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583 覗きへのトライ1


 覗きとはすなわち男のロマンである。


 かくいう俺もこれまで幾度となくシャネルの裸を見ようとして、そして失敗してきた経験があった。


「行こう、シンちゃん!」


「よ、よし!」


 ここで行かねば男がすたる。


 しかしそびえ立つ竹垣は高く、そして険しい。いや、険しくはないか。ただの直線の壁だし。だけど少し体重をかけたら壊れてしまいそうな雰囲気がある。


「ここを超えれば女湯があるのは分かってるんだけどな……」


「なんとかして登る方法を考えよう!」


 そこで俺たちは2人して黙った。


 人間、真剣にものを考えると無駄口が減るものだ。


 灰色の脳細胞ちゃんをフル回転させる。


 だがいい案は出ない。


 そうこうしていると、またあちらから声が聞こえてきた。俺たちが静かになったから、女湯の話し声が聞こえたのだ。


「そ、それにしてもシャネル殿」


「なにかしら?」


「お、大きいですな」


 なにが!?


 タケちゃんも2人の会話が聞こえたのだろう。目を見開いて、竹垣に耳を近づける。


「あら、そうかしら?」


「はい。あの、つかぬことをお聞きしますが、それは昔からですか?」


 タケちゃんがこっそり言う。「澤ちゃんね、じつは胸があんまりないの気にしてるの」


 そうなのか。


「まあ、昔っていえば昔からね。成長するにつれてどんどん大きくなっていってね。うふふ、ちょっといま思い出したのだけど、子供の頃不思議だったのよね。どうしてお兄ちゃんの胸は大きくならなくて、私のだけ大きくなるのか」


「それは子供だといえど分かるのではありませんか? 男女の差というものです」


 いや、違うな。


 シャネルの兄であるココさんに限ってはそう勘違いしてもおかしくない容姿なのだ。


「でも、改めて考えて見ると大きいわよね……あんまり同じくらいの大きさの人いないかも」


「そ、そうなんですね! ああ、良かった。ドレンスにはそんな胸の大きな人ばかりなのかと心配に思っていました」


「そんなことないと思うけど? それぞれの個性よ、個性」


 俺はその会話を聞いて思った。


 ――是が非でもその大きな胸とやらを見てみたい。


 いや、そりゃあね。見たことあるよ、何度か。


 でもね、ほらね、そしたらね、やっぱり違うわけじゃない?


 まじまじ見るのと、盗み見するのじゃ。


 どっちが良いとかじゃないし、なんならどっちも興奮する。けれど男としてプロセスが大事なのだ。そう、プロセス。


 そこに至るまでの道筋というのはエロスには必要なもの。


 例えるならばそう、インターネットで収集できるエロ画像。まあ確かにエロいね、素晴らしいものが多いし、しかも手軽に集められる。


 けれど思い出してみてほしい、あの日、幼い日に道端に落ちていたエロ本のことを。


 初めてピンク本を見た日のことを。


 しょうじき言って初めてのときはエロいとかじゃなくて、むしろ怖く感じた。なんとなく、それが見てはいけないものだと思ったからだ。


 けれどそれから時間がたって、そこで見たエロ本のことが頭から離れられなくなった。もう一度見てみたいと、そう思った。それが俺の性への目覚めだった。


 だが悲しいことに、もう一度行ったとき前まで落ちていたエロ本はなくなっていた。


 誰かが回収していったのか、それとも風化したのか、それは分からなかった。


「もう一度、あのときの興奮を……」


 俺はつぶやく。


「え?」


「いや、なんでもない。よし、タケちゃん。作戦を考えよう」


 どうにかしてこの竹垣を越えなくては。


「うん」


 ちなみに、そのとき見たエロ本というのは、それはそれは胸の大きな女性が写った洋物だった。はいはい、原風景原風景。


 2人の会話はまだ続いている。


「そうですか、ドレンスでも珍しいのですか」


「そんなに気になるなら少し触ってみる?」


「えっ!」と澤ちゃんが驚く。


 えっ!? と、俺も驚く。


 タケちゃんも目を丸くしてる。


「あ、あの……もしかしてシンちゃんの連れって痴女の方ですか?」「失礼なこと言うなよ! ま、まあたしかにちょっと変なところはあるけど」「澤ちゃん、どうするのかな」「静かにしよう」「普通、さ、触っていいもんなですか?」「知らないよ!」


 むしろ俺が触りたいよ!


「あ、いや。遠慮しておきます」


「あらそう?」


「なんだか触ったら惨めになる気がするので」


「そんなことないわよ」


 シャネルはケラケラと笑っているが、きっと澤ちゃんの方は落ち込んだ顔をしているだろう。


 まあ、べつに俺は貧乳は貧乳で良さがあると思うけどね。


「澤ちゃん……なんて気高いんだ」


 なぜか隣でタケちゃんが感動してるし。


「まあでもね、大きくても面倒なことって多いわよ」


「肩がこるとかでしょうか?」


「肩がこる? なによそれ、どういう状況?」


「え、肩こりませんか? こう、なんというか肩のあたりが重くなると言うか……」


「あんまり感じたことないわね」


 そういやどっかで聞いたことがあるような……外国には昔、肩こりという文化そのものがなかったとかどうとか。


 いつまでも2人の話を盗み聞きしていたいが、俺たちの目的はそちらではない。


 むしろ見る方だ。


 タケちゃんがあっち、と指差す。それは露天ではなく中の浴槽へとつながる扉だ。


 あっちで一旦作戦会議をしようということだろう。


 俺は無言で頷き、そちらに行く。


 てこてこ。


 そっと扉をしめる。シャネルたちに気付かれないように。


「ふう……とりあえず、こっちにいれば私たちの声は聞こえないね」


「だな」


「とはいえ早くなにかいい案をだそう」


「いや、その点は大丈夫だろう。なんせ女の風呂は長いからな」


 もちろんこれは一般論だ。


 だがタケちゃんは感心したように俺を見る。


「すごいね、シンちゃん。女性というものを熟知してる」


「いや、まさか」


 こちとら童貞だぞ。


「じゃあまあ、時間はたくさんあるとして。問題はあの竹垣だね。あれを越えて、あちら側を見ないと」


「そうだな」


「いちおう少し考えてみたんだけど、木の桶を使うのはどう? こう、踏み台にしてさ」


「なるほど、それで行こう!」


 踏み台作戦、これはシンプルでいいな。


 というわけでトライ。


 俺たちはまた露天の方に出る。


 そこらへんの木の桶を集めてきて――。


「どんなふうに積むのが良いんだ?」


 俺は桶を縦につんでみる。うーん、バランスが悪い。


「シンちゃん、それじゃあ危ないよ。こういうのはどうかな?」


 タケちゃんは下に木の桶を3つおき、その上に1つ桶を置いた。こうしてピラミッド型に置いていけば安定感が増すということだろう。


「良いね、それ」


 というわけで、2つのピラミッドが建造された。


 なかなかの高さだ。俺たちの腰よりも少し高いくらい。これくらいの高さがないとたぶんあちらを覗けないからな。


「よし、行くぞ!」


「うん!」


 俺たちは木の桶に登っていく。


 しかし体重をかけたその瞬間。


 ズルッ!


 地面の石畳が濡れていたせいで、木の桶が滑った。


 ピラミッド倒壊!


 俺たちは大きな音をたててその場に崩れ落ちた。


「「痛っ!」」


 声までハモる。


「この作戦はダメだっ」


 俺は痛みに耐えながらなんとかいう。


「痛いよぉ……」


 タケちゃんは這いずるように露天の湯船に入る。お湯で打ち身の痛みを消すつもりなのだろう。さすが頭が良いな、と思いながら俺も同じように風呂に入った。


「次の作戦だ」と、俺。


「うん」


 まだまだ諦めるつもりはない。


 トライ2へと続く。


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