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591 他人の空似


「いいかい、足並み揃えて一斉に行くよ!」


 島田カイがの言葉に隊士たちが「おうっ!」と呼応する。


 なんていうかなぁ、こういうふうに息のあった雰囲気を見せつけられるとこっちが悪者みたいじゃないか。


 だからと言って負けてやる=死んでやるつもりはないが。


 ふと俺は気づいた。


 魔法が飛んでこない。


 それもそのはず、このジャポネの中では魔法が使えないのだ。


 だから遠距離からの魔法攻撃の心配はまったくない。


 そうと分かれば話は簡単だ。


 俺は目の前の敵だけに集中すれば良い。


「ふうーっ」


 深呼吸をする。


 そのあとに浅い呼吸を繰り返す。こうすることでいつもより素早く動ける……気がする!


 根拠はないがこれまでの経験だ。


 俺を取り囲んでいる新選組の隊士たちは一斉に襲いかかってくる。


 だが一斉と言っても厳密にいえばその行動には差がある。俺はその隙間をぬうように、無数の白刃をかいくぐり、包囲網を抜け出した。


 そこからは簡単だ。少しだけ離れた位置に行き、相手が来るのを待つ。


 囲まれたまま戦うのと、前から来る敵と戦うの、どちらがやりやすいかは明白だ


 たとえば10人に囲まれていれば10対1だが、10人の人間が次々と襲いかかってくるなら1対1の連戦でしかない。


 それならばまず負けない。


 俺の思いどおり、敵は散発的にしか襲ってこない。


 それをバッタバッタと切り倒す。といっても致命傷は与えない程度にだ。


 相手を気絶させる程度――もっともかなり痛いと思うが――で、みねうちを繰り返す。


 やがて立っているのはあと1人になる。


 俺の前方には島田カイただ1人。


「こいつは驚いたよ。榎本ブヨウ、あんた剣も使えたのかい」


「いまさら言うのもなんだがな、人違いだぞ」


「人違い? あんたみたいな男の顔、見間違えるはずがないさ。うちらはね、あんたのせいでこんな目にあってるんだからね」


「それは逆恨みってもんじゃねえのかよ」


 事情は知らないが。


 島田が履いていた下駄を放るように脱ぎ捨てる。そして刀を上段に構えた。


 俺たち互いの距離はある程度は離れている。


 しかしあの体格。おそらくは一足の跳躍でこちらの間合いにまで入ってくるだろう。


 対してこちらは一歩では斬撃の間合いには入れない。


 服の内ポケットに入ったモーゼルのことを考える。これを抜けばたしかに間合いの外からでも攻撃ができる。そうすれば当然のように勝てる。


 だが。


 島田の真剣な目。もちろんそれは俺を殺すための真剣さだが、しかしその目を見ているとモーゼルを抜くような無粋な真似はできなかった。


「はあ……俺も甘い男だな」


 自分で言ってみる。


 みすみす安全な勝利を逃すのだから。


 相手の上段に対して、こちらは中段に刀を構える。


 バランスの良さを重視した構え。これならばどんな攻撃をされても反応することができる。


 さて、島田はどうでる?


 まっすぐに来るか。それとも何かしらの工夫を凝らしてくるか。


 はたして――。


 一瞬、空気が歪んだような気がした。


 その刹那、島田はこちらに向かってものすごい勢いで斬りかかってくる。


 ひらりと俺は右にかわす。


 だがそれは織り込み済みだったのだろう。島田はこちらに突進してきたと思ったら次の瞬間には下がっている。それと同時に腕を後ろに曲げ突きの体勢に移っている。


 ひゅん!


 という風切り音とともに刀が突き出された。


 俺は、見えていた。


 島田のすべての動作が手にとるように分かった。


 体はほとんど自動的に動き、島田の刀はなにもない位置を貫く。


 だがその瞬間だった。島田の口がにやりと笑った。


 ――まずい!


 なにかしらの予感がした。


 突き出された刀が、そのまま滑るようにしてこちらに向かってきた。


 突きからの切り払い。


 普通ならばこれで切り裂かれるところ。


 だが、そこは自分で言うのもなんだか、本当に手前味噌ではあるのだが、百戦錬磨と言っても差し支えのない俺ちゃん。


 必要最小限の動きで避けるでもなく島田の刀が当たらない位置へと移動している。


「なっ――なんで!」


 よけられたのがそうとうに驚きだったのだろう。島田は思わずというように叫ぶ。叫んだ瞬間に、動きを止めた。


 それが決定的な隙になった。


 俺は刀を反対に持ち替える。またしてもみねうちの構えだ。


 まずは肩を打つ。体勢が崩れる、がまだ倒れない。


 次にがら空きになっている脇を打つ。これもまだ倒れない。なんというタフさか。


 最後にダメ押しとばかりに軸足を打った。これにはたまらず島田も横に倒れた。


 倒れる瞬間に俺は島田のおそらく利き腕である右手の甲を蹴る。持っていた刀を手放させることに成功する。


 地響きのような音をたてて倒れる島田。


「うぐうっ……」


 クジラのいびきのような悲鳴。


 俺は倒れた島田に刀を突きつけた。


「これ以上はやらせるなよ」


 タフな男――いや、女だ。


 普通だったら天地がひっくり返って意識なんてとんでいるだろうに。島田はまだ意識をはっきりさせていた。


「いま……何度斬った?」


 と質問までしてくる。


「3回」


「初太刀以外は見えなかったよ……」


 どうやら戦意はなくしているらしい。


 島田は先程までの好戦的な表情から一転して悲しそうな顔をしている。


「さて、どうしたものか」


 このまま許すか?


 まあべつに俺は怒っていない。そりゃあいきなり絡まれて腹もたったけど、その分の仕返しはしたつもりだ。十数人、島田以外は全員のびている。


「殺しな」


「はい?」


 いきなりなにを言い出すのか、この人は。


「どうせ部隊に帰れば士道不覚悟しどうふかくごで切腹よ。そんな惨めをさらすくらいならここで殺された方がマシさ」


「なんでそうなるのさ。いやだよ、殺しなんて」


「榎本ブヨウ! あんたはうちらを置いて逃げただけでなく、死ぬ名誉すら奪うつもりかい!」


「それは違う!」俺ではなく、後ろから出てきたタケちゃんが答える。「あのとき逃げたのは私ではない! げんに私だって徳川候には置いていたのだ!」


「なんだい、あんた……? 榎本ブヨウ? 2人いる?」


 島田は俺とタケちゃんを見比べて、いよいよ混乱したように顔面を蒼白にした。


「だから言ったじゃないか。あのね、俺は榎本シンク。榎本ブヨウでも武揚でもなく、シンクだよ」


「双子かい?」


「他人の空似そらにってやつだ」


「どおりで強いわけだ。おかしいと思ったよ」


 島田は大きなため息をつくと、その場にふて寝するように寝転がるのだった。


明日は野暮用、更新お休みします

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