もっとも、その後いろいろあったけどね」


 クラスメイト、だと?


 俺はこんなやつのことを覚えていない。


 だが、これで納得できた。俺のことをこいつが知っていた理由が。


 俺は目の前の男を、なにか恐ろしいものとして見る。過去からやってきた刺客。それがこの男の正体だ。


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