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610 カゴで運ぶ


 人質を連れ立って仙台城を出る。


 俺はずっと藩主の男を後から掴んでいた。


「もう離しても良いんじゃないか?」と言う俺に対して、澤ちゃんは「やるなら最後までやりましょう」と、藩主も一緒に連れて行くことを提案する。


「た、たのむ。命だけは――」


 藩主の男が言う。


「あー、はいはい。べつに殺すつもりはさらさらないさ」


 あれ、『さらさらない』の『さらさら』ってなんだ? よく分からねえな。ま、わざわざシャネルに聞くようなことでもないだろう。


「このまま歩いて港まで行くの?」


「それが良いんじゃないのか? 馬車やらカゴだと途中で襲撃される。歩きの方がまだ対応が楽だ」


「そんな悠長にしている時間はありません。早くしないと開陽丸かいようまるが出港してしまいます!」


「え、なんで?」


 そういうのって頭数が揃ってから出るもんじゃないのか。


「時間が来れば出港するという決まりです! 少しでも遅れた者は置いていかれます!」


「えー」


 そもそも俺たちがこの仙台城で挨拶をしてから船の方に行くのは最初から既定路線だったわけで。それなら出港の時間にも余裕をもたせれば良かったんじゃないか?


「走れば間に合います」と、澤ちゃん。


「人質を掴んだままかよ?」


「走るの嫌よ」


「ワガママばかり言わないでください!」


 しょうがないな。でも本当に走っていくのなら藩主の男は邪魔にしかならない。


「じゃあこの男はここに置いていこう」と、俺は再度提案した。


「いえ、その男は船まで連れていきます」


「どうしてさ」


 たしかに人質がいれば道中は安全だが、船の中まで連れて行く意味が分からない。


 それに言ってしまえばこの男は足手まといなのだ。


「ここまでのことをして出港する以上、仙台藩所属の船も黙ってはいないでしょう。いかに開陽丸がジャポネ最強の船と言えど、出港時に戦いになればまた船が壊れる恐れもあります」


「そういうもんか。でもじゃあどうするんだよ」


「かついで走るってのはどう、シンクが」


「俺が?」


 嫌だな、しょうじきに言って。そんなことをすれば疲れる。


「ああ、じゃあいっそ殺しちゃいましょうよ。べつにその男が私たちの側にいるって思わせれば良いんでしょ? なら生死は関係ないわ」


「それどうなんだ? 死体って重たいって聞くぞ」


「そうです、それにさすがに藩主を殺したとればこれから造る新たな国にアヤがついてしまいます」


「アヤ?」


「文句みたいな意味の言葉だったかしら?」


「失敬、方言でしょうか?」


 澤ちゃんが少しだけ恥ずかしそうな顔をしている。


 俺たちは、思わず笑った。


 そんな俺たち3人を、藩主の男は化け物でも見るかのように怯えた目を向けている。


「殺さないでくれ」と、また言う。


「殺すつもりはない」と俺ははっきりと宣言する。


「ま、どうでもいいわ」と、シャネル。とはいえこの場合のどうでもいい、は生きていても死んでいてもどうでもいいの意味だ。


「い、移動手段がないならカゴを貸す」


賢明けんめいな判断です」


「だから命だけは――」


「くどいわね」


 シャネルが藩主の男を睨んだ。藩主の男はそれで縮み上がる。


「案内してください」


「あ、ああ……」


 俺は藩主の男を離してやった。どうせこの男にここから反撃してくるほどの勇気はないだろうから。


「こっちだ」


 藩主の男はまるで歩きかたを忘れてしまったかのように妙な動作で歩く。


 緊張と言うよりは、もともと自分の足で歩くようなことをあまりしてこなかったのだろう。


 俺たちが案内されたのは、城の敷地内の一角だった。そこにはいくつからのカゴが用意されており、中にはホコリを被っているものもあった。


「あれ?」


 俺はなにか大事なことを見落としている気がした。


「どうかした、シンク」


「いや……そもそもカゴで移動するって言ったけど、これ運ぶ人いなくねえか?」


 なにを隠そうカゴは人力なのだ! いや、隠れてないけど。


「あら、そこは男手でしょう?」


「つまり?」


 ニッコリとシャネルは笑う。そういう笑顔を見せられると俺としては期待に答えたくなってしまう。いやはや、俺はちょろい男だ。


「シンクの素敵なところ、見てみたいな」


 それでトドメだった。


「しゃあないな!」


 俺は気合を入れて腕まくりをした。


「カゴを動かす人、それは考えていませんでした」


 澤ちゃんがつぶやく。


「あんたも大概バカだね」と、俺は思わず言ってしまう。


「榎本殿には言われたくありません」


「べつに、俺はバカだからなんと言われてもいいけどね」


 しかしバカでも分かることはある。カゴは1人で動かせないのだ。


「そう卑下しないでください、榎本殿。貴方は我々の大将なのですから」


「はいはい」それはタケちゃんだ。「で、誰が俺と同じハズレくじを引くかだけど――」


 俺ともう1人。シャネルはその気はまったくなさそうで、すでに手近にあった大きめのカゴ――たぶん2人乗りだ――に乗り込んでるし。


「私も体力に自信は……」


「そういうのは男の人がやれば?」


 カゴの中からシャネルが言ってくる。


 男の人……俺以外となると。


 藩主の男と目が合った。その瞬間、逃げようとしたので肩を組むようにして掴む。


「お殿様、やりましょうや」


「ふざけているのか!」


「本気ですよ、ほらそっちもって」


 俺は藩主の男にカゴの前の方を持つことをうながす。もし後を持ってもらったら、運んでいる途中に俺の目が届かないので逃げられるかもしれないからな。


「じゃあ私は中へ……」


 澤ちゃんもカゴに入る。「快適ね」「なんだか悪いです」「いいのいいの、たまにはシンクにも働いてもらいましょう」なんて、中から声が聞こえる。


「これを運ぶのか!」


 藩主の男は文句を言う。


「はい、持ちますよ。せーの!」


 けれどそれを無視して俺は声をかけた。藩主の男は意外にも素直にそれに従った。


「け、けっこう重たいのだな」


「中に女の子が入ってるんだから、そんなこと言わない!」


 俺でもそれくらい分かるぞ。シャネルさん、怒ってないかな? でも魔法がとんでこないので大丈夫だろう。あ、違う。ジャポネでは魔法が使えないんだった。


 俺たちは息を合わせてあるき出す。


 カゴに乗りたいとは言ったが、まさか運びたいと言った覚えはない。人生なにがあるのか分からないものだ。あんまり悠長にはしていられないということで、俺たちは早足になるのだった。



一週間くらいさぼってました、すいません

今週は頑張ります

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