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561 魔法の使えない国


 怖そうな人ではないが、ずいぶんと粗暴そぼうそうに見えるキャプテン・クロウ。


「榎本さん、まずはどうでしょうか。なにか質問はありますか?」


「えーっと、ですね。あの、その腕について聞いてもいいですか?」


 シャネルは、そこがまず気になるところかしら? と、驚いたように俺を見る。


 いや、だって気になってしかたないんだもん。こんなコテコテの海賊いまあすか、いまどき?


 いや、そもそも海賊って。


「この腕ですか。これはかつて海で幻獣げんじゅうと戦い失ったものです」


「幻獣?」


「幻創種のことじゃないかしら。海にもモンスターってたくさんいると思うし」


「なるほど」


「若い頃、この船よりも大きなクラーケンと戦ったのです。そのとき我々は艦隊を組んでいたのですが、いやはや全滅させられました!」


 笑いながらキャプテン・クロウは言う。


 そして鉤爪の先端で首筋をかく。


 なかなか気持ちの良い雰囲気の男だ、いかにも裏表のなさそうな笑顔は好感度が高い。


「自分はなんとかその場で生き残りましてね、なんとか動きそうな船をつかってそれからは時分がおかしらの海賊家業ですよ!」


 海賊。


 いまはっきりと海賊って言ったぞ。


 なんで海賊が俺たちのことをジャポネに運んでくれるんだろうか、わからないな。


「すごいですね。クラーケン? 出てくるんですか?」


 クラーケンと言ったらあれだよな、巨大なタコ。


 それともタコというのは俺のイメージで、本当はもっと違うものなのだろうか。


「やつらはいまもこの海のどこかをゆうゆうと我が物顔で泳いでいますよ」


「大丈夫なんですか?」


「心配ご無用! なにせ我々の船には現在、うら若き乙女がいますからね! 伝承ではクラーケンは美しい乙女のいる船は襲わないと言われております。もしも襲われればよっぽど運が悪かったのでしょう」


「だってさ、シャネル」


「もう、シンクったら」



「はっはっは、お2人は仲がよろしいのですな! そういえばもう1人、お連れのかたがいましたが?」


「いま船酔いでダウンしています」


「ああ、それは大変だ! 船に慣れていない人間はどうしても船酔いをしてしまいますからね! お気をつけください!」


 どうでもいいけどこのキャプテン・クロウという人。なんで語尾に感嘆符かんたんふがつくような喋り方をするんだろうか。あれかな、船の中だとどうしても波の音とかがしてうるさいからかな。


「まあ、なんにせよ船の中を案内しましょう。ああ、ちなみにここが船長室です!」


「でしょうね」


 キャプテ・クロウに連れられて船の中を歩き回る。


 彼は船長、つまりこの船で一番えらい人なのでみんなが挨拶してくる。


「お頭、お疲れさまです!」


「バカ野郎、キャプテンと呼べ!」


「あ、いけねえ」


 鉤爪のフックの部位で殴られている水兵さん……痛そうだ。


「ってくよぉ。すいません、榎本さん。うちのもんたちは根が海賊なもんで。どうしても上品さってもんがねえ」


「はぁ……」


 なんて答えれば良いんだ?


 そうですね、と言ったら失礼な気がするし。下品じゃないですよ、なんて言ってもウソっぽい。なので笑うことしかできなかった。


「ここが下士官たちの部屋、榎本さんたちには関係ありませんが!」


「あっ、ハンモックだ」


「榎本さん、あんなものが気になるんですか!」


「いや、まあね」


 初めて見たかもしれない。そもそもいままで乗っていた船は客船だったからベッドがあったし。俺たちの部屋もベッドだ。


「あれなあに?」


 どうやらシャネルも知らないようで。


「あれに乗ってな、寝るんだよ。ゆらゆら揺れて良いんだ、そうですよね?」


「その通り! 船はどうしても波で揺れますので、あの上で寝れば揺れをあまり感じず快適なのです! なんならベッドよりもいいと思いますよ!」


「へー。寝てみたいな」


「やめたほうが良いわよ、シンク」


「なんで?」


「貴方、あんまり寝相がよくないから」


「そうなのか!?」


 え、知らなかった。


 起きたときにいつもベッドの上にいるんだけど。もしかして、と俺は察する。シャネルが戻してくれているのか? ベッドの上まで。


 そんな気がした。


「ここを抜ければ機関室があります! 榎本さん、見ていきますか!」


「機関室? この船ってなにで動いてるんですか? 魔石?」


「あれ、榎本さんご存知ないんですか!」


「なにを?」


「この船は魔石と蒸気、2つの力で動いております!」


「おー、ハイブリッドだ」


 すげえな、そんな船もあるんだな。


「どうしてそんな複合させた動力にしているの?」


「あれ、そちらのお嬢さんもご存じないのですか?」


「早く教えなさい」


 お、シャネルが怒ったぞ。


 いかにもイライラしている感じがする。


「ジャポネのことですよ、あの国では魔法が使えないんです!」


「え、そうなの!?」


 俺はシャネルに聞く。


「知らないわ、初耳よ。その話、本当?」


「ウソを言ってどうするんですか! なので魔石での航行は不可能となります! そのため、ジャポネ行きに我々の海賊船が使われることとなったのです!」


 そういうことか。


 くそ、エルグランドのやつなにも說明しないで。


 今度、会ったらとっちめてやる!


「魔法が使えないの? そんな国あるの?」


「あるんですよ、これが!」


「ふーん」


 シャネルはそれで興味をなくしたようだ。


 機関室を見てくるつもりもないらしい。


 俺はしょうじき興味があったのだが、まあシャネルがもういいと言うのならそれに従おう。


「そろそろ部屋に戻りますか!」と、キャプテン・クロウ。


「そうさせてもらいます」


「ではでは! またなにかあればすぐにこのキャプテン・クロウを頼ってください! 慰めもない無聊ぶりょうな船ですが、旅の安全だけは保証しますとも!」


 まあ、こんど気になるところは自分で見ておこう。1人でも行けるかな?


 俺たちは部屋に戻ることにする。


 どうやらこの船は俺たちをジャポネに輸送するためだけに出た船らしく、回りの乗組員というか、海賊たちは俺たちのことをたいそう気になっているようだった。


 けれど話かけてはこない。


「すげえ強いらしいぜ」


「なんでもこの前の戦争の英雄だとか」


「勇者、なんて言ってるやつもいたよ」


「なんでジャポネに?」


「さあ? でも連れの女、美人だな」


「もう1人の金髪の方もな。さっき廊下で吐いてたけど」


 ……なにやってるのさアイラルン。


 どうもご迷惑おかけします。


 あとで1人1人に謝っておかなくては、それくらいに俺は思うのだった。


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