578 藩主との面会
自分からは言葉を発せることはせずに、聞かれたことにだけ返事をしろ。
そう言われて、俺たちは広い畳の部屋に入った。
なんだか時代劇で見たような、と俺はとぼしい想像力で思った。
奥には1段高くなった場所があり、そこに豪華な着物を着たお殿様があぐらをかいていた。それが仙台藩で一番えらい藩主であるということはなんとなく分かった。
「殿、ドレンスからの客人を連れてまいりました」
俺たちをここまで案内してきた侍が、言う。
さきほど俺たちを呼びに来た若い侍はこの部屋の前で待っている。藩主に会えるのはそれなりの立場の人間だけということだろうか。
「うむ」
藩主は尊大に頷く。
ふと見れば、俺の隣にいた案内してきた侍が頭を下げている。と、思ったらそのまま土下座のような体勢になる。
「ん?」
これはどういうことだろうか。
と、思っているとその侍が俺の方をちらちらと見る。
なるほど!
すぐさま察した俺は同じようなポーズをとった。
これが挨拶なのね、たしかにきちんと畳に膝をついて額をこすりつけるような平身低頭の挨拶を、時代劇なんかでもよく見た。
アイラルンとキャプテン・クロウもなんとなく理解したのか、同じように頭を下げる。
「ぐぬぬ、女神であるわたくしが……」
アイラルンが小さな声で恨み言をつぶやいているが、ここはスルー。
「うむ、くるしゅうない。おもてを上げよ……むっ?」
おや、なんだか藩主が気分を害したようだ。
雰囲気でわかる。
けれど頭を下げているせいで状況がつかめなかった。
「お主、どういうつもりか?」
藩主は誰かに対して強い口調で言う。
誰か……まあ、消去法であと1人しかいないのだけど。
俺はしれっと頭をあげた。
「おい、シャネル」
「なあに?」
「下げるの、頭を! 分かるでしょ、そういう雰囲気が!」
「そりゃあ分かるわよ、私だってバカじゃないもの。けれどその格好、なんだか間抜けでやりたくないわ」
「バカでしょ?」
あきらかにバカでしょ。
長いものには巻かれる。郷に入れば郷に従う。ことなかれ主義で右に同じ。
そういうものでしょ日本人?
あ、シャネルさんドレンスの人でしたね。
「ふふっ、アイラルン。貴女なかなか似合ってるわよその姿」
「うがあっ! シャネルさん、この女神であるわたくしをバカにしましたわね!」
立ち上がるアイラルン。
どんくさい蹴りをシャネルに対して繰り出すが。
ツルッ、ドテ、イテッ!
畳の部屋でいきなり暴れたものだから、滑って転けた。
「うえーん、痛いですわぁ!」
わけの分からない動作でジタバタと暴れだすアイラルン。生まれたての子鹿みたいだ。
あー、もうむちゃくちゃだよ。
「お主たち、やめぬか!」
案内してきてくれた侍さんが、驚きながらも焦ったように止めに入る。
すると、暴れているアイラルンの拳がうまい具合に侍のアソコにクリーンヒットした。
あそこってどこかって?
そりゃあもう、言うのも恐ろしい男の急所である。
俺とキャプテン・クロウ、ついでに藩主も顔を青くして自分の股間を抑える。
「うぐうっ……」
まさしく悶絶だ。
「痛そう……」
俺はなんと言って良いのか分からず、手を合わせた。合唱、ご愁傷様です。
というか、これまずいな収集がつかなくなりそうだ。
しょうがないので俺はシャネルに本気でお願いする。
「シャネル、ここでバカなことやるのは礼儀しらずってなもんだ。人間、ある程度の礼儀ってもんは大事だぞ。はっきり言うけど、礼儀のないやつは恥ずかしいぞ。頼むから、ちゃんとしてくれ」
俺が真面目に頼んだおかげか。
シャネルは分かったわとその場に座る。きちんとした正座だ。もしかしたら初めてする動作かもしれないが、なかなかどうした。きれいな正座だった。
しかし頭は下げなかった。そこだけは譲れないようだ。
「ごほんっ。えー、いいかな? おもてをあげよ」
藩主はいままでの流れをいったん無かったことにしてくれるのか、仕切り直しとばかりにさきほどと同じことを言う。
ここは乗っておこう。
無礼を水に流してくれるのなら。
やっぱりね、ほら。こういうお殿様的な人に逆らったら打首になっちゃうかもしれないし。それで死なないようにと抵抗して暴れたら……まあ死ぬことは回避されたとしても大騒動になりそうだ。
しばらく時間が必要だったが、俺たちはなんとか冷静に座り直す。
アイラルンに急所を殴られた侍も、なんとか平然をよそおえるくらいにはなった。
「それでお主たち。ドレンスより来たというのはまことか?」
それ来た質問だ。
質問されてから答えるんだよな。
「………………」と、俺。
「………………」と、シャネル。
「…………うぐっ」アイラルンはゲップをした。
「…………ははっ」これはキャプテン・クロウ。笑ってしまったのだ。
いや、誰か答えてよ!
誰も返事をしないせいで、藩主の質問は虚しくその場をただよう。
とても気まずい。
どうすりゃあ良いのか分からない。
俺は様子をうかがうように俺以外の3人を見た。
だが誰も自分には関係なさそうなかおをしている。ちくしょう。
ここにいたっては、俺が一肌脱ぐしかない。あまり質問の答えが長引けば、藩主である目の前の男はまた気を悪くするかもしれないから。
藩主は、苛立たしげに自分で自分の肩を叩く。
まずいなと思った。
「そうです、ドレンスから来ました!」
少しだけ時間はかかったが、なんとか俺が答えた。
しかしこれで、俺が代表して答える雰囲気ができてしまった。
くそ……そういうの苦手なんだけどな。
「そうか、そうか。ドレンスから。これはぜひとも話をきかせてもらいたいものだ」
藩主は破顔する。
その笑顔は、どこかつまらないものだった。
本当に心の底から喜んでいるような笑顔ではない。とはいえ、つまらないと思っているわけでもない。言うなれば本当の楽しさをというものを知らない人間の笑いだった。
なんだか藩主というのも大変そうだな、と俺はなんとなく思うのだった。




