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601 ディアタナからの刺客


 ゆっくりと歩いてくる男。


 濃淡の派手派手しい緑色の着物を着ている。腰にはわりに長めの刀を差している。


 若い。


 もしかしたら俺よりも歳下かもしれない。よく見れば鼻の頭に小さなニキビが浮かんでいた。


 その男の狙いはあきらかに俺たちだ。軽い動作で歩いてきてはいるものの、俺には分かる、すでに臨戦態勢。


 いつ刀を抜いて襲いかかってくるか分からない。


「え、誰?」


 タケちゃんも気づいたのだろう。


 だが酔っていることもあって、どこかのんきな声だ。


「誰でもいいだろ。下がってろ。シャネル、キミもだ!」


 ここは俺だけで敵をさばくべきだ。


 シャネルはともかくタケちゃんは戦力にならない。ならば俺がやるべきだ。


 相手の男、その後ろには顔中に包帯を巻いたミイラのような人間が。着物が桃色で、黒い羽織物をしている。女だ――と俺は直感的に思った。


「どっちかな?」と、男の方が言う。


 やはりというべきか、まだ声も若い。


 声変わりすらしていないかもしれない。


「後ろの方よ」


 桃色の着物の方が答える。老婆のようなしわがれた声だった。


 けれどそれは歳をとっているわけではなく、喉が潰れているような声だ。


「ふうん、そうかそうか。手前の方は? おんなじような顔してるけど」


「あっちは殺しちゃダメよ」


「分かったよ。殺さない程度に――」


 男の方が刀を抜いた。


 その瞬間だった。


 キラリ。


 と、刀が月の光で怪しく光る。


 その光に一瞬、目がくらんだ。なんたる不運か! とは言えない、なにかしらの神意がはたらいたとしか思えない、そんなタイミング。


 そのタイミングで相手の男が動きだす。


「くそっ!」


 俺は必死で刀を抜いた。


 あきらかな出遅れ。


 どうしようもなく、刀を抜きながら下がるよりも前に出ることを選択する。


 まばゆいまでの光、閃光が周囲を一瞬真昼のように照らした。魔法陣のエフェクトが花火のように飛び散って。


『5銭の力+』が発動したのだ。


 相手の男の刀が俺の首元から弾かれるように離れていく。その刀身は消えている。


「おっとっと」男はおどけるような声を出して距離をとる。「間違えて殺すところだった」


 俺の首筋に、冷や汗が流れた。


 間違えだろうがなんだろうが、殺されるところだった。まったくの不意打ちだった、反応すらできていなかった。


 ――強い。


 一太刀ひとたち


 見ただけで分かった。


 嫌な予感の正体が判明した。こんなべらぼうに強い人間が襲ってくるんだ、そりゃあ嫌な予感もするさ。


 俺は深呼吸をして気持ちを落ち着ける。


 冷静に、冷静になるべきだ。


「シワス、気をつけて。その男はまだ殺しちゃダメなのよ。まだ、ね。ふふふ。ディアタナ様もそう言ってるわ」


 ディアタナ? いまディアタナと言ったのか?


 こいつら、いったい何者だ? どういう理由で俺たちを襲う?


 そんな考えがぐるぐると思考として回る。まったく冷静になることができない。


「分かってるよ、分かってる。それにしてもけったいなスキルを持ってるなぁ。


 男――シワスと呼ばれていたな。


 シワスはケラケラと笑いながら刀を振り回している。それは俺を斬るための行動ではなく、ただの手慰み。


 互いに刀を抜いた状況で、そんなことをする余裕があるというわけだ。


 だがそれは余裕の現れたる行動ではなかった。シワスが振っている刀がみるみるうちに再生していく。まるで生き物の自然治癒のように刀が輝きを取り戻していくのだ。


 俺の『5銭の力+』でダメになった刀が治るのはすぐだった。


「なるほどね、つまりあんたが榎本シンクってわけだ」


 シワスは元通りの刀を引くようにして構える。


「名乗ってないのに名前を知ってるなんて気味が悪いな、シワスくんよ」


 おそらくそのシワスというのが名前だろうと察して、意趣返ししてやる。


「え? もしかして俺のこと覚えてた?」


 だが返ってきた反応は俺の想像とは少し違うものだった。


「なに?」


「そうかそうか。悪いけど俺はあんたのこと――」シワスが刀を構えた。「覚えてないよ!」


 突きだ。


 俺はそれを間一髪でかわす。


 かわしてから、しまったと思った。


 避け方が悪かった。軸足が地面に吸い付くように残っている。このままでは次の動作に対して遅れる。


 そこを逃す敵ではない。


 俺を切り刻もうとやたらめったらに攻撃を繰り出してくる。その太刀筋はめちゃくちゃだ、しかし戦慄するほどの鋭さがある。


「なんだお前!」


 尋常の刀の扱い方ではない。


 だがとにかく強い。


 全力でいなすのがやっとだ。落ち着いて『水の教え』を発揮する暇もない。


「死ね、死ね、死ね!」


 まるで子供のように無邪気な様子で、シワスは言う。


「だから殺してはダメ」


 後ろではしゃがれた声の女が注意している。


 ふざけているのかと思った。


 なんとか距離をとって仕切り直し。


 互いに刀を構えなおす。


「どうなってんだ」


 手を抜いているわけではない。だが確実に押されている。こんなことは初めてだった。


 金山と戦ったときは、また別だ。あのときは『武芸百般EX』のスキルが無くなっていた。けれどいまは違う。万全の状態での戦い。


 だというのに防戦一方だ。


 まずいかもしれない。そんな思いがよぎる。


「シャネル」


 俺はシワスから目を離さないまま、シャネルを呼ぶ。


「うん」


「俺を置いて逃げろって言ったら、どうする?」


 クソ、こんな情けない姿をシャネルにさらすのは久しぶりだ。こと戦闘においてだけは、シャネルの前で格好いいところを見せ続けてきたつもりだったのに。


「逃してくれるかしら?」


「え?」


「あの後の女――まわりに魔力が渦巻いてるわ」


「つまり――どういうことだ?」


「飛ばしてくるわよ、魔法攻撃」


 まさか!


 このジャポネじゃ魔法は使えないんじゃなかったのかよ。


 だがシャネルの言うことだ。まさか嘘をついているとは思えない。


「だとしたら、ここで踏ん張るしかないかよ。タケちゃん、俺の後に隠れてろよ!」


「う、うん! 分かってるよ!」


 大きく、深呼吸。さきほどよりも冷静に。


 そして俺は魔力のこもった目でシワスと呼ばれた男を見つめた。敵を知り己を知れば百戦殆うからず、だ。『女神の寵愛~視覚~』のスキルを発動させる。


『武芸百般(天性)』

『武具錬成』

『女神の寵愛~幸運~』


 なんだこれはと俺は目を疑う。


 なんというスキルだ。俺とスキルの構成が似ている。


 その瞬間、俺は察した。


 こいつらはディアタナが送り込んできた刺客だ。


 狙いは本当にタケちゃんなのか? 俺ではなく?


 どちらにせよ負けるわけにはいかない。


今日はボジョレヌーボの解禁日ですね。

それに合せて新しい小説をこの後、22:00に投稿します。

短めの連載小説の予定です、よろしければそちらも見ていただけると嬉しいです。

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