526 最後の戦い
俺が抜いた刀を金山はどこか不思議そうな目で見つめた。
「なんだよ、榎本。本当にやるつもりかよ?」
「伊達や酔狂、冗談でこんな場所まで来るかよ」
「そうかそうか。じゃあ、まあ、遊んでやるかな」
ダモクレスの剣の切っ先が、俺の刀の切っ先に触れた。
「えっ?」
いきなりだった。王座から立ち上がりざま、ただ触れられたのだ。
あまりに自然な動作。そのせいで俺は反応が遅れた。
次の瞬間――。
俺は腹から背中にかけて、突き抜けるような衝撃を感じて吹き飛ばされる。
なんとか刀を手放すことだけはしなかったが、吹き飛ばされて柱にぶち当たった。
軽くだが受け身が取れた。そのおかげで動作こそ派手だったもののダメージは少ない。
だが、なにをされたのか分からなかった。
「クソ……いきなりなんだ」
「すごいだろ、これ? 魔力をな、送り込むんだよ。そしたらこんなことできるんだ。もちろん今のは手加減したんだぜ? 次はそうだな、内臓を内側から破壊してやるよ」
金山はケラケラと笑う。しかしその顔は――。
「楽しいかよ」
「はい?」
「お前、笑ってるけどさ。楽しいのかよ」
俺は右手の刀と、さらに左手にモーゼルを持つ。さきほどティンバイが全弾装填してくれたので、フルに10発の弾が入っている。
「楽しいさ。お前みたいな弱いやつをイジメるのはな」
「いいや、違うな。お前は楽しいからイジメを始めたんじゃない。怖かったんだろう?」
「なに?」
「他の奴らに仲間外れにされるのが怖かったんだ。それにお前――俺のことも怖がってただろ」
「よく言うぜ。榎本、俺がお前なんかを怖がるかよ!」
「俺に勝てねえからってよ、よってたかってイジメなんてして、恥ずかしくないのかよ!」
「べつにそんなのは過去の話さ。もう500年以上も前の――」
「俺にとってはつい最近のことだ。お前がなにもかもに飽きてもな――」俺は走り出す。「俺は、ただの一瞬だってお前への復讐心を忘れたことはねえ!」
「来いよ、クソザコが!」
やつの体に触れれば、先程の技を使われてまた吹き飛ばされるだろうか?
だがしかし、俺は逃げることなどできない。
ここは真っ直ぐ!
刀を振りかぶりながら、モーゼルを撃ち出す。
モーゼルの弾を避ければ刀で、刀をかわせば次のモーゼルの弾を。波状攻撃だ。
だが金山はなにもしなかった。それは俺にとってまさかの展開だ。
俺の放ったモーゼルの弾は金山の直前で止まった。何かをしたというわけではない、運動エネルギーが一瞬にしてゼロになり、空中に止まったのだ。
だがそんなことで驚いている場合じゃない。
「うおおおっ!」
俺は獣のような叫び声をあげて刀で斬りかかる。
それすらも金山はよけない。
斬った!
と、思った瞬間にはなぜか俺の方が吹き飛んでいた。
「がっ!」
先程よりも強い衝撃で、俺は天井付近まで打ち上げられる。
「おいおい」と、金山が呆れたように俺を見上げていた。
このまま落ちれば俺は夏の日に干からびたヒキガエルみたいになってしまう。
なんとか衝撃をやわらげて――。
いや、そんなことはいまさら無理だ。
じゃあシャネルに助けてもらうか?
バカ野郎、そんな情けないことはできない。
なら方法はただ1つ。
「隠者一閃――」俺は叫ぶ。「『グローリィ・スラッシュ』!」
ジェットの逆噴射の要領で衝撃をやわらげる。
なんとか着地した。
だが、できれば『グローリィ・スラッシュ』は使いたくなかったところだ。
「おお、見事見事。弱いくせによく頑張るな」
「その弱い俺にお前はいまから負けるんだよ!」
なんとか強がってみるが。
いやいや、これ無理だろ。
なんだよ触れたらこっちが吹き飛ぶって。どうやって倒せって言うんだ。
しょうじき諦めたいくらいだ。というか相手が金山――復讐相手じゃなければ尻尾を巻いて逃げていた。
だが、その選択肢はない。RPGのボス戦で『にげる』のコマンドが使えないのと一緒だ。
「なあ榎本、もう諦めようぜ? 俺もさ、弱いものイジメはしたくねえんだよ」
安い挑発だ。
俺はなにも答えない。
「なんだよ、だんまりかよ? というかさ、お前1人でやるのか? そっちの女は手を出さないのかよ」
いちいちうるさいやつだ。
「俺はお前と違って、よってたかって弱いものイジメはしないんだ」
だからこっちからも挑発しかえしてやった。
「あっそ。まあその女はお前を殺したあとの戦利品としてもらっておいてやるよ。ティアと仲良かったよな、ああそうだ。2人の体を混ぜ合わせてあたらしい女を作ってやるよ。うんうん、合体だな。榎本、合体ロボットとか好きだったよな?」
「てめえ!」
ふざけるなよ。
バカにしているのか。
それとも本気で言ってるのか。
なんにせよ許せる発言ではなかった。
俺はイキリたって金山に向かって行こうとする。
なんの作もなく。ただ憎しみだけをもって――。
だが、
「待って」
いきなりシャネルに止められた。
「とまえるな、シャネル! あいつはキミのことをバカにしたんだ、最低なやつだ!」
「そうね。それで怒ってくれるのは嬉しわ。けれどね、シンク――」
「なんだよ!」
シャネルは困ったような顔をした。
それで俺は、自分がシャネルに対して声を荒げていたことに気づいた。
俺はバカだ、どうしてシャネルのために怒っていたのに、そのシャネルにも怒りを向けた?
「シンク、落ち着きなさい。私はね、殿方の戦いの最中に口を出すような無粋なことはしたくないわ。けれどね、いまの貴方は別。落ち着いて」
「……ああ」
たしかに俺は冷静さを欠いていた。
そんなことまでシャネルに気付かされるなんて、情けない。
「さて、冷静になったところで行ってらっしゃい」
「行ってくるよ」
深呼吸を一つ。
そして俺は金山に向き直る。
「どうしたよ、最後の乳繰り合いは終わったかい?」
「品のないやつだよ、お前は」
俺は心を研ぎ澄ます。
そして、水のようになる――。
さあ、ここからが戦いの始まりだ。




