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635 選挙の話


 五稜郭に敷かれた陣営にはさすがに全員が入ることはできなかった。そのため、俺たちは周囲の町にも兵士たちを泊めることになった。


 住民からの反抗の予想されていたが、大きなトラブルはなく、我々はなんの問題もなく受け入れられているようだった。


 しかしそれはシャネルに言わせれば、


「みんな怖がってるだけよ」


 と、いうことらしい。


 触らぬ神に祟りなし。住民からすれば誰が支配者であろうと変わらないということか。


 ことを荒立てる必要はない、良好な関係を築ければそれで良い。


 俺はいちおう総指揮官ということで、五稜郭の中に住処をもらった。


 もちろん澤ちゃんや大鳥さんもなのだが、ただ1人役職をもつ人間の中で土方だけは五稜郭の外に住処を作ったようだ。


 みんなで一緒にいれば良いのに、と思ったが。たぶん群れるのが嫌いなのだろう。


 五稜郭での戦いからすでに一週間がたっていた。俺たちはそれなりにここの生活になれ始めていた。それぞれの人間が、自分のあらたな生活の基盤をせっせと作っていた。


 けれど俺は、まだなにもしていなかった。


「わたくし驚いたのですけれど」


「なにを?」


 アイラルンはアイラルンで個人の部屋をもらったのだが、なぜだかほとんど俺とシャネルの部屋に入り浸っている。


「ここらへんにも人が住んでるんですのね。てっきりすごい田舎かと思っていましたわ」


「お前それ、世界中の北海道民を敵に回すぞ」


「世界中の北海道民って、おかしな表現じゃありませんこと?」


「……たしかに」


 いや、まあね。ほらここいちおう異世界だし。俺が元いた世界の北海道民もいるでしょ?


 道産子どさんこって言うよね。


「五稜郭のまわりはきちんと道も整備されていましたし、もしかして北海道って都会ですの?」


「都会、っていうのがどういうことを指すのか知らないけど、まあいちおう人は住める環境が整ってるよな」


「不思議ですわね」


「そういうもんじゃないのか?」


 そもそも北海道にいつから人が住んでいるのかよく知らないけど。でもほら、アイヌ民族とか昔からいるんでしょ?


 っていうか、そういうことはアイラルンのほうが詳しそうだが。


「あら、そういえばシャネルさんは?」


「あいついま、なにしてると思う?」


「知りませんわ。質問に質問で返さないでくださいませ」


「シャネルな、いま料理作ってるんだよ」


「あ、そういえば急用を思い出しましたわ!」


「待て!」


 シャネルの料理、と聞いただけでさっそく逃げだそうとするアイラルンを引き止める。


「離してくださいませ!」


「ひどいじゃないか、俺を1人にするなんて」


「わたくしはまだ死にたくありませんわ!」


「お前はもともと死なないだろ」


「違いますわ、死んで生き返ってるだけですわ!」


「え、そうなの?」


「そうですわ!」


 それは……知らなかった。


 いや、まあそんなこといまはどうでもいいんだ。


「とにかくさ、アイラルン。頼むから一緒に食べてくれよ」


 そうすれば俺が腹に入れる量が半分ですむ。


「いやですわ、だってシャネルさんの料理ってあれただの消し炭ですもの」


「シャネルがやってるのって調理じゃなくて炭化だよな」


「あれ本人、味見とかしてますの?」


「いやぁ、してないだろ」


「というか見た目で失敗作って分かりますわよね?」


「そうなんだよな、そこがおかしいんだよ。いくら自分で作った贔屓目があるって言っても、どうみても炭じゃん?」


「わたくしたちとは見えているのもが違うんですわ、きっと」


「それなー」


 ひとしきりここにはいないシャネルの悪口を言って、「でも可愛いところもあるんだよ」と、俺はフォローしておく。


「惚れた弱みですわ!」


「そうそう」


「アバタもエクボですわ!」


「あ、それなんかどっかで聞いたことある言葉かも」


「まったく、これだから童貞は」


「それいま関係ないよな?」


 と、まあそんなことを話していると部屋の扉が開いた。


 すわ、シャネルが料理を終えて戻ってきたのかと思ったら違った。


 部屋に入ってきたのは澤ちゃんだ。


「榎本殿、少し話があるんです」


「澤ちゃんいいところに来たね、いまシャネルが手料理作ってるから一緒に食べていってよ」


「手料理、ですか? けど良いのですか?」


「もちろんさ!」


「うわ~、朋輩さいて~。嬉々として道連れを増やそうとしてますわ」


「だまらっしゃい!」


 さあさあ、こっちに座ってと俺は澤ちゃんを部屋の中央にあるテーブルの前に座らせる。


「はあ、ありがとうございます」


「わたくしワイン飲みましょう、っと。朋輩は?」


「俺ももらう、澤ちゃんの分のグラスも出してあげて」


「了解ですわ」


「あ、いえ。お構いなく」


「そう遠慮しないで。せっかくドレンスから持ってきたワインなんだから。それにさ、アルコールが入ってたほうが話しやすいこともあるでしょ?」


「そんな難しい話をしにきたわけではないのですが」


「はい、朋輩どうぞ。澤さんもどうぞ」


「ありがとうございます」


 というわけで、俺たちは乾杯した。


 外はもう暗く、俺とアイラルンにしては良い時間まで待って飲み始めたものだ。俺たちはどちらもシラフだった。


「それで、今日はなんの話?」


 俺はワインを口にふくんでから聞いた。


「榎本殿、そろそろ蝦夷に入って一週間ですが」


「だね」


「そろそろ我々の代表をきちんと決めたほうが良いと思うのです」


「え?」


 代表って、つまり俺じゃないの?


「どういうことですの?」と、アイラルン。


「我々の集団は烏合うごうしゅうです」


「いや、どうだろう。澤ちゃんが言うほど悪い集団でもないと思うけど」


「とはいえ、寄せ集めであることは確かです。そんな集団を率いるためには榎本武揚という名前だけでもいけません」


「えーっと」


 それで?


「これは榎本武揚が元々考えていたことなのですが、選挙というものをしようと思います」


「選挙って、あの選挙? 投票して代表を決めるってやつ」


 ちなみに俺の元いた世界では18歳から選挙権がありました。俺は行ったことなかったけど、そもそもあっちにいたとき、18になってなかったし。


「そうです、その選挙です」


 ごくり、とワインを飲み干した。


「アイラルン、もう一杯」


「どうぞ、朋輩」


 女神様がワインをついでくれる。


 それをまた飲んだ。


「つまりそれ、俺も出るわけだ?」


「そうです」


「下剋上ですわ!」と、アイラルン。「わたくしも出ますわ!」


「やめとけアイラルン、恥をさらすことになるぞ」


「恥の多い生涯を送ってきましたわ!」


「それにしても選挙ねぇ……」


 良いんだけどね。でも、もしかしたらアイラルンの言う通り下剋上で俺が指揮官じゃなくなる可能性もあるのか。


 それはそれで、俺からしたら気楽だが。


「大丈夫ですよ、榎本殿。負けることはありませんので」


 だけど澤ちゃんは、そう言って微笑むのだった。


 怪しいな、と俺は思った。


「なにかするつもり?」


「これから忙しくなりますよ」


 するつもりだ。


 不正、だろうか?


 そういうの、俺は嫌いだ。


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