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648 なんとかするアイディア


 集まった人たちは、しかしなにも喋らない。


 いや、喋れないのだろう。下手なことは言えない、という雰囲気があった。


「なんでも良いんだ、思ったことを口に出してくれ。どんな案でも良い。こうしたら良いんじゃないかって、そういうのを出してくれ」


 俺がそう言うと、1人の海兵がおずおずと手をあげた。


「どうぞ」と、俺は先生にでもなった気で手をあげた人を指差した。


「あの、他の船を呼んで引っ張ってもらえば良いのではないですか?」


「なるいほど、牽引か! いい考えじゃない?」


 出るじゃないの、いい考えが!


 しかし、


「ダメです」


 と澤ちゃんがずかずかと前に出て、俺の隣に立つ。


「どうしてだよ、澤ちゃん」


「外の状態を見てください。この吹雪です」


「だね」


「こんな状態で船を出せば、開陽丸ならともかく他の船ではひとたまりもありません。ミイラ取りがミイラになりかねませんよ」


「あー、なるほど。じゃあ牽引は無理か」


「……最終手段としては、それしかありませんが」


「だね。ということで、他の案はないかな? いまの、良い案だったよ!」


 手をあげた人が自信をなくさないように、キミの案は素敵だったよと言っておく。こうしておけば彼も無駄な発言をしてしまったとは思わないだろう。


 そういえば昔どこかで聞いたことがある。最初に発言する人間は、それがどんな発言であろうと『偉い』のだと。


 バカバカしいものでも良い。誰かが言うことで他の人も発言がしやすくなるののだという。


 なるほどな、と思った。


 たしかに、誰か先に言ってくれれば安心して意見も言うことができる。今回も、1人を皮切りにみんなが意見を言い合う。


 中には素人目で見れば良いんじゃないかというものもあったが、しかしすべて澤ちゃんに却下される。


 べつに澤ちゃんも意地悪をしているわけではない。客観的に見て、良し悪しを決定しているのだ。


「あーだ」


「こーだ」


「そーだ!」


 いろいろ意見を出し合って。


 しかしそろそろ考えも出尽くした。やはり決定的なものは出なかった。


 手詰まり。


 どうにかしなければという思いだけが強くなり、焦りが出てくる。


「くそ……やっぱりダメか?」


 そもそもいい案があるなら俺たちが来る前になんとかして開陽丸を持ち直させているはずだからな。


「たかが斜めになっただけだろ、押し返せないのかよ?」


 無理だよなぁ。


 外に出て力いっぱい押したところで人間の力じゃ。だから他の船で引っ張ろうって案が出たわけだし。


 いや、待てよ?


 外に出て引っ張るのは無理でも、中からならどうだ?


 たとえばそう、かたがって方にみんなでよって、そこでジャンプするとか! 1人じゃ意味はないかもしれないけど、みんなでやれば船だって動くかも!


「……はあ、榎本殿バカなのですか?」


「え?」


「そんなの無理に決まってるじゃないですか」


「こ、心を読んだ? アイラルンみたいなことしないでくれよ!」


「いえ、普通に声が出てましたよ」


「あっ、そう」


 澤ちゃんはまるで哀れなものでも見るように俺を見た。


 やめてください、たしかにバカかもしれないけど真面目に考えてるつもりなんです!


「座礁して斜めになっている船ですよ。浮いている方で飛び跳ねたりしたら、食い込んでいる部分がさらに押し込まれていくとは思いませんか?」


「ああ、なるほど。たしかにそうか」


「もっと直接的に離礁りしょうさせる方法を考えなければ」


「ではこういうのはどうだ?」と、土方が手をあげる。「これも素人考えなのだが」


「なんでしょうか?」


「この開陽丸にはいくつも砲門がついているだろう。それらを一斉に撃ち、その衝撃で食い込んだ岩だかなんだかから離れるというのは」


「なるほど。しかし一斉射いっせいしゃとなると開陽丸にもダメージがあるかもしれません。ただ……はい、良いかもしれません」


 どうしましょう、と澤ちゃんはこちらを見る。


 たぶん不安になっているのだ。だから俺なんかに助けを求めてくる。


「良いんじゃないか?」と、俺。


 土方の案は、いままでの澤ちゃんの反応を見るに一番可能性がありそうに見えた。


「もしも方法が他にないなら試してみる価値はある。このままいても何も変わらない。けれど行動を起こせばなにか変わるかもしれない」


「その通りです。みなさん、一斉射の準備です! 座礁方向のものを。あ、いいえ。本当に全門を開きましょう。甲板の砲もです! 準備にとりかかってください!」


「よし、一斉に行くぞ!」


「これから十五分後に甲板の鐘を鳴らします。その音が聞こえ次第、大砲を撃ってください!」


 分かりました、とそれぞれが散っていく。


 俺たちは甲板に。いままで気にしたことはなかったが、甲板にたっている柱――マストの上に大きな鐘があった。


 俺たちはその鐘の下に立つ。


「もう少しです」


 澤ちゃんが懐中時計で時間を確認する。


「あ、時計だ」


「なんですか?」


「いや、べつに」


 どうでもいいのだが、俺の周りで時計を持っている人間はあまりいなかった。たぶん俺とシャネルの生活の中に急ぐという概念があまりなかったためだろう。


 毎日をてきとうに過ごしてきたので、時計を見なくても生活が成り立ったのだ。


 ――本当にどうでもいいけどね。


 それからしばらくして。


「いまです!」


 澤ちゃんの号令と同時に鐘が鳴った。


 静寂を引き裂くような巨大な音がいろいろな場所から聞こえてくる。一斉に、と言ってもほんの少しだけタイミングはずれる。


 それでも、ほとんど同時だった。


 開陽丸は振り子のようにゆらゆらと揺れてみせた。


「行けるか!?」


「もう一発いってみましょう!」


 また鐘が鳴る。


 そして一斉に大砲が撃たれた。


 だが……。


「ダメです」


 澤ちゃんが悔しそうな顔をする。


「もう一発やるか?」


「いえ、辞めておきましょう。衝撃で逆に船底ふなぞこが食い込む可能性があります」


「クソ、なんでこんなことになるんだ。運がないにも程がある――」


 運がない?


 まさかとは思うが俺のせいか?


 俺のせいで開陽丸が座礁した?


 いや、そんなことはない。なにもかも自分のせいだと思うな。


「今日はもうやめましょう。明日、明るくなってからしっかりと状態を見てみるべきです」


「そうだな、一晩寝たらいい案がまた浮かぶかもしれない」


 ということで、その日は眠ることになった。


 しかし一晩寝たところで状況は変わらず、吹雪もおさまる気配はなかった。


 ここにきて俺は明確に嫌な予感を覚えていた。開陽丸はもうダメだろう、みんなには言わないがそう思っていたのだった。


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