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059 目的地を探す


 最初はシャネルが話しを聞いたという下着店へ。俺は中に入るのが恥ずかしかったので外で待っていた。


「聞いてきたわ」


「うん、それでどうだった?」


 待っている間に露店でよく分からない肉を買った、食べた、不味かった。


「やっぱり噂話よ。店の人も暇なマダムから聞いたらしくてね、たいしてよくは知らなかったわ」


「そうか」


「というか、みんな知ってたらそれこそ警察の手入れが入るわ」


「たしかに」


 どうやら公然の秘密とかそういうわけではなく、本当に誰にも知られてないようだ。


「こういうのって誰が知ってるのかしら? 街の情報屋でもあたってみる?」


「じょ、情報屋!」


 すげえ、情報屋っていったら探偵、何でも屋とならんでフィクションではよく聞くが実際に見たことのない職業御三家の一つじゃないか!


「で、それどこにあるの?」


「知らないけど、冒険者ギルドにでも行ってみる? そしたら誰か知ってるかもしれないわ」


「よし、行こう!」


 なんだかお使いじみてきたが、まあこのさい回り道だって必要な手順さ。


 そんなわけで俺たちは冒険者ギルドを目指すことに。


「それにしても今どき奴隷なんてねえ……」


 シャネルが呆れるように言う。


「どういう目的だと思う?」


「そりゃあ売る方はお金儲けでしょうけど」


「買う方は?」


「シンクと同じじゃないの?」


 つまりエッチな目的か。


 そりゃあそうだよな。わざわざ禁止されている奴隷を買うんだ、まさか労働力ってわけじゃないだろうさ。そういう意味じゃ昔の日本にも人買いなんて職業があったはずだ。貧しい人たちから子供を買い取って遊郭に売るような……。


 それとはちょっと違うのだろうか? なんにせよ見てみないことには分からない。


「なんか怖い場所だと嫌だな……」


 しかしその分、興味もあるのだ。


 冒険者ギルドへの道すら俺は覚えていないのでシャネルについていく。なんでもいいけど女の子は道が覚えられないとか地図が見られないとかいうけれどシャネルの場合はまったくの別だ。人間カーナビみたいにこのバカみたいに広くて複雑なパリィの街を案内してくれる。いちおう、一緒にこの街に入ったはずなんだけどね。


「こっちが近道なのよ」


「ほえー」


 なんでも知ってるなあ。


 というわけで冒険者ギルドに到着。中に入るとあんまり人がいない。どうもこの首都では冒険者という職業が不人気なのだろうか?


「いらっしゃいませ」


 受け付けのお姉さんがいつもの笑顔で迎えてくれる。


「デレデレしない」


 シャネルに注意される。


「してたか?」


「鼻の下が伸びてたわ」


 童貞だもの、女の子に笑顔向けられたら鼻の下くらい伸びるさ。


 俺たちの痴話喧嘩のような会話を聞いて受け付けのお姉さんの笑顔が引きつる。


「このさいだから言っておくけどね、シンク。私以外の女の子にたいしてデレデレするのは金輪際やめて!」


「愛が重い!」


「や・め・て!」


「お・も・い!」


「あのー? お二人さん。その、そこに立たれると他のお客様の迷惑になりますので。その、どいていただけないでしょうか?」


 シャネルは「この話しは後でゆっくりとしましょうね」と言うのだけど……。


 いやです!


 いや、もちろん言わないけどね。


「それで、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」


 シャネルは受け付けカウンターに片手を乗せた。


「はい、なんでしょう?」


 お姉さんはまた笑顔に戻る。もしかしたらお面かなにかなのかと思うくらい、さっきまでとまったく同じ笑顔だ。


「この街で一番の情報屋はどこにいますか?」


「あ、もしかしてサーカスの情報ですか?」


 ――サーカス?


 公演でもあるのかな、なんて一瞬思ったが違う。それはローマが所属していた殺し屋集団の名前だ。いくらだったか忘れたけど、生死を問わずで懸賞金がかかっているのだ。


 どうも受け付けのお姉さんの様子を見るに、この街の冒険者はけっこう狙っているのだろう。


 ローマは大丈夫だろうか? まああいつの場合はすばしっこいからそうそう捕まってりしないと思うけど。


「ごめんなさい、違いますの。それとは別でちょっとした噂話を聞きたくて」


「そうでしたか。えーっと、それでしたら――」


 受け付けのお姉さんが考えている。


 俺はそのすきにシャネルのゴスロリチックなドレスの袖口を掴んだ。


「なあ、なあシャネル」


「なあに?」


「よく考えたらどうして情報屋の情報をギルドで聞くんだ?」


 情報屋の情報を聞くって、それなんてマトリョーシカ?


「あら、だって冒険に情報は必須でしょ? だから良い情報屋はギルドと懇意にしているものよ。お兄ちゃんがそう言っていたわ」


「お兄ちゃんねえ……」


「ふん、間違えたわ。忘れて」


 シャネルのお兄さんってどんな人なんだろうか?


 なにせこのシャネルの兄なのだ……そうとうおかしい人だろう。


 でも、シャネルはその人を殺そうとしているんだよな? いったい二人の間になにがあったのだろうか。


「ああ、そうです。この街一番といえばあの人がいました!」


 受け付けのお姉さんは嬉しそうに手をたたく。ポン、といかにも思い出した様子。


「教えてくださる?」


「はい、東3番街のアナスタシア裏通りに住んでおられるかたなんですが。ただ、情報屋としての評判はめっぽう良いんですが少々気難しいようで……」


「気難しさならシャネルも負けてないよな」


「あら、そうかしら?」


 というよりもシャネルの場合は気難しいとかより、なんだ? メンヘラ? ちなみに良い言い方を選べばヤンデレとなる。どっちもどっちか。


「ですので紹介状などは書けないんですが……それでもよろしいですか?」


 良いわよね、とシャエルがこちらを見てくる。


 ああ、と俺は頷く。どうせその情報屋に会ったとして会話をするのはシャネルなのだ。


「ではそれでお願いします」


「はい、でしたら場所の案内を書きます。ただ、今日いるのかも分かりませんので。もしダメでしたらまたお越しください」


 さらさらと受け付けのお姉さんは地図を書いてくれる。


「はい、ありがとうございます」


 シャネルはそれを受け取った。その時に小さなコインを渡すのも忘れない。たぶんチップだろう。


「では、お二人の冒険に幸運が多いことを」


 ……たぶんこの言葉、チップを渡さなかったらなかったんだろうな。


「トントン拍子ね」


「あっちこっち行くのは面倒だけどね」


 でも確実に目的に近づいているような、そんな感覚があるぞ。


 俺は地図を見ながら歩くシャネルについていく。


 そうすると不思議なことにあたりの建物やら道やら景色が、なんだか見たことのあるものばかりになってきた。


「なあ、ここってさ……」


「そうね、私たちの住むアパートの方だわ」


 そんなふうに歩いてとうとうアパートの前に来てしまった。


「ここか?」と、シャネルに聞く。


「いちおう、ここからもう少し行ったところだけど」


「こういう童話あったよな、チルチルミチル、幸せの青い鳥だったか? 幸せは実は自分のすぐ近くにあった、ってやつ」


 言ってから気がついた。そういえばここは異世界だった。


「あの話しね」


 でも、意外にも通じたようだ。


 冒険者ギルドで描いてもらった地図の通りに角を曲がる。


 すると、そこに小さなテーブルを広げた老婆が座っていた。テーブルには水晶玉がのっている。そして老婆は俺たちのことを認めると、「あんたらかえ」と、ため息をつくように言った。


 それはアパートの門番女をしているタイタイ婆さんだった。


「そろそろ来る頃だと思っていたよ」


「分かっていたんですの?」と、シャネルは目を細めて疑っている。


「五分五分ってところじゃったけどな」


「タイタイ婆さんが情報屋なんですか?」と、俺は聞く。


「わしはただの占い師じゃ。じゃが、わしのことをそう思っておるやからも多いのう」


 占い師と情報屋。いや、たしかに聞いたことを教えてくれるという点では同じだが……。それだけタイタイ婆さんの占い師としての腕が良いのだろうか。前に占ってもらったときは死相が出てるとか言われたけど……。


「そういやタイタイ婆さん、俺の死相って?」


「まだ出ておるよ」


 出てるのか……。


「それよりタイタイさん、私たち奴隷市場を探しているんですけど、どこにあるか知りません?」


「わしはそんなもん知らん」


 にべもないとはこのことだ。


「そこをなんとか。占いでもなんでも良いんです、教えてくださらない?」


「あんたらそんなことが知りたいのかい。……しょうがないのう」


 シャネルはテーブルの上にコインを置く。いくらか分からないけど銀貨だ。


「こんなにいらんよ」と、タイタイ婆さんは首を振る。


「気持ちですわ」


 タイタイ婆さんは咳のような音をたてて乾いた笑いを浮かべた。そして水晶玉を覗き込む。


「なんか見えるのか?」


 俺は思わず聞いてしまう。


 だって水晶玉って本当にただのガラスの玉に見えるのだから。


「ああ、みえるともさ。……古い教会じゃな。ここより南、貧民街のあたりじゃ。朽ち果て、打ち捨てられた教会がある。その祭壇の下じゃ。おそらくこれは……隠し扉かのう」


「南にある古い教会ですね」


「そうじゃ」


 古い教会ねえ。


「ありがとうございます」


「うむ、気をつけて行くのじゃぞ」


 というわけで、向かう先が決まったわけだ。


「けっこうすんなり分かったな」南に向かいながら俺はシャネルに言う。「占いってもっと大掛かりなもんかと思ってた」


「あら、シンクあんなの信じてたの?」


「え?」


「おおかた、最初から知ってたんでしょ。奴隷市場の場所を。占いなんて演出よ、嘘っぱちよ。ああしたほうがお客さんが喜ぶと思ってるのよ」


「シャネル、その見方はあんまりにも夢がないんじゃないか?」


「私、あんまり占いって信じないのよね」


「夢がないなあ」


 でもまあ、たしかに占いにしてはあっけなかったけどさ。


 なんにせよ目的地が分かったんだ、良いことだ。俺はゲヘゲヘと微笑みながら歩いていった。




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