549 軍事顧問へのお誘い
ガングー13世は執務室の椅子に深く腰をおろしていた。
脂ぎった顔にはいつもの疲れはなく、柔和な笑顔が張り付いている。
「ああ、榎本さん。よく来てくれました」
「すいません、遅れちゃいまして」
「良いんですよ。シャネル・カブリオレさんも。それと……えっと、そちらの女性は初めてですね。私はガングー13世です、知っているとは思いますが」
「わたくしはアイですわ! 知っているとは思いますが!」
こいつ……まだ浮かれてやがる。
シャネルが軽くアイラルンの頭を叩いた。
「おバカ」
「痛いですわ!」
「少し大人しくしていなさい」
「すいませんですわ」
しょぼんとアイラルンは肩を落とす。
さすがにこたえたのだろう。
ガングー13世はさすがに大人だ。俺たちのことを苦笑いで見ている。エルグランドはイライラした表情をしているが。
「それで、本題に入ってもいいですか?」
「ああ、すいません」
なぜ俺が謝っているんだ?
まあほら、俺ちゃん日本人だし。すぐ謝ることに定評がある。
「榎本さん、先日の魔王討伐、お疲れさまでした」
「まあ疲れましたね」
「私はけっこう楽しかったわ、こんどは置いてかれなかったし」
「感謝してもしたりません。今回の戦争、間違いなく榎本さんが1番の功労者です」
「そんなことないですよ。みんな頑張って戦ってました」
「そう言ってもらえると兵たちのねぎらいにもなりますよ。とはいえ、榎本さん――」
雰囲気が変わった。
なにか大事なことを言おうとしているみたいだ。
「はい」
「榎本さんの人気はこの国において、このままでは凄まじいことになるでしょう」
「それは……嫌ですね」
あまり目立ちたくないのだ。
「そうだと思いました」
「我々としても榎本シンク、あなたの意向を尊重してあまりことを大きくしないつもりではありました。しかし新聞屋はどこから嗅ぎつけてきたのか……記事にしてしまったのです」
「なんでも巷では榎本さんを主役にした演劇も作られているだとか」
「え、マジで!?」
つい、敬語がとれた。
だってそれくらい驚いたのだもの。
ぜんぜん知らなかった、最近オペラ座にも行ってないからな。
「朋輩、すごい出世ですわね!」
「嫌だなぁ」
「シンクのことを他の人間が好き勝手に言うのは、なんだか嫌な気分ね」
もしかして呼ばれたのはこのことでだろうか?
と、思ったら違った。
「そこで提案なのですが。もちろん断っても良いのですが……」
ガングー13世はすごい回り道をして、言う。
しょうがないので俺は水を向ける。
「なんでしょう?」
「榎本さん、外国へと軍事顧問として派遣されてみる気はありませんか?」
「外国へ? それも軍事顧問?」
「はい」
これはまた……なんとも言えない話が舞い込んできたものだ。
俺はシャネルを見る。
シャネルはいつものごとく、シンクがしたいなら私は反対しないわというふうに視線を向けてきた。
アイラルンはというと……。
「あなた、そんなゴテゴテした勲章ばっかりつけて重たくないんですの?」
「なんですか」
「わたくしはあなたのことを思って言ってあげてるんですわ!」
近所のうるさいおばちゃんみたいな感じでエルグランドにからんでいた。
こいつマジで酔っ払ってるんじゃないかと思うくらいの自由さだ。
「しょうじき、即答はできませんよ」
「もちろんです」
「詳しい話をまったく聞いてないですし。ただ、このパリィにいるのはたしかに問題かもしれません」
外国に行く、ということにそんなに不安は感じない。
そもそも俺は異世界へと来たんだ、いまさら外国くらいなんだというのか。シャネルさえ隣にいてくれるならば俺はどこへでも行けるのだ。
だからこそ、すごい田舎の国へ行けと言われた嫌だった。シャネルが難色を示すだろうから。
「かの国へはいままでも何度か支援という形で軍事顧問を派遣しております」
「へえ」
「他にも武器などの売却もおこなっておりまして。もっとも、人の移動は禁止されているのですがね」
「人の移動が禁止?」
はて、どういうことだろうか。
「もしかしてそこ、島国?」
と、シャネルが口を出す。
「そうです」と、ガングー13世は頷く。
頷いてから、なぜだか知らないが期待するような視線を俺に向けてきた。
ここまで言えば分かるだろう、とそんな感じの目だった。
そう期待されてしまえば俺は真面目に考えてしまう。
真面目に考えれば、すぐに答えは察しられた。
「なるほど、島国で人の行き来ができない。つまりグリースだね!」
と、冗談を言ってみる。
ガングー13世は苦笑いをした。
「あの国へは顧問の派遣などしませんよ。それ以外です」
「ですよね~」
もちろんちゃんとした答えは察していた。
俺は腰に差した日本刀を少し触る。チャッ、と金属がこすれる音がした。整備がなっていない、今度真面目に手入れの1つでもしてやるか。
「ジャポネですね」
と、言い放つ。
「そうです。どうでしょうか里帰りの気分で」
「ふむ……」
第一感としては、悪くないな、と思った。
とはいえ里帰りというのは違う。俺はべつにジャポネの出身じゃないのだ。実際には日本から来た。けれどそんなことを言っても仕方ない。
「どうでしょうか、榎本シンク。故郷に錦を飾るという言葉もあるでしょう? そういった気持でジャポネへ戻ってみては」
なんだか嫌な予感がして、俺は頬をかく。
「まるで俺に行って欲しいみたいだな」
「まあ、そういう側面も少しありますよ」と、エルグランド。「我々としてもこの大変な時期にあなたのことで困っている暇はありませんから」
「エルグランド、あんたはいつも気持ちいいくらいにはっきり言うやつだよ」
「実際、グリースとの戦争が終わってその事後処理で大変なのです。これ以上問題を増やさないでほしいものです」
「なるほどね。さてはて、どうしようか」
ジャポネか……。
というかいまの言い方だともしかして、ジャポネって鎖国してる感じか?
だって人の移動ができないって言ってたよね。
「シャネル、ジャポネってどんな国?」
俺はシャネルを呼び寄せて、小さな声で聞く。
「私もよく知らないわ」と、シャネル。
「朋輩、朋輩!」
アイラルンも話に割り込んでくる。
「なんだよ」
「わたくしに聞いてくださいませ!」
「えー、じゃあいちおう。アイラルン、ジャポネってどんなとこ?」
「それはそれは素敵なところですわ!」
ダメだこりゃ……。
答えになってないよ。
やれやれ、どうしたものか。
「いつまでに答えを出せばいいでしょうか?」
ガングー13世に聞いてみる。
「早いうちに、申し訳ないのですが」
「分かりました」
ジャポネねえ……。
「あなたが嫌だといえばフェルメーラにでも行ってもらうことになります」
「え、あの酔っぱらいに!」
「朋輩も同じようなものですわ……」
アイラルンがなにか言った気がしたが、無視した。、
「厄介払いという意味では同じようなものです」
「エルグランド、そういう言い方はいけませんよ。榎本さん、そういうことでどうぞよろしくお願いします」
「分かりました、近く返事をします」
それだけ言って、俺たちは執務室を出ることにした。
どうもガングー13世は忙しいみたいだったし。
ジャポネ行き、どうにもこうにも考えることは多かった。




