584 覗きへのトライ2
さて、打ち身を癒やした俺たち。
なんとか次の作戦をひねり出さなければならない。
「見るってだけなら、そうだなあ。いっそのことそこの竹垣を壊しちゃうって手もあるな」
俺はてきとうに言ってみる。
むろん、本気で言っているわけではない。
「それは乱暴がすぎるんじゃないかな。それよりもっとスマートな方法を考えようよ」
「だな。あ、タケちゃん。肩のあたり赤くなってるぞ」
「そうなんだよね……骨が折れたかも」
「いや、骨は折れてないだろ」
言い過ぎだ。
とはいえ、こういう無意味な会話というものは少し楽しい。
女性との会話というのも無意味なことが多い。とはいえあちらは虚無だ。ときどき折れもシャネルと話をしていて思うのだ。なんでこの子、こんなつまらない話しているの?
それに相槌をうつのは、まあ悪いことではない。
嬉しそうに話をするシャネルを見るのは、こちらとしても楽しいことだ。
けれど男同士の無駄話というのはまた少し違う。意味はないが、しかし価値はある。それが男の友情というような会話である。
とりあえず風呂から上がり、再度、竹垣の近くへ。
何度見ても高い。よく見れば垣根にはコケのようなものが生えている。掃除したら?
タケちゃんは木桶をもとあった場所に集めていた。
「地面が滑るのは思わなかったなぁ」
「まあよく考えて見れば当たり前のことだろうけどね」
とはいえ男なら性欲に負けてやってしまった失敗の1つや2つあるものさ。
死ななきゃ全部かすり傷、なんて強がりもある。もちろん花に嵐のたとえもある。さよならだけが人生だ。
「どうしたものか……」
「タケちゃん、こういうのはどうだ?」
俺は高い壁のような竹垣を見上げながら、言う。
「どういうの?」
「1人の力じゃどうにもならない。それならば、力を合わせるべきだ」
「つまり?」
「肩車だよ」
幸いにも俺たちはどちらも長身だ。どちらか一方がもう一方を肩に乗せれば、乗った方は竹垣の向こう側を見れるかもしれない。
「なるほど。でもその方法だと土台になる方はあっちを見れないんじゃ?」
「そういうことになる。もっともそこは2人して交代でいこう」
「よしきた。で、どっちが先に登る?」
俺はにっこりと笑う。
タケちゃんもにっこりと笑う。
どうやらお互いに譲る気はないようだ。当然だな。
「さて、どうやって決めたものか。言ってておくけどね、私は腕っぷしには自身がないから。そういう決め方は反対だよ」
「もちろん。そんな力に任せて決めるようなやりかたは俺も嫌いだ。とはいえ、頭に任せるとなると……」
俺はタケちゃんの顔をまじまじと見る。
クソ、どうして同じような容姿なのにあちらだけ頭が良さそうにみえるのだろう。
表情に知性があるとでもいうのか。
「じゃあ運で決めるってのはどう?」
「運? ああ、そりゃあ良いな」
と、言ってからしまったと思った。
生まれてこの方――とまでは言わないが、アイラルンに見初められてこのかた、運にはとことん愛想をつかされている状態だ。
まさかタケちゃんがそれを知っているわけではないだろうが、分の悪い賭けになってしまったのはたしかだ。
しかし男に二言、あってはならない。
俺はいかにも自信がありそうな顔をして謎の素振りまでしてみせる。
「自信があるんだ、じゃんけんには」
倒置法まで使って、大物感をアピール。
なにくそこういうことは気持ちで負ければそれまでだ。まずは勝てるという強い意思を持って挑むべきである。シャネルも言っていた、できると思ったからできるとは限らないが、できないと思えばできることもできなくなる、と。
「「じゃ~んけ~ん!」」
2人の掛け声が合わさる。
ぽんって言えばそのタイミングで自分の手を出す、グーチョキパー。
だがこの瞬間、俺は思った。
あれ、俺の動体視力ならタケちゃんがなんの手を出すか見えるんじゃないか?
そう思ってからは早かった。
一瞬でタケちゃんの手を見る。その手は握られている。グーだ!
と、思ったら、途中で手が開き出した。つまりはパー。
ここで俺は渾身のチョキを繰り出した。
ぽんっ、とお互いの手がでる。
思ったとおり、というか見たとおり。俺がチョキでタケちゃんがパーだ。
「あー、負けた! ちぇっ、まあ運も実力のうちってことかい」
わりと本気で悔しがるタケちゃん。
「そういうこと」
こちらとしては少しばかり罪悪感がないわけでもないが……ま、運で勝てないなら実力勝負にするしかないでしょう。
「すぐに交代してね」
「もちろん!」
というわけで、俺が最初は上。
タケちゃんが下だ。
期待と緊張で心臓が爆破しそうだ。
この竹垣の先には夢にまで見た――本当に夢に見たことがある――シャネルの裸体があるのだ。
「ふうっ……」
深呼吸をひとつ。
静かだ。
まるでなにもかもが、時を止めてしまったようで。
俺の心はオーバーフローを起こし、むしろ冷静にすらなっている。だというのに胸の中だけは熱くたぎっている。心臓の鼓動だけが強く、強く、自らの生を実感させる。
「ああ、俺はいま、生きている」
思わずつぶやいてしまう。
「はやく登ってよ」
タケちゃんはすでにしゃがんでいた。
「ああ、ごめんごめん」
俺は肩車をしてもらおうとする。
だが、しゃがんでいるタケちゃんの背中を見てふと思うことがあった。
「なあ、タケちゃんよ」
「なんだい?」
「俺、このままマジで肩車してもらってもいいのか?」
「どういうこと?」
「いや、なんというか。俺が逆の立場だったらイヤだぞ」
だって自分の後頭部のあたりに、ちょうど相手のアレがくるんだ。
そう、アレである。ちょっと具体的に言うと棒と玉。イチモツ。
タケちゃんは振り返る。
「よく考えたら無理」
「だよな」
さて、どうしたものか。
「安定感にはかけるけど、肩にそのまま足を乗せるのは?」
「肩車から立つってこと? うーん」
タケちゃんは難色をしめしたが、それしかないと思ったのだろう。
それに竹垣もあるからそちらを手で支えにすれば問題はないはずだ。なんなら俺が最初に手本をみせる。
ということで、俺はタケちゃんの肩の上で立つことに。
しゃがんだでいるタケちゃんの肩に足を乗せた。
「のったぞー」
「よし、じゃあ立つから!」
ちゃんと腰に力を入れてね、と忠告する。
こんなころで腰をいわしたらバカバカしいからな。いわすって方言ですね。
「ぐぬぬ、け、けっこう重いね」
「頑張れ、男の子だろ」
べつに俺の無責任な励ましが決めてになったわけではないだろうが。タケちゃんは見事立ち上がってみせた。
俺は竹垣の方に体重をかける。
そしてそのまま竹垣の向こうを……見た。
見た!
見た?
見た、ら、誰もいなかった。
「あれっ?」
その瞬間俺は察する。さきほどまで、女湯からシャネルたちの声は聞こえていた。それがいつの間にか聞こえなくなっていた。
静かになっていたのだ!
つまりどういうことか、気づかていた。
あちらの声がこちらに聞こえるように、こちらの声もあちらに聞こえていたいのだ。
そりゃあそうだな、あんだけ騒いでたら。
「どう、シンちゃん?」
「誰もいない」
俺はタケちゃんの肩の上から軽やかに飛び降りる。
風呂場の地面はかなり滑りやすいが、転けるようなヘマはしなかった。
「本当に、本当に誰もいない?」
「マジだ」
信じてくれないので俺はタケちゃんと交代してみせる。
「本当だ、誰もいない」
「だろ?」
不気味だった。
2人はどこへ行った?
「なんだよ、誰もいないのか。シンちゃん、もう出よう。湯冷めしちゃった」
「……だな」
俺たちは最後にもう少し露天に入り、体を温めた。
そして脱衣所で体を拭き、服を着て……嫌な予感。
風呂場から出ために青色のノレンをくぐった。
そしてその前には、鬼の形相をした女性が立っていた。
澤ちゃんだった。
ちなみに後ろにシャネルもいた。




