592 褒め殺しとスキルの話
「終わった?」
と、シャネルがゆうゆうと茶屋から出てきた。
「終わったぞ」
「怪我はない?」
「大丈夫。むしろそこらへんに転がってる人たち、死んでないか?」
手加減はしたつもりだ。
しかし何が起こるか分からないのが戦闘というものだ。手元がちょっと狂って殺してしまうなんてこともあるかもしれない。
「そうねえ、見た感じは大丈夫だと思うけど」
「なら良かった」
寝転がっていた島田が上半身を起こす。
「あんた、うちらをあしらった上で手加減までしてたって言うのかい」
「べつに手加減したわけじゃないさ。ただ殺す必要もないと思っただけだ」
「そういうのを手加減って言うのさ、まったくふざけた男だね」
俺は少しだけ笑って手を差し出す。
島田はその手をうろんな表情で見つめた。
「なんだい」
「立ちなよ。うら若い乙女がいつまでも地面に寝転がってちゃダメだぜ」
島田は「うげえ」と顔をしかめた。
俺は自分で自分の言葉がおかしくてしかたなかった。
うら若い乙女だって? いつもならこんなナンパな言葉は出ないのだが。ただ島田の容姿があまりにも男勝りなので、こういう言葉も出るというものだ。
ようするに冗談のつもり。
俺ちゃん一流のつまらない冗談だ。
「シンク、浮気だわ」
しかし冗談だと思っていない女の子が1人。
怖い顔をしている。
島田は俺の手をとるようなことはせず、自分で立ち上がった。
すでに戦意はないのだろう。悔しそうな顔をしているけどね。
「榎本ブヨウ、あんたこのことを問題にするかい?」
「いいえ、しません。私はべつに気にしていませんから。それに怪我もない」
「くっ……腹のたつ男たちだよ、まったく」
「ただ、注意はさせてもらうからね。はっきり言っていまは戦力が少しでもほしいときです。わざわざ仲間割れをしている暇はありませんし、まさか腹をめす余裕があるわけでもありません。そのことは重々承知してください」
「うちら新選組に大人しくしろって、そりゃあ無茶な話さ」
「無理でもしてもらいますから、暴れるのはもう少し先になります、しかしその場はしっかりと用意するつもりですよ」
島田はこれ以上なにも言えなくなったのだろう。分かったよ、と言ってそこらにいる人間たちを叩き起こす。全員ちゃんと生きていたらしい。
まだ数人は俺に襲いかかろうとしていたが、島田が「もうやめな」と止めた。上下関係はしっかりしているのだろう、それに逆らってまで向かってくる男はいなかった。
嵐が去ったようだった。
怪我はなくとも疲れはあった。
「シンちゃん、ありがとう」
「なにが?」
「私のかわりに戦ってくれてさ。それにしても驚いたよ、こんなに強かったんだね」
「そうですよ! 榎本さんはドレンスで一番強いんですとも!」
「そりゃあちょっと言い過ぎじゃないかな?」
「いいえそんなことありませんわ! 朋輩はわたくしが手塩にかけて育てた強々ヒューマンですわ!」
べつにアイラルンに育てられた覚えもないけどね。
まあ褒められるて悪い気持ちはしない。俺は少し照れてはにかむ。
「いいえ、本当にシンクってすごいわ。素敵だわ。完璧よ」
「お、おい……」
シャネルまで俺のことを褒めだす。
なんだよこれ、今日は褒め殺しの日か? 勘弁してくれよ。
「シンちゃん、その剣はどこで習ったの?」
「べつに習ったわけじゃないよ」
独学だ。
もっとも、ルオの国で修行はしたけれど。ただあれは流派とかそういうのじゃなかったからな。いざどこで習ったのかと聞かれれば困ってしまう。
「またまた謙遜しちゃって。そんなに使えるんだから、さぞや厳しい修行を積んだんだろうね」
「あはは」
笑ってごまかす。
だって厳しい修行なんてしてないからね。
言ってしまえば俺は才能だけで戦っているわけで……。
あれ?
よく考えたら俺の『武芸百般EX』のスキルってどこから来たんだ?
元の世界にいたとき、俺には有り余るほどの武術の才能なんてなかった。それが異世界に来てから突然なんでもできるようになっただなんて、そんな話があるか?
いままで何も考えていなかったけど、このスキルの由来は不明だ。『女神の寵愛』は隣でバカな顔をしている女神がくれたものだが。
「なあ、アイラルン」
「はい、なんです?」
ちょっとこっちへと呼び寄せる。こそこそ話だ。
「俺のスキルってあるじゃないか。『武芸百般EX』と、『5銭の力+』。あとは『女神の寵愛』」
「そうですわね。フルスキルがある人間はこの異世界でも珍しいですわよ」
「だな。でもさ、『武芸百般EX』と、あと『5銭の力+』ってどこから来たの?」
「ああ、それでしたらあちらの世界からこちらの世界に来るさいに生まれるものですわ」
「生まれる?」
「はい、あちらの世界には当然、スキルなんてものはありませんでしたよね?」
「だな」
そんな便利なものがあれば、人間もっと楽に生きられただろう。
「スキルがない世界から、スキルがある世界に移動するさいに、勝手に生まれたのでしょう」
「そもそもなんでこっちの世界にスキルなんてもんがあるんだよ」
それは哲学的な命題だった。
「ディアタナがそう世界を作ったからですわ」
そう言われてしまえば、俺はもうなにも言えない。そういうものだから、と納得するしかない。
「じゃあ、もといた世界にもスキルがあれば良かったのに」
そしたら俺はあっちの世界でも強くて、イジメられることなんてなかったのだろうか?
「しょうがないではありませんか、朋輩。わたくしがそう決めたのですから」
「え?」
「あ、まずいですわ」
アイラルンが露骨にまずそうな顔をする。
「お前、いいかげん隠してること教えろよ」
「わたくしが朋輩に隠し事なんてするはずがありませんわ!」
どうだか。
信じられなかった。




