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633 土方の手と大鳥のお誘い


 久々の『グローリィ・スラッシュ』。やり方はさすがに忘れていなかったようだ。


 魔力消費の多い技なので、基本的には1日に2度が限界だ。単純計算ではこの一発で半分の魔力を使ったことになるわけだ。


「朋輩、お疲れさまでした」


「おう……アイラルン」


 ニコニコと笑いながらアイラルンが近づいてきた。


 そしてなにをするかと思えば、先程まではオーガだった灰をすくい上げた。


「なにか分かるか?」


「なにか、とは?」


「いや、いかにも意味ありげに灰を見てるからさ」


「そうですわね、分かるような、分からないような。本当はちょっと分かるかもしれませんわ」


 俺は疲れもあってげんなりしてしまう。


 いまこの状況でアイラルンのバカな話に付き合ってやることはできない。


 それよりも、まわりの状況を確認しなければ。


「榎本殿、よくやってくれた」


 土方がいつもの男言葉で話しかけてくる。


 ふむ……。


 いかにも真面目そうなデコを見せる髪型。学校なら委員長でもしていそうな感じ。キリッとした目鼻立ちからは中性的な色気が薄っすらと感じられた。


 なんというか、こうして見ればなかなか器量が良い顔立ちをしている。


 オンナノコオンナノコした可愛らしさではない。シャネルのように近寄りがたいほどの美人というわけでもない。ただ一緒にいて安心するような美人。


「な、なんだ」


「あ、いや……」


「いやじゃないだろう! 人の顔をじっと見て」


 なんか怒り出しちゃった。


 いや、まあたしかにボーッと見てたんだけどさ。


「怪我、してないか?」


 と俺は聞く。


「無傷に見えるか」


「見えないな」


 土方は体中を怪我していた。とくにひどいのは両腕だ。安静にしていればまだ違ったかもしれないが、無理やりさらしで刀を巻いていたせいで肉がえぐれて中の骨まで見ている。


 さぞ痛いだろうに。


「あんまり無理するなよ」


「うるさい」


「せっかく可愛い顔してるんだからさ」


 半分は冗談だ、そのさらに半分、つまり4分の1くらいは本気。じゃああと4分の1は? ただからかってるだけだ。


「貴様、ふざけているのか!」


 土方が腕を振り上げる。まさかと思ったら、怪我をしたままの腕で殴ってきた。


 思いっきり顔面をえぐるようにパンチされる。


「痛っ!」


「殺す!」


「副長、落ち着いて!」


 後ろから来た島田が土方のことを羽交い締めにする。それでも土方はジタバタを暴れて「殺す、絶対に殺す、私のことを侮辱したんだぞ!」と叫んでいる。


 喋り方が、少しだけ女の子っぽくなっていた。


「いてて……なんてひどいことしやがる」


「大丈夫ですの朋輩?」


「ねえ、アイラルンこれどうなってる? やばくない、血が出てるよねこれ?」


「それ、土方さんの手についてた血ですわ」


 ああ、なるほど。


 どおりで血が出ているような痛さじゃないわけだ。


「いや、でも痛い。殴られた」


 せっかく俺自身は無傷でオーガを倒せたというのに。


「貴様がふざけたことを言うからだ!」


「そういきり立つなよ――『トシさん』」


 ぶちん、と音がした。


 あ、やばいか? ふざけすぎたか?


 あきらかに何かが切れる音がした。


「そうかそうか、どうやら死にたいらしいな」


「いや……できれば100歳くらいまで生きたいかな?」


 根拠はないけど、それくらい生きられたらさすがに満足できそう。


「それは残念だったな、せめて良い墓をたててやる」


「そりゃあ嬉しい、ドレンスじゃあ共同墓地が多いから」


 俺は退路を確認する。土方は島田に止められているが、いまにも飛びかかってきそうだ。


 そうなった場合、すぐに逃げることができるように。


「島田、離して!」


「なりません副長!」


「こいつを殺して私も死ぬわ!」


「いや~それは勘弁だぞ」


「お前、また私をバカにして!」


「副長、こんなのでも一応は我々の大将ですので!」


「知らないわよ!」


「あの化け物も倒してくれましたし!」


「知ったことかって!」


「女言葉になってますよ、副長!」


「うぐっ!」


 土方がいきなり黙った。


 俺はそれで理解した。どうやら土方は意図的に男言葉で喋っていたのだろう。


 それがなんのためかは、なんとなく察せられるが。


 新選組という強烈な組織を導いていくには力強さが必要だったのだろう。女の子らしい態度なんてとっていられなかったのだろう。


「榎本」


「なんでしょうか?」


 土方は島田に後ろ手を掴まれたまま、俺を睨む。


「後で殺す」


 どうやらいまは許してくれたらしい。


 ちょっとからかっただけなのに、ひどいね。


 とはいえ、これ以上は本当に斬られそうなので離れることにする。


 ふと、大鳥さんが目に入たのでそちらに行くことにする。


「榎本くん」


「大丈夫でしたか?」


「うん、榎本くんが僕のこと守ってくれたから」


「他の人たちは?」


「うちの伝習隊でんしゅうたいはどっかの寄せ集めと違って、練度が高いからね。ほとんど大丈夫だよ」


「あはは」


 俺は乾いた笑いを浮かべる。


 ちらっと土方の方を見た。どうやら声は聞こえていないようだ。もし聞かれていたらまたケンカになるところだろうしね。


「それで、榎本くん」


「はい」


「あとで少し落ち着いたらね――」大鳥は俺のことを上目遣いで見つめた。「少しだけ、お話があるの」


「話?」


「そう、2人きりで」


 ちょっと、ドキッとした。


 いや、本当にちょっとだけだよ。


「2人きりはマズイ」


 俺は誘惑に負けることなく、しっかりとそう言った。


 はっきり言って大鳥さんは好みのタイプだ。美人だし、髪の毛も長いし、涼しげな顔立ちが素敵だ。でも僕ちゃんDTどうていなので。


「あら、そうですか? 少し、陸軍総指揮として海軍総指揮である榎本くんとお話したいだけだったのだけど」


「あ、そういうこと?」


 というか大鳥さん、陸軍総指揮? つまり陸軍で一番偉いの? へー、そこらへんよく知らなかった。


「お仕事の話、しましょう?」


「それなら……」


 いいのかな?


 そう思った瞬間。


「ジ~」


 アイラルンが目を見開いてこちらを見ていた。


「な、なんだよ」


 無視しようとしたが、さすがにここまで見られては聞いてしまう。


「いえいえ、なんでも。続けてくださいませ、朋輩」


「なにが言いたい?」


「いえ、わたくしはなにも。ああ、しいて言いたいと言えば、シャネルさんに言いたいですわね」


「なんて?」


「朋輩が浮気してるって」


「勘弁してくれ!」


 それたぶんマジで洒落にならないやつだから。


 予想だけど俺じゃなくて大鳥さんが危ないやつだから。


「あ、朋輩。わたくし用事を思い出しましたわ!」


 走り出そうとするアイラルン。


「させるか!」


 俺はアイラルンをつかもうとするが。


 紙一重!


 アイラルンは俺の手をすり抜けて、そこらへんにいた馬に乗り込む。


 おいおい、まともに乗馬とかできるのかと思っていたら意外にも上手にアイラルンは馬を早駆けさせる。


 これは本気でマズイと俺も馬に乗り、追いかける。


「あの、榎本くん!」


「話は後で!」


 大鳥さんはまだなにか言いたそうだったが、いまはそれよりアイラルンだ。シャネルにあることないこと吹き込まれてはたまらない。


「待て、このクソ女神!」


「待てと言われて待ったバカは、有史以来1人もいませんわ!」


「この邪神、ふざけんな! ちょっ、本気で待って!」


 アイラルンは駆けていく。


 俺は全力で追った。


 手加減無しだ。しかしアイラルン――意外にもマジで速いのだった。


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