590 島田カイ
周りの客に迷惑だろうと、俺たちは外に出ることにする。
新選組の隊士たちは誰か1人以上は絶対にこちらから目を離さない。隙を見て先手必勝、と攻撃されるのを防ぐための警戒だろう。集団戦闘というものをよく分かっている人間たちの戦い方だ。
「シンク、私まだこれ食べていて良い?」
シャネルはついてこないつもりらしい。
「一緒に来てくれないのかよ」
「あんまり騒ぎを大きくしないでね」
つまり負けるとは微塵も思っていないと、そういうことか。やれやれ期待が重たいぜ。
「わたくしは見に行きますわ!」
「お前も戦え」
「朋輩、わたくしはそういうタイプではありませんわ」
堂々と言いやがってよ。
まあいいや。
むしろ俺としては他の人には手を出さないでほしいくらいだ。ここでタケちゃんやキャプテン・クロウが怪我されても困るしな。
外に出ると、先程の俺たちよりも多い人数が茶屋を取り囲んでいた。
たかが町のケンカにやり過ぎじゃないか? と思うのだがそこが武士のプライドというものだろう。時代劇とか見ててもそうだもの、武士というのはプライドを食って生きているのである。
ざっと数を見る。14人か。
1人で相手取るにはしょうじき無理のある数。
その14人の中に、ひときわ巨漢の偉丈夫が。プロレスラーかよってくらいの筋骨隆々の体つきをしている。
「あんたらうちら新選組に因縁つけてきた相手?」
だが、その巨漢が声を出して驚いた。
女なのだ!
「えっと……女性の方?」
「うちが女だったら文句あんの?」
どうやらこの巨女がリーダーのようだが。なんというか、なんというか。マジで?
「文句はないんですが……ええ、はい」
「煮え切らない男だね。うちはそういうのが一番キライさ」
巨女が刀を抜く。
俺の刀よりもかなり長そうな刀のくせに、目の前の女が持てばまるでおもちゃのように見えた。
「あいにくと女を斬る趣味はないんだけど」
とはいえ目を見れば分かる。この巨女は本気で俺を殺すつもりだ。
ならばこちらも抜くしかないか。
できれば殺したくはないが――。
「名を名乗りなさい」と、巨女が刀を構えながら言う。
「普通人に名乗るときは自分から名乗るものだろうが」
「あいにくと斬り捨てられていく人間に名乗る趣味はないのよね」
さっきの仕返しのつもりだろうか、同じような言葉で返される。
正々堂々と一対一で戦うのかと思ったらそういうわけでもなく、後ろに控える他の新選組隊士たちも抜刀した。
こちらもキャプテン・クロウが前に出ようとするが俺はそれを止める。
「いや、俺だけで良いよ」
「本当ですか、榎本さん!」
大丈夫、と頷く。
キャプテン・クロウのでかい声に、巨女の方も反応した。
「榎本? どこかで見た顔かと思ったら、もしや榎本ブヨウか?」
タケちゃんのことをブヨウと呼ぶ人間を見たのはこれで2人目だ。察するにそういうあだ名のようなものなのだろう。
「いや、俺は――」
榎本武揚は後ろにいる釣り人みたいな格好の男だと言いたかった。
だが、
「姉御、構いやしません! 榎本だかなんだか知りませんが、斬っちまいましょうよ!」
相手の血気盛んなこと。言っても聞かないだろうな。
「そうね。ただ、相手が海軍副総裁、榎本武揚というのでしたら名乗りくらいはしておきましょう。新選組伍長、島田魁。あんたのタマとる男よ」
島田カイ、聞いたことのない名前だ。
しかしこの島田という女、巨体に似合わずじりじりと詰め寄るように間合いをはかる。意外と慎重なタイプなのだろうか。
敵の1人が斬りかかってくる。
それをかわし、背後に蹴りを入れる。こちらに突進してくる力にプラスして俺の蹴り。受け身も取れずに顔面から倒れていく。
それを痛そうだと思っている暇もない。
次が来る。
俺はまだ刀を抜かない。これを抜けば血を見ることになるからだ。
「シンちゃん、ダメだよ!」
タケちゃんが俺に叫んでいる。
そのダメの意味が理解できなかった。戦ってはダメと言っているのか、それとも殺してはダメと言っているのか。後者だと思いたい。
「だらあっ!」
上段に振り上げた刀。そのまま突進してくる敵。
それを必要最小限の動きでかわす。まさに紙一重。相手からすればむしろ今のでどうして当たってないのか理解できないくらいだろう。
目をパチクリさせているところへ、腕を絡め取りそのまま重心を崩して転倒させる。男は気絶して動かなくなった。
「ヤワラねえ……その腰のものは飾りなのかい?」
巨女――島田カイがこちらの手のうちを覗き見るような注意深い視線を送ってくる。
「これを抜いちゃったら冗談じゃすませんからな。あんたら、いちおう俺たちの仲間なんだろう? ならここで戦う必要なんてないはずだ」
さきほどのタケちゃんの話では、新選組も幕府側で、つまりは一緒に戦うためにここにいると言っていた。ならばこの状況は仲間割れ以外のなにものでもない。
「うちらはね、あんたらみたいな腰抜けのことを仲間だなんて思ってないんだよ。忘れたのかい、あんたらは大阪でうちらを見捨てて逃げ出した。御大層な開陽丸と一緒に!」
「なんのことだ?」
話の意味が分からない。
そりゃあそうだ、この島田カイという女は俺ではなく榎本武揚――つまりはタケちゃんに言っているのだ。
俺に分かるように話をしているわけではない。
「うちらはあんたらを一生許さないってことさ! あそこで踏ん張ってたら、まだ戦いは分からなかった! うちの副長だってそう言ってる!」
その言葉を合図にしたように、新選組の面々は一斉に襲いかかってくる。
これはもう無理か、と思い俺は刀を抜いた。
こういった乱戦の場合、怖いのは目の前の敵ではない。そんなものは適当にあしらえばいい。本当に怖いのは後ろからくる魔法攻撃の援護だ。
当たれば一撃だし、避けることも難しい。
俺には『5銭の力+』のスキルがあるから、致命傷級のダメージはむしろお金ちゃんで相殺できるのだが。しかしなんとかしのぐに越したことはない。
そのための刀、クリムゾン・レッドだ。俺の同級生である土門くんが鍛えてくれたこの刀には、魔力を少しだけ吸い取る性質があるのだ。
「死ね、榎本!」
俺の名前を呼んで斬りかかってくる男。
だがその男が本当に恨んでいるのは俺ではない。
だとしても――
「悪いな」
俺の刀は俺の魔力を吸ってその名の通りの真紅に輝く。
一閃。
相手の持っていた日本刀が根本から切り裂かれ、回転しながらとんでいく。それは茶屋の壁に深く突き刺さった。
「こんなところで死んでやるわけにはいかんのよ」
一瞬、相手がたじろんだ。
そりゃあそうだろう。この段階で2人を気絶させ、1人の武器を折ってみせた。
力の差は歴然。
だが、相手が臆したのは一瞬だった。
「取り囲め!」
と島田カイが叫ぶと同時に、全員が俺の周りにくる。
四方八方に敵。
「キャプテン! タケちゃんを守ってくれ!」
たぶんタケちゃんよりもキャプテン・クロウの方が戦えるだろう。ということで、タケちゃんの身の安全を任せる。
とはいえ、新選組のやつらは俺に夢中みたいだ。
誰もあちらには行こうとせず、俺を取り囲む。驚くべきことにさきほど刀を斬ってやった男すらも、脇差を抜いてまだ戦う気だ。
いままでの敵だったらこの程度で戦意喪失したはずなのだが。
「すげえな」
俺は思わず感心すらしてしまう。
まさか皆殺しにしなきゃ終わらないのか?
まさか、ね。




