554 悪い考え
鈍い音がした。
完全にすきをつかれたルークスは、まったく反応できていなかった。そのまま前のめりに倒れた。
「よーし、まず1人!」
棍棒を持った冒険者の男がいかにも手柄をたてたかのように言う。
他の3人も笑いながら褒め称えた。
なんて卑怯なやつらだ、後ろから無防備な相手を襲う。それをまったく恥ずかしいとも思っていない。
「いまのは朋輩が悪いですわ」
アイラルンが言ってくる。
「なにがだよ」
俺は怒りに拳を震わせながら、刀の柄に手をかけた。
「朋輩がもう少しちゃんとしていれば、あのような不意打ちにも対応できたはずですわ」
なるほどアイラルンの言う通りかもしれない。
俺は少々の自己嫌悪を覚えた。その感情を無理やり相手に向ける。
だが、俺は怒りで我を忘れるような愚行はおかさない。
怒れば怒るほど、俺の心は冷静になっていく。風が凪ぐように。湖畔に水が静かに張られるように。そして、俺の動きはある種の優雅さすらも持つ。まるで雲の流れのように。
「デイズくん、ルークスを見てやってくれ」
「は、はい隊長!」
たぶん死んではいないはずだ。もともとタフな男だ、後ろから叩かれたくらいで死ぬものか。それにもし死ぬような怪我をするならば、俺のスキルが『虫の知らせ』のように発動するはずだ。
だが。
死んでいないからとて、許せることではない。
「お、なんだよ。やるつもりか?」
最初に俺たちをバカにした男が、あざ笑うように言う。
「…………」
俺はなにも答えなかった。
代わりに。
刀を抜いた。
「やっておしまい、朋輩! 殺してしまえば良いんですわ!」
俺は一瞬だけアイラルンを見る。
それで、アイラルンは萎縮したように目をそらした。
人を殺すつもりなどない。こんなケンカで――。
俺が抜いた刀を武器と見てとったのだろう、相手も剣を抜く。だが抜かれた剣にはすでに刃はついていなかった。
俺が、斬った。
それに気づかないまま、相手は剣を振り上げる。
「死ね!」
それを振り下ろしてやっと刃の部分がないことに気づいたようだ。
「あ、あれ?」
「べつに俺はお前のことを殺したいほど憎んでいるわけじゃないんだ」
それだけ言って、俺は刀を振る。
薄皮一枚、いや、衣服一枚だけを切り裂いた。
それで冒険者の男はすっぽんぽんの真っ裸になる。
「な、なっ――」
ああ、こういうときなんて言うんだったかな?
「またつまらぬものを斬ってしまった……」
うん、言ってみたかっただけ。
「朋輩、先程わたくしにパロディネタはダメと言っていましたのに……」
うるさいな。
でもこうするしか思いつかなかったのだ。
べつに殺すほどではないんだから。
俺の復讐は終わっているんだ、これ以上他人を殺して前に進むことはないはずだ。
立て続けにあと2人の衣服を切り裂いた。
丸裸になった男たちは自分の大事な部分だけをなんとか隠す。
「な、なんなんだよ!」
「どういうつもりだてめえ!」
「ホモかよ!」
ホモじゃねえよ。
しかしこんなふざけた行為でも力量の差は実感できたようだ。もう俺に挑んでこようとはしない。
さて、最後に残った1人は卑怯にもルークスのことを後ろから殴りつけたやつだ。
こいつには少しだけ痛い目にあってもらう。
「来いよ」と、俺は言う。
一方的に倒してしまっても良かった。だがそれではダメだ、圧倒的な力の差を突きつけてやる。思い知らせてやる。
悪い考えだと自分でも思った。まるで他人に自分の力を誇示するような。
けれど俺はそういうことがしたい、と思った。
俺のためではなく他人のためなら、という免罪符を持ってば罪悪感もない。
「て、てめえ……」
「来いって言ってんだよ!」
だが棍棒を持った男は俺を恐れているようだ。
まったく向かってこない。
しびれを切らした俺は懐からモーゼルを抜いた。まったくぶれない手の動きで狙いをさだめ、弾を撃ち出す。
2発だ。
本当は3発撃とうと思ったが、それでは死んでしまうような気がしたので2発でとどめておいた。右手と腹部にモーゼルの弾が当たる。そこから血がだくだくと流れ出てくる。
「ああっ!」
叫び声。
「――ッ!」
それを聞いたとき、俺の心の中でなんだか嫌な思いが生まれた。その思いがどのようなものなのか、いまは分からなかった。
「痛え、痛えよぉ!」
そりゃあ痛いだろうさ、銃弾がぶちこまれたのだから。
「先にケンカを売ってきたのは、そっちだからな」
俺は言い訳するように言う。
「誰か病院、病院に連れて行ってくれ!」
棍棒を持っていた男はそういうが、お仲間たちは全員服を着ていないので動こうにも動けない様子だ。
誰かが言う。
「治療師を呼んでくる!」
そうしてやれ、と俺は心の中で思った。
あたりは騒然としていた。
周りの雰囲気は好意的なものが8割といったところだ。そもそもケンカっ早い冒険者たちが多い。流血さたなんて日常茶飯事だ。ちょっとしたイベントのように俺を見ているやつが大半。
けれど残りの2割くらいは、やりすぎだろという目を俺に向けていた。
その視線がとても辛いものに思えた。
「いてて……やられちまいましたよ隊長。でもやり返してんですね」
ルークスが頭を押さえて起き上がってくる。
「おう、大丈夫か?」
「一瞬だけ意識が飛びましたけど、このとおりピンピンしてますよ」
「頭だからな、あんまり平気とも言えないかもしれないぞ。いちおう気をつけておけよ」
はい、とルークスは答える。
「いやー、朋輩。お疲れ様ですわ。さすがお強い」
「ふんっ」
アイラルンがなんだか知らないが手もみをしながらすり寄ってくる。
「返ってきた『武芸百般EX』のスキルのおかげですわね」
「まあな」
このスキルがなかれば、服一枚だけを斬り裂くなんて芸当はできなかった。
「そして最後の制裁もお見事ですわ。因には業を。因果と結果とは表裏一体のものですわ。他人を傷つければ、また他人に傷つけられる。朋輩は本当にわたくしの朋輩ですわ」
「なにが言いたい?」
「いいえ、なにも? ただ朋輩は悪いことをしていませんわ」
俺がモーゼルで撃った男はギルドのすみの方に運ばれている。
応急手当を受けているらしい。
その周りには誰かから布をもらったのか、まともに服を着ていない男たちが3人、真っ赤な顔をしてうずくまっていた。
他人を傷つければ、他人に傷つけられるか。
ならば俺は?
いつか誰かに傷つけられるのだろうか。
痛みに苦しそうな顔をしている冒険者の男を見て、俺はそんなふうに思うのだった。




