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602 武具錬成


 男――シワスは片腕で刀を持っている。構えるでもなく、ただ自然に。それこそが自分のやり方なのだという自信を持っているようだ。


 対して俺は緊張を感じていた。


 強い相手に対峙して、ワクワクしたことなんてこれまで一度もなかった。少年漫画の主人公だったら、相手が強ければ強いほど燃えるなんていう性格が定番だが、俺は違う。


 本当だったら逃げたいくらいだ。


 なにせ俺が戦おうと思って戦っているわけではない。


 いきなり襲われて、それに対応しているだけなのだ。命がけで。


「榎本……シンクねぇ。へへっ」


 シワスは笑っている。


 まるで戦いを楽しむかのように。


「強いんだろうなぁ、お前も。なにせ転移者だ」


「――ッ!」


 なぜそれを知っている?


 いや、愚問だろうか。


 なにせ相手はディアタナが送ってきた刺客なのだ。俺の情報くらいは知っていてもおかしくない。


「殺しはしないよ、殺しは、ね。でもさぁ、クリス。怪我させるくらいはぜんぜん構わないんだよね?」


「ええ、良いですよ」


 しわがれた声の女はクリスというらしい。


 その女は不思議な杖を持っていた。白く巨大な杖だ、羽のような装飾がついている。俺は魔法を使える人たちが持つ杖についてはよく知らないが、その杖はどこかで見たことがある気がした。


「やったね、あんまり手加減しすぎると面白くないから。榎本、お前も簡単には死ぬなよ」


「馴れ馴れしいやつ」


 と、俺は思ったことをそのまま口にする。


 こいつはまるで俺の友達みたいに話す。けれど俺はこんなやつ知らない。


「じゃあ――」シワスが刀を振り上げる。「行くよ!」


 そのまま刀を投げつけてくる。


 ――バカか?


 と、俺は思った。


 そんなもの簡単に弾くことができる。


 俺は下からすくい上げるように刀を動かし、飛んできた刀を打ち上げた。


 これで相手には武器がなく、こちらだけが一方的に武器を手にしている状態。明確に有利だ。


 このまま押し切る。


 そう思い、俺は前に出た。


 その刹那、気づいた。


 シワスの両手に二振りの日本刀が握られているのを。


「なっ、」体をひねり、回避。「にっ!」


 いつの間に刀を? 分からない。


「ははっ! びっくりした?」


 左右から同時に攻撃がくる。それを俺はしゃがんで回避する。頭上を刃が交差していく。


 しかししゃがんだ状態では刀をうまく振れない。ここは一旦下がって――そう思った瞬間に、頬に衝撃がきた。


 吹き飛ばされ、刀を手放してしまう。


 蹴られたのだと気がついたのは仰向けに転がってからだ。


「おや、死んだかな?」


 もちろん死んでいない。


 急いで立ち上がる。


「おー、生きてる生きてる。なかなか丈夫だね、もっとひ弱かと思ってた。引きこもりのくせに」


 カチンときた。


 いったいディアタナにどこまで聞いているのか分からない、言って良いことと悪いことがある。俺が引きこもりだったのはいま、関係のないことじゃないか。


 刀はどこに飛んだ?


 くそ、少し離れた位置にある。あそこまで取りに行く間に隙ができる。


「シンちゃん、これ!」


 背後からタケちゃんが自分の刀を投げてよこしてくれた。


「助かる!」


 受け取った刀を抜く。良い刀だと直感的に思う。手によく馴染む。


「大変だねえ、武器もつくれない人間って」


 シワスは憐れむようにこちらを見てくる。それで察した、こいつの『武具錬成』というスキルは自由に武器を作り出せるスキルなのだ。その武器がどの程度のものまで作れるのかは分からないが、刀くらいなら一瞬で作れるのだろう。


「その分、ひとつひとつの武器を大事にするのさ」


「なんだよそれ」


「どういうことか、たしかめてみな」


 シワスは不思議そうな顔をした。


 だがすぐに笑い出す。


「そうかいそうかい、そうやって惑わせる作戦だ。こすいことするなぁ、まったく。そんなんだからイジメられるんだぞ」


「あ?」


 自分の中でなにかが切れた。


 引きこもりとバカにされるのはまだ良かった。だがイジメられっ子だったことをバカにされるのは我慢ならなかった。


 もう冷静になることはできない。


 なにがあろうと目の前のこいつを殺す。俺は明確な殺意を持ってタケちゃんの刀を握った。


「シワス、雰囲気が変わりましたよ」


「おー、怖い。クリスは下がってて」


「言われなくてもそうさせてもらいます」


 なんだ、あの女は?


 顔中に包帯を巻いているのにこちらが見えているのか?


 いや、それよりもだ。下がると言っていながら明らかにこちらを狙っている。憎しみの雰囲気を向けられている。


 なんでもいい。向かってくるならこいつも殺してやる。


 今度はこちらから行く。


 ゆっくり、ゆっくりと近づいていく。


「お、来るのか?」


 シワスがなにか言っている。


 だがそれに答えるつもりはない。


「無視かよ」


 そうだ、なにも答えない。


 やれやれ、とシワスが肩をすくめてから、両手をだらりと下げた。それは一見無防備に見えるが、ある種の構えなのだ。


 だがこちらから行くと決めた以上は、それでも前に出る。


 間合いの中。


「おいおい、こんなに近づくのかよ」


 完全な間合いの中で、俺たちは睨み合った。


 そこから先に動くのは俺だ。刀を横薙ぎに振る。


 シワスはそれを片方の刀で防ぎながら、もう片方の刀で俺を斬りつけようとする。


 だが俺の斬撃はたかが刀に防がれた程度では止まらなかった。


 シワスの刀を切り裂いて、そのまま振り抜く。


 当然、シワスは下がると思った。人間、斬られれば誰だって痛いはずだ。痛ければ退く。それが普通のこと。


 だがシワスは違った。


「うらあっ!」


 そのまま俺に刀を振り下ろしてくる。


 驚愕したのは、その表情がさきほどまでとまったく変わっていない、笑顔だったことだ。


 俺は腹を斬ってやった。だがシワスは俺の肩を斬った。


 しかも傷は俺の方が深い。これでは痛み分けとはいかない。


 追撃が来る前に俺はまた距離をとった。


 ボタボタと音をたてて、肩から血が流れる。


「シンちゃん!」


 タケちゃんが心配そうな声を出すが、俺はなにも答えられなかった。


 そういえばシャネルは――? と、一瞬思う。


 さっきから気配がない。


 振り返ると、そこにシャネルの姿はなかった。


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