064 緊急クエスト、逃げた半人
その日は朝から街が騒がしかった。
いやに警察の数が多くて、そのせいか露店も少なくて、最終的に道行く人たちもどこか緊張していた。
「なにかあったのかしら」
「さあ、知らないけど。でもさ、警察とすれ違うときって別に悪いことしてないのにちょっと緊張するよな」
「それってシンクだけよ。心にやましいことがあるんだわ」
「えー、そうかな?」
俺の心ってやましいのか……?
そんなことを思いながら道を歩いていると、警察官に声をかけられた。
「すいません、ここらへんで怪しい半人を見ませんでしたか?」
のっぺりとした顔の警察官が二人だ。この街の警察は黒いマントのような服に四角い帽子をかぶっている。みんなサーベルを携帯しているのですぐに分かる。
「さあ、知りませんわ」
シャネルはすまし顔で答える。
うーん、やっぱりシャネルはすごいなあ。俺だったら変に緊張してしまうだろう。
「そうですか。そちらの彼はどうですか?」
「い、いえ。見てないです」
ほらね。ちょっとどもる。顔が赤くなる。自分でもなんで緊張しているのか分からないけどさ、こういうのってもう体質みたいなもんだから。
「そうですか、二人組の半人なのですが。とても凶悪な犯罪者ですので見つけた場合は我々にすぐさま知らせてください。では」
二人組の警察官はさっそうと道を歩いてく。どうでもいいけど基本的に警察って二人一組で活動するのね、それは異世界でも一緒か。
「半人ねえ」
シャネルがどこか軽蔑するように呟く。
「どうしたの?」
「いえね、やっぱり半人、亜人は犯罪者なのかしらんって思って」
「あー、そういうのって半人差別だぜ」
ローマが言ってたからな、そういうのダメだって。
というか別に半人だからってみんな悪いわけじゃないだろうさ。それこそローマは殺し屋なんて仕事をやってはいるものの性格は気さくで良いやつだった。
「そうね、あんまり差別はしないでおくわ」
「そうそう、それがいいぞ」
俺は偉そうに言ってみる。
なにせこっちは現代日本から転移してきたんだ、人種差別なんてナンセンスさ。
それにしてもよっぽど凶悪犯なのか、やっていない店もあるくらいだった。こんなときに家を出ているのはよっぽどのバカか、あるいは腕に自信があるか……。俺たちってどっちだ?
「それで、シンク。ウォーターゲート商会への復讐はどうするの?」
「ああ、それなんだけどな……実はなにも思いつかないのだ」
わっはっはと笑ってみせる。
シャネルはこめかみに手を当てた。
「あきれた、ことを起こすとしたらあと一週間しか時間がないのよ。私は、少なくとも今度のエルフのオークションがチャンスだと思うけど」
「俺もそう思う。なんだか知らんが俺たちが勇者を殺したおかげで――」声をひそめる。「水口のウォーターゲート商会は財政難らしいからな」
ここでさらにダメ押しのなにかがあれば、水口はずいぶんと困ることになるぞ。
もしかしたら借金のせいで自殺でもするかもな。それはちょっと嫌だな。せっかくだから俺の手でけじめをつけたい。
でも簡単に闇討ちするのもなあ、違うよな。
「やっぱりなんとかしてエルフを誘拐でもするか?」
「だからそれは無理よ、どこにいるのかも分からないんだから」
「そうだよなあ……」
実はこの前、道でタイタイ婆さんに会ったから占ってもらおうとした。すると、『そんなことせんでもいい』と言われて、どうしても占ってもらえなかった。
まったく、情報屋としてどうなんだ? いや、占い師なのかあの人は。というか門番女でもあるんだよな? よく分からない婆さんだ。
「ま、いい考えが浮かんだら教えてね。私はシンクのためならなんでもするわよ」
「うん」
「とりあえずカフェにでも寄りましょうか」
「そうだな」
いざとなったらオークションの当日に乱入でもしてやるか。それで古い映画で花嫁をさらうシーンみたいにエルフの女の子をさらう。
そして俺に助けられたエルフっ子は当然俺に惚れる。
イチャイチャできる。
しかしシャネルがそれを許すだろうか……うまくいけば両手に花のハーレムルートだが、下手したらシャネルのヤンデレルートで俺が殺されることになりかねん。
うーん、悩ましい。
ちなみにこういうのを取らぬ狸の皮算用というのだ。
けっきょくこの日はカフェに入って昼食をとり、たいしたこともせずに街を散歩した。気がつけば夕方で、アパートに戻った。
それで家でぐだぐだして、なんて意味のない一日だ。ニートだったときでももう少しマシに過ごしていたぞ。いや……変わらないか。ネトゲやったりソシャゲやったりしてただけだから、あの頃は。
夜になっても街の雰囲気は変わらなかった。
警笛の音が外から聞こえたりして。
「物騒だよな」
「怖いわね」
なんて、シャネルはまったくの無表情で言うのだ。シャネルって恐怖心とかあるのかな?
かくいう俺も、そんなことを言いながらこの状況にワクワクしていた。なんていうのかな、大型の台風が来た夜みたいな感じだ。無性にワクワクしちゃうんだよね。
外に出て風の強さを確認してさ、「わあー、これ明日学校休みだなー」なんて思ったりして。でもそういうときに限って朝になったらカンカン照りの晴天だったりするんだ。
「ちょっと外でてみるか……」
「あら、また? 夜ご飯でも食べに行く?」
「そうじゃなくてさ、分かるかな? なんか楽しいじゃないか。こういう雰囲気」
また、甲高い警笛が聞こえた。警察官たちが連絡のために笛を鳴らしているんだ。
「野次馬ねえ」
「近所で火事とかあったら見に行っちゃうだろ」
「そんなのあったらみんなで消火するわよ」
そうか、シャネルの住んでいた村は小さな場所だったしな。そうだろうな、みんなで消火でもしないと村中が火の海になりそうだ。
いやいや、そうじゃなくてさ。たとえ話だからね。
「じゃあシャネルは行かないのか?」
俺はジャケットを着て背中に剣を担ぐ。
「行くわ、シンク一人じゃ危なっかしいもの」
たしかに。
というわけで、二人でまた外出することに。
日中よりもさらに人の数が少なくなっている。さすがにこんなときに外に出ているのはよっぽどの物好きだな。
というか警察に補導とかされないかな? いや、大丈夫か。学生とかじゃないしな、むしろ職務質問? やられたことねえ、面倒だって聞くけど本当だろうか。
なんて思っていると、ポケットの中からピピピと音が鳴り出した。
「うわ、びっくりした!」
いきなりだったもので飛び上がる。
シャネルの方からも同じような音がしている。
「なにかしら?」
「たま○っちでも鳴りだしたか」
「なによ、それ」
シャネルがギルドカードを取り出す。なるほど、鳴っていたのはあれか。
「臨時のクエストね」
「ほうほう」
臨時クエストねえ。
学校の連絡網みたいにギルドカードに届くのか、ハイテクだぜ異世界。
俺もギルドカードを取り出してみるが、文字が読めなくてなんと書いてあるのか分からない。
「どんなクエストだ?」
「えーっとね、ああ。冒険者にもその凶悪な半人2人組を捕まえるようにって依頼が出てるわ」
「おおごとなんだな」
「どうするの? せっかく外にいるし探してみる?」
「それも良いな、報酬はいくら?」
「聞いて驚いてね。ピストル金貨1枚よ、ただし殺しちゃダメですって」
「ほーう」
で、金貨1枚って何円くらい? もとい何フランくらい?
「二人捕まえる程度でこの大金ねえ、うまい話だけど逆に怪しくもあるわ」
「って言ってもなあ、相手も隠れてるだろ。そもそもまだ街の中にいるのか? 外に出てるんじゃねえのかよ」
「さすがに門は封鎖こそされてないと思うけど、かなり厳しく見てると思うわよ。ここまでの騒ぎなら。だからパリィから出たとは思えないけど」
「ふーん、なら探すのもありか」
金貨1枚がどれほどの価値か分からないが大金であることはたしかだろう。
そういえばドラゴン討伐のときはどれくらいもらったんだったか。あの時はそれこそ金貨だろうが銀貨だろうがうなるほどにあったからな、正確な数は知らない。そのお金たちはシャネルが銀行に預けているから俺が勝手に引き出すこともできない。
あとどれくらい残っているんだろうか?
ま、なんにせよお金なんていうのはどれだけあっても困らないものである。
「よし、じゃあ探してみるか」
「って言っても、たぶん犯罪者なんて下水道にでも逃げ込むと思うのだけど……」
「この前みたいな?」
奴隷市場に行くために俺たちは下水道を少し通った。
かなり臭いがきつくて、その後も数日間服から臭いがとれなかったほどだ。シャネルがたくさん洗濯してくれたので今では大丈夫だけど。
でも、もう一度あそこに行くのは嫌だ。
「よし、やめようか」
と、俺は言う。
「決断が早いのね、そういうところ好きよ」
やった、好きって言われた。
それにしても下水道ねえ……あの時はマンホールから出てきたんだよな、俺たち。
ちょうどそこにあるような――。
そんなふうにマンホールに視線をやると、それがちょっとだけ動いた。
「あれ? いま動かなかったか?」
シャネルも見ていたのだろう。
「動いたわね」
言いながら杖を抜く。
まさかお金ちゃんがあっちからやってきてくれたのではないだろうか?
なんてラッキーな男、俺!
でもちょっと違和感。俺ってそんなラッキーボーイだったか? むしろ逆では?
マンホールがゆっくりと持ち上げられる。
ここは裏通り、人はいない。つまり誰にも邪魔されず、俺たちだけがその二人の犯罪者――半人を捕まえることができるのだ。
人間、お金がからむと醜くなるからな。誰が捕まえたとかで揉めるのはまっぴらだぜ。
マンホールが完全に開いた。
――ピョコン。
最初に耳が飛び出してきた。ビンゴ、やっぱり半人だ。
俺は剣を抜き、「動くな」と穴の中に向かっていう。
マンホールの中で、まるで俺の声に驚いたような気配がした。しかし返事はない。俺の視線の先にはただ静かな穴が広がっているだけだった。




