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631 五稜郭の化け物


「ん? 誰もいないのか」


 独り言だ。


 べつに馬に向かって話しかけたわけではない。それは馬の方でも分かっているのか返事もなにもしなかった。


 五稜郭の周りにはほりがあり、そこには数人の死体が投げ込まれていた。堀はすでに赤く染まっており、さきほどまでの激戦が想像されていた。


 だというのに、中に入れば不気味なほど静かだった。


 細い道が続いている。周囲には木が植えられており、城の中というよりは庭のようにも思える。


 その道を進んでいくと、行く先が二手に分かれた。


 その分かれ道には、体を上下に引き裂かれた死体が転がっている。


「なんだこれ……」


 俺は馬から降りてその死体に近づく。グロテスクな死体を薄目で観察した。


 どう見ても人間の仕業ではないだろう。もっと巨大な、クマのような獣が爪で引き裂いたとしか思えない。


 見れば道の先から人が来た。2人……いや、3人だ。2人がかりで1人を引きずっている。うまいこと持ち上げることができないのか、ズルズルと引きずっている。


「大丈夫か?」


 と、俺はその2人に聞いた。


 見たことのない人で、いつもなら人見知りが発動してまともに喋ることもできないだろうが、いまは有事だ。そんなこと言っている場合じゃなかった。


「やられたんだ!」と、1人が言う。


「誰にだ」


 申し訳ないが、引きずられている男はもうダメだろう。


 腹が裂かれて臓物が飛び出してきている。意識はあるようだが、それも長くないはずだ。


「化け物がいたんだ!」


「化け物?」


 なんとなく察した。おそらく人間ではないなにかがこの先にいるのだろう。


「あ、あんた榎本武揚だろう!」


「まあ、そうだが」


「早く逃げろ! あいつはこっちに来るぞ!」


「他の人は?」


「もう1つの出入り口から逃げてます、榎本殿もどうか!」


 たしかに五稜郭には複数の出入り口があった。おそらくその化け物がこちらの方に向かっているから、みんな他の場所から出たのだろう。


「土方は?」と、俺は聞く。


 なぜここで土方のことが気になったのか自分でも分からないが、とっさに出た名前が彼女のものだったのだ。


「新選組がなんとか化け物を足止めしています」


「もともとここにいた敵は?」


 まさか化け物だけがいたわけではないだろう。


 俺の質問に、男たちはそんな場合ではないと思ったのだろう。「いまはそれより逃げましょう!」と、走っていこうとする。


 だが。


「……全員、倒しました」


 いまにも死にそうな男が答える。


「そうか、よくやった」


 俺はその男を褒める。


 死ぬまで戦った男が、指揮官に対して最期に報告をする。それに対して男が求めるのは称賛の言葉以外になにがあるだろうか。


 俺は男と視線を合わせるようにしゃがみ込み、もう一度「よくやった」と言った。


 それで男は満足そうに口元を曲げて……絶命した。


「運んでやれ、とむらいは後でしよう」


 タケちゃんだったらどうしただろうかと思いながら俺は生き残っている2人に言う。


「はい」


「早く行け」


 よく見れば2人もところどころ怪我をしているようだった。


「榎本殿は!?」


「俺は大丈夫だ」


 馬に乗り込む。


 さて、その化け物とやらをおがんでやろうじゃないか。


 野次馬根性はもちろんある。だが他にも、考えがあった。


 敵がもうその化け物1人ならば、つまりそいつさえ倒せばこの五稜郭は制圧だ。新選組がまだ頑張っているというのなら、手助けをしようじゃないか。


 2人の男がなにか言っているが、俺は無視して馬を走らせた。


 細い道は続いていく。おそらくここでの戦闘もあったのだろう。左右には石垣があり、まるで迷路のように入り組んでいく。ときどき思い出したように死体が転がっている。おそらく左右の石垣から射撃されたのだろう。


 地の利は確実に防衛側にあったはずだ。いったいこんな場所をどうやって突破していったのか。俺はいちばんキツイときに参加していないので、想像するしかできない。


 敵のいなくなった道を駆け抜け、開けた場所へ。


 五稜郭の中心地だ。


 小さなやぐらのついた建物がある。城、というよりはちょっとした家のようにも見える。もともとは奉行所ぶぎょうしょなのだと説明を受けた。


「土方は……いた!」


 すぐに見つけられた。


 巨大な化け物がいた。


 俺はそれをひと目見たとき、オーガだと察した。


 かつて一度だけ戦ったことがある。あれはそう、金山とパーティーを組んでいたときだ。洞窟の最奥で遭遇したのだ。


 あのときのオーガより一回りは小さそうに見えるが、それでも4メートルは超す巨体だ。


 岩のように硬そうな肌をしている、その色は赤い。一瞬、血かとも思ったがどうやら違うようだ。手に武器はもっておらず、かわりに人間の死体を武器のように握っていた。


そのオーガを黒服の集団が取り囲んでいる。


「距離をとれ!」


 土方の号令。


 ――ドゴンッ!


 と、音がした。


 少し離れた位置に置かれた大砲が打ち出されたのだ。見れば大鳥たちの部隊が大砲を操作していた。


 仲の悪い2人だが、戦いになればなんだかんだと共闘はするのだ。


 砲弾はオーガに命中した。


 体の右半分が吹き飛んだ。


「やったか……?」


 と、俺は思わず言ってしまう。


 だけどそれが間違いだった。いかにもな死亡フラグ。言わなきゃ良かった。


 オーガの吹き飛んだ右腕に肉のがめぶいた。その次の瞬間には腕が生えてきた。


「なんつう再生力だ!」


「ですわね」


 いきなり下の方から話しかけられた。


「うわっ!」


 驚いて馬から落ちそうになる。


「ごきげんよう、朋輩」


 アイラルンだ。さっきから見ないと思ったが、まさか五稜郭の中にいたとは。


「お前、こんな場所にいて大丈夫か?」


「どうせわたくし死にませんもの」


「だな」


「せっかくなので近くで見物ですわ」


 まさかビールでも持ってないだろうな、と思ったがさすがにそこまでではなかった。


「あいつ、なんだ?」


「見ての通り、モンスターですわ」


「なんでそんなものが!」


「さあ、知りませんわ。いきなり出てきましたもの」


 おそらくここに元々いたやつらの隠し玉なのだろう。


 普通の人間がいくらいても、勝てないかもしれない。


「ガアアァアアアッ!」


 オーガが叫んだ。


 新選組の人間たちがもう一度取り囲もうとしたが、お構いなしに大砲の方へと走っていく。


 大砲は移動式だが、重たいのだろう。動かす余裕はない。


「退避、退避!」


 大鳥さんが叫んだ。


 周りにいた人間たちが逃げる。それとは逆に、俺はオーガの方へと馬を走らせていた。


 オーガが大砲を踏みつける。砲身がぐにゃりと潰れた。あれではもう撃てないだろう。


 そしてオーガもバカではないのか、次は大鳥さんを狙った。


 背中を向けて逃げている大鳥さん。その背中へとオーガが腕を伸ばした。


「ふんっ!」


 俺は抜刀する。


 馬は最高速でオーガに接近してくれた。そして一瞬の並走。


 そのタイミングで俺は馬上から切り上げるようにオーガの腕を飛ばした。


 かつて戦ったオーガより、皮膚は柔らかく、刀はすんなり通った。


 勢いを殺さず走り去る馬。俺は開いている方の手で大鳥さんを抱えた。馬の上にすくい上げる。馬はいきなりの2人乗りに少しだけ足を曲げたが、しかしそのまま走る。


「大丈夫か!」


 危ないところだった。


「あの……え、榎本くん?」


 おや、大鳥さんの顔が赤い。そうとう怖い思いをしたのだろう。


 長い黒髪が邪魔くさい。馬の上からでも地面につくのではないかと心配だ。俺はオーガから少し離れた場所で大鳥さんをおろした。


「下がってて」と、言う。


「……はい」


 いぜんとして大鳥さんの顔は赤い。


 しかしいまは構ってる暇はない。


 俺はオーガに目を向ける。俺が切り飛ばした腕は、いまにも治りかけていた。


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