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057 サーカス


 朝になって活動開始だ。


「あれ、お前目の下にちょっとクマないか?」


「まあな」


「あんまり眠れなかったんだな、可哀想に」


 おかげで朝まで暖かかっただろ? とは言わなかった。恩着せがましいからだ。


 でも本当に途中で火を絶やさないようにしてたんだ。火をつける時はマッチのようなものを使った。というかだいたいマッチだ。この世界にもあるのね。そのおかげでスライム玉を3つくらい消費したが、まあ帰りながらまた狩ろう。


 そんなこんなで森の中を徘徊する。ついでにスライムを倒したりした。


 森を抜けらたのはまったくの幸運だった。というよりも、俺の勘を頼って歩いたら出られたというべきか。


「おお、すごいすごい!」


「やったな!」


 街道を見つけたときは涙が出そうになるほどに嬉しかった。


 俺たちは疲れた体でトコトコと歩きながらパリィの街を目指す。途中で何度か辻馬車と呼ばれるバスのように運行する馬車が通りかかったが、お金がもったいないとローマが言って最後まで歩くはめになった。


 けれど昼前には街について、門の行列に並ぶことができた。


 パリィの街に入るためにも門があり、そこには馬車用の列と徒歩での旅人の列がある。俺たちは当然徒歩の方で、しかも冒険者としてギルドで外出手形を発行してもらえていたからかなりスムーズだった。


「とりあえずギルドに行ってこのスライム玉を換金してこよう」


 ローマはそう言うのだが、俺はシャネルのことが気になっていた。


「すまんがちょっと先に宿に戻らせてくれ。ギルドには後で行くから」


「僕一人で先に行ってろってことかい?」


「悪いな」


「いや、それは良いんだけど……お前も不用心だな。僕が報酬をちょろまかすかもしれないぞ?」


「なあに、そう指摘してくるんだ。可愛いローマちゃんはそんなことしないさ」


 可愛い、というのは冗談のつもりだったんだが意外にもローマはまんざらでもなさそうだ。


 顔を赤くして、


「ま、まあな。僕はお金に関しては誠実なんだ」


 なんて照れてやがる。


「頼んだぞ」


「うん、頼まれた」


 そう言い合って別れた。


 俺の住むアパートへの道はうろ覚えだったけど、アイラルンにもらった『女神の寵愛~シックス・センス~』による勘でカバーする。


 なんとか裏通りのアパートへ。門番女のタイタイ婆さんを呼び出す。


「タイタイ婆さん、俺だ。開けてくれ」


「おや……あんた。なんだい、帰ってきたのかい」


「ああ。シャネルは中にいる?」


「今はいないよ。まったく、あんたのせいで夜中に何度も叩き起こされたさ。シンクは帰ってきてますか? ってね。たぶん夜通し街を探し回ってたんじゃないのかい?」


「そうか……」


 そりゃあ悪いことをした。


 たしかにシャネルなら心配してそれくらいやりそうだ。


「ありがとう、タイタイ婆さん」


「ま、良いんだけどね。おかげでたくさん心付けをもらったさ。あんたからはないのかい?」


「シャネルに言ってくれよ」


 そうなのだ、この門番女という職業には心付けとして金銭や土産を渡す文化があるそうだ。それを渡さなければ冷遇されるというのがパリィのおきて。チップ文化もここまでいけばどうなんだろうね?

 俺は自分の部屋に戻りシャネルを待つ。


 ここで俺も外に出るのは得策ではないだろう。どうせシャネルはそのうち帰ってくるのだから。


 しばらくすると階段を上がってくるドタドタという足音が。


 一瞬、シャネルのものではないように感じる。彼女の場合はいつも足音もたてずに歩くからだ。けれど扉が開け放たれ、シャネルが飛び込んできたとき、彼女がとてつもなく急いでいたのだということが理解できた。


「シンクっ!」


 ベッドに座っていた俺はいきなり押し倒される。


「ぐえっ」


「シンク、シンク! 心配したのよ、私、本当に心配したの!」


 抱きしめられ胸を押し付けられる。何度か経験があるけど、これ本当に息できないんだよ!


 こう、むにゅむにゅしてるせいで俺の顔の形に胸が歪んで、そのせいで顔全体を覆うんだ。なんとか息ができてもシャネルの甘い匂いが鼻孔いっぱいに広がって逆にムセそうになるしさ。


 しかも今回のシャネルさんはまるでこすりつけるように上下に動いてらっしゃる!


 なんだこれ……気持ちいいぞ! 苦しいけど。


「シンク、シンク、シンク!」


 シャネルは壊れたオーディオのように俺の名前を連呼する。


「ちょ、ちょっと待って。く、苦しい……」


 シャネルはその一言で気づいたようだ。


「おほんっ! おほんっ!」


 わざとらしくセキをして、あわてて俺から離れると、いかにも自分は冷静ですよという澄ました顔をした。


「あら、シンク。帰ってきてたのね」


 いやいやシャネル、それはさすがに無理があるだろ。


「帰ってきた」


「なにしてたの?」


 おや? これってもしかして怒っているのか?


 なぜだか知らないけど。


「私、本当に心配してたのよ。連絡もなしに一晩中。いったいどこに行っていたのやら、変な病気でももらってきてないでしょうね?」


 その言葉で俺は察する。


 どうやらシャネルは俺がそういう変な店――つまりは遊郭ゆうかくとでも言うのだろうか? で、一晩あかしてきたのではないかと疑っているのだ。


 これでいかにも怒っていますというアピールの意味も納得できた。


 まあ、その割には不安そうにこちらをチラチラと見ているけど。どうやらそうだったら嫌だな、と思っているらしい。


「変なところに行ってたわけじゃないよ、冒険者ギルドで依頼を受けてたんだ」


「依頼を?」


 シャネルが微笑んだ。


 どうやら安心したらしい。


「そう。それで街の外まで出てたんだけど、途中で夜になって帰れなくなった」


「そうなの、それは大変だったわね。でも依頼を受けるだなんて偉いわ、シンク」


 褒められて嬉しい。


 でもなんとなく母親に褒められるようなこそばゆさも感じる。


「まあ一人じゃなかったんだけどさ」


 さて、どう説明したものか。


 まあ説明も面倒くさいからシャネルと一緒に冒険者ギルドに行くか。


「そうなの」


「いまその相棒がギルドで報酬受け取ってるからさ、シャネルも行こうぜ」


「ええ、良いわよ」


 ということで冒険者ギルドへ。


 シャネルはなぜだか俺の腕に自分の腕を絡めてくる。なんだかバカップルみたいで恥ずかしいけど、離れようとしたら引き寄せられる。


「うふふ、本当に心配してたんだから」


 ゾゾッ、としたぞ。なんだか笑顔に陰がある。


「ご、ごめん」


「ううん、怒ってないの。でも今後は心配するからね、一言おねがいね。それか私も一緒に連れて行くか。うん、そうしてほしいわ」


 ひえー、ぜんぜん目だけ笑ってないぞ。


 なんだかベタベタひっつかれながら冒険者ギルドまで。恥ずかしささえ我慢すれば男冥利につきるようなものだけど、いかんせん人の目が、ががが。童貞には刺激が強いです。


 ぞくぞくしながら俺たちは歩く。ギルドまでの道のりがずいぶんと長く感じられた。


 冒険者ギルドについてシャネルと一緒に中に入る。ローマのやつは立ち並んだ椅子の一つに座っていた。


「ああ、来たね」


 俺が入ったのを知ってすぐに駆け寄ってくる。


 だがそのローマにたいしてシャネルは杖を抜いた。一瞬にして鼻先に突きつける。


「貴女、この前の半人ね。いったいなんのよう?」


「あ、いや、ぼ、僕は。おいこれシンク、お前説明してないのか!」


「いやあ……なんて説明すればいいのか分からなくて」


 シャネルは疑うように一瞬だけ俺に視線を送ったが、ローマから目を離すのはまずいと思ったのだろう、またローマを睨む。


「どういうこと、シンク」


 こちらを見ないままにシャネルは聞いてくる。


「いや、だからその子が昨日一緒に冒険した相棒だよ。ローマっていうんだ」


「私たちを殺そうとした相手よ」


「そうだけど、もう大丈夫なんだ」


 ローマはぶんぶんと首を縦にふる。両手を上げて敵意なんてみじんもない。


「あなた、本当に私たちを殺す気はないのね」


「な、ない! 本当だよ、信じてくれ」


「それに関しては本当に信じていいと思う。昨日だってその気になれば何度も俺のことをころせたはずだし」


 それをしなかったということはつまりそういうことだろう。


 それに個人的な意見だが、一日一緒に冒険をしたローマを疑いたくはない。


 シャネルはため息をついた。


「はあ……シンクって本当に、ときどきお人好しよね。こんなのさっさとヤッちゃえばいいのにさ」


「そういうなよ。悪いやつじゃないぜ、ローマは」


「ふん、どうせ可愛らしい女の子だからでしょ」


 ちょっと図星かも。


 シャネルは嫉妬するように頬を膨らませている。こういうときの対応は一つである。


「いやあ、シャ、シャネルのほうが可愛いよ」


 やべ、噛んだ。ついでに声が裏返った。なれないことはするもんじゃない。


 でもシャネルは「あら、そう?」と満足そうに微笑む。


 ……ちょろい。


「まあ良いわ。シンクがそういうなら。でも貴女、どうして冒険者なんてやってるのよ? 殺し屋だけじゃ生計がたてられないの?」


「う、うるさいな。お金がいるんだよ」


「あっそう」


 聞いておいてシャネルのやつ、どこか興味なさげだ。それとも返ってきた答えがつまらないと感じたのだろうか。


「それではい、これが報酬な。一万フランだ」


「おう、ありがとう」


「クエストって何してたの?」


「スライムを狩ってたんだよ。スライム玉っての集めてた」


「ああ、スライム……私は苦手だな。気持ち悪いし」


「俺も、もう行きたくないな」


 あのぶにぶにのスライムを思い出すだけで嫌になっちゃうぜ。


「それで、どうする? またクエストにでも行くかい? 今度は僕たち三人で」


 ローマはどこかシャネルに対して遠慮しているように言う。


「あら、3人っていうのはダメよ、縁起が悪いわ」


「お姉さん、そんなこと気にしてるの? いまどき冒険者で気にしてる人なんていないよ、そんな古いお話」


「お姉さんねえ……いちおう私にはシャネルって名前があるけど、まあ好きに呼ぶと良いわ」


「なあ、なんで縁起悪いんだ?」


「昔からある風習さ。冒険者は4人が基本、3人は縁起が悪くて、5人以上だと災いが起きるってね。でもそんなの気にしてる人そんなにいないよ。僕だっていま思い出したくらいさ」


 とはいうものの、周りの冒険者はやっぱり多くて4人パーティーのようだ。たぶんみんな常識として4人までで組んでいるんだろう。


「あのね、これには合理的な理由があるのよ。冒険者は1人だと寂しい。2人だと会話のネタがすぐにつきるし、3人だと報酬が割りにくい。だから4人が一番だってね」


「5人以上は?」


「それは知らないけど、たぶん一人あたりの報酬が少なくなるからじゃないの?」


「なんだそれ」


 でもそれなりに説得力のある考え……なのか?


「しらなかったな~」


 ローマも頷いている。


「でもそんなにお金がほしいなら危険な仕事でもするしかないわよ」


 そういうとシャネルは壁際に行き、一つの紙を持ってくる。


 書いてある星の数は7つ。かなり難しそうなクエストだ。


「これなんてどうかしら? 犯罪者探し、しかもデッドオアライブだから楽よ」


 デッドオアライブって、たしか生死はとわずって意味だよな? つまり殺してでも連れてこい、と。たしかにそれはシャネル向けのクエストかもしれない。


「サーカスっていう犯罪集団らしいんだけどね。それを探してくるクエストよ。構成員は不明、でも一人あたり金貨5枚。えーっと、これなら50万フランってところね。どうかしら、けっこう良いクエストだわ」


「サーカスねえ」


「サ、サーカスかぁ」


 おや、どうもローマの様子がおかしい。


「殺人集団サーカス。ずいぶんと派手にやってるらしいけど、その分、冒険者からも警察からも狙われてるらしいわよ。あら、どうしたの。ローマさんって言ったかしら。顔色が悪いわよ」


 シャネルは意地悪そうに言う。


 それで俺も分かった。


「なあ、もしかしてそのサーカスってさ?」


「う、うるさいな。そうだよ、僕たちのことだよ!」


「そりゃあ良いわ、じゃあ今すぐ突き出しましょうよ。そしたらシンク、またお金がもらえるわよ」


「いやいや、そりゃあなあ」


 仲間を売るってのもな……。


「誰が突き出されるもんか!」


 というか冒険者ギルドさんもさ、もうちょっと身元の確認とかしようぜ。犯罪者が簡単に入り込んでるじゃないか。ま、俺たちみたいな根無し草でも受け入れてくれるんだから、懐が深いと言えばそうなんだろうけどさ。


「冗談よ、冗談」


 シャネルは薄く笑っている。


 本当に冗談か?


 そんなことを言っていると、足元にチラチラと小動物がまとわりついた。見ればネズミのようだ。


「あ、僕にだ」


 ローマがしゃがみこむ。


 どうやらネズミの背中に手紙のようなものがしばりつけられていたらしい。ローマはそれを見て、深刻そうな顔をした。


「ごめん、僕もう行くよ。仕事だ」


「人を殺しに行くのか?」


 俺は聞いた。


 ローマは何も答えない。


「殺しの仕事か?」


 と、俺はもう一度聞く。


「そうだよ」


 ぶっきらぼうにローマは答えた。


 俺はそんな彼女になにか言ってやりたかった。でも何を言えばいいのか分からない。人を殺すな? そんなことはやめろ? それとも……。


「なあ、ローマはどうして殺し屋なんてやってるんだよ」


 俺が言いたかったのはたぶん、そんなことじゃない。


 本当はしっかりと、殺しなんてやめろと言いたかった。けれど俺にその資格はない。自分の復讐のために人を殺した俺に、そんなことを言う資格は……。


「僕だって……別にやりたくてやってるわけじゃないさ」


 ローマはそれでけ言うと、振り返らずに冒険者ギルドを出ていった。


「ま、そう気にすることじゃないわ」


 シャネルが依頼書で俺のことを扇ぎながら言ってくる。


「……ああ」


「それにもう会うこともないでしょう、さっさと忘れることね。あんな人のこと」


「そうだな」


 でも、俺には予感があった。ローマと会うのはこれっきりではない。たぶんまた会うことになる。それは運命のようなものが俺たちを繋いでいるのだと、そう感じられた。



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