524 決着、カーディフ
弾丸の音すらも、衝撃を置き去りにしていた。
そう思えるほどの速さ。
一発の弾丸だけで勝敗が決した。
そう思わせるほどの圧倒的なまでの力量差。あるいはティンバイはカーディフの頭を狙うことだってできただろう。だがあえてそうしなかった。
カーディフは殺さない、その言葉の通りだ。
「くっ……」
カーディフは腕を抑えてその場に崩れる。
「まだやるかよ」
ティンバイはモーゼルの銃口を降ろさず、いつでも撃てる状態のまま聞く。
「認めない……認められぬ!」
カーディフは立ち上がった。
そして大剣を低めに構える。
「意地を張ってなんになる」
「強い者がこの国を納める、それはこの国のルールだ。魔王様こそがこの国で一番強い存在だ。俺たちは昔からそうやって王を決めてきた」
「そんな覇道を王道と勘違いしていままでよく国が持ったもんだぜ。お前たちカーディフ家はよっぽど高潔な一族だったようだな」
「……黙れ」
「力持つものを王とすると言えど、けっきょくはお前たちの家がこの国を導いてきた。形骸化された制度を守る必要があったとも思えねえがな」
「だとしても、それがルールならば!」
「頭の硬いやつだ。その頭の硬さでもう一度同じことをするわけか?」
ティンバイが投げ打ちの構えをとる。
それに対してカーディフは大剣を構える。
結果は目に見えているかもしれない。だがカーディフにもプライドがあるのだろう。
「シンク」
いままでずっと喋っていなかったシャネルが、俺の名前を呼ぶ。
「どうした?」
いま良いところなんだ、と俺は思う。
男と男のプライドをかけた戦い。
互いに王の器があると信じている者同士の。
一方は強大な敵――国に立ち向かい。
一方は強大な敵――魔王から逃げた。
「そろそろ終わるわ」
「見りゃ分かる」
そしてティンバイが勝つ。
「ちょっと口を開けて」
「えっ?」
わけが分からず、けれど言われた通りに口を開けた。
「はい、どうぞ」
口の中にいきなりなにかを押し込まれた。
冷たく硬い感触。これは……瓶の口?
「あっ、ごっ、ばばば!」
いきなりのことで何がなんだか分からない。
「はい、飲んで飲んで」
なんだこれは、なにを飲まされている。
苦いっ!
ってか不味い!
これは、もしかしてポーションか!
瓶の中に入っていた分を全部流し込まれた。
「げほっ……げほっ……」
「はい、よく飲めました」
「いきなりなんだよ!」
「どうせシンク、まだ回復できてないでしょ。だからほら、余ってたポーションがあったから」
それこそティンバイにくれてやれよ、と思ったが。
まあ、ただあいつの性格上この戦いが終わったあともポーションなんて飲まないか。
ここは勝手なことをするなと怒るべきじゃないな。
「ありがとう」
むしろ感謝するべきだ。
「お、お前らこんなときに。心配とかしないのかよ」
ローマが呆れたように言う。
「あら、どうして心配なんてするの?」
「だって仲間が戦ってるんだぞ」
「心配なんてするものですか――だってどうせ勝つ戦いよ」
シャネルが何気なく言った言葉には、ティンバイの実力に対する信頼があった。
他人に対して興味ないくせに、こういうところはちゃんと見ているのだ。
「俺もシャネルに賛成だよ。ティンバイは負けないさ」
「そ、そうなのか……?」
ティンバイとカーディフの間には緊迫した時間が流れている。
先に動いたのは――。
カーディフだ。
大剣を振り上げ、突進。真っ直ぐにティンバイめがけて。
いやいや、いくらなんでも直線的すぎるでしょ。
そんなの難なくさけて終わり。
俺はそう思った。
だがティンバイはそうしなかった。
まっすぐ、迎え撃つようにしてモーゼルを構える。そしてそのまま、腕を振り下ろしざまに魔弾を撃ち出した。
音は1発分だった。
だが弾は3発出た。
あまりに早い連射に、音が置き去りにされたのだ。
――どうやったらそんなことできるんだよ!
と、しょうじき言いたくなる。
少なくとも俺のモーゼルではできない。それともできないと諦めているからダメなのか? 言われてみれば試したこともないけれど……。
ティンバイが撃ち出した3発の弾丸は、寸分違わぬ精度で大剣に当たる。
「ぐっ!」
それでカーディフは体勢を崩した。
だがそのままさらにこちらに向かってくる。歩みを止めない。
「兄弟、モーゼルをよこせ!」
言われてすぐさま動く。
「受け取れ!」
新しい顔よ! とばかりにモーゼルを投げた。
ティンバイは空中で左手に俺のモーゼルを掴みとった。
両腕に持ったモーゼルをかかげて、そのまま乱射していく。
色とりどりの魔弾が撃ち出され、周囲をまばゆいばかりの光が包んだ。
やがてモーゼルの弾を前段打ち尽くしたのだろう。
両腕を下げたティンバイは満足そうに鼻で笑う。
「ふんっ、どうだい? まだやるかい?」
見ればカーディフの持っていた大剣は根本から折られていた。
だというのに、カーディフ本人にはまったく銃弾は当たっていなかった。
「見事だ」
と、カーディフは諦めたのか、柄だけが残った大剣を名残惜しそうに見つめる。
「この勝負、俺様の勝ちだ。約束通り、お前にはこの国を建て直してもらう。いまさら嫌だとは言わせねえ」
「……そう上手くはいかないさ。どうせ俺が負けても魔王様がおられる。あの方に勝てる人間などこの世にはいない。たとえ奇跡でも起こってもな――」
「はんっ! 奇跡だ? バカバカしい」ティンバイは俺のモーゼルに換えの銃弾を詰めてくれた。そしてほらよ、と投げて返す。「奇跡を起こさなくちゃいけないなら起こす。俺様たちはそうやってこれまで来たんだ」
そこまで言うと、ティンバイが右脇を押さえて、その場にうずくまった。
「お、おい!」
俺は思わず駆け寄る。
見れば右脇からだくだくと血を流しているではないか。
「あら、傷が開いたかしら?」
いつもどおりのシャネル。
「なんだよこれ、お前こんな状態で!」
あきらかに重症だ。
いまさら思い返してみれば、ティンバイの傷はろくに治してなかったのだ。
「ちょっとばかし無理をしすぎちまったな。兄弟、悪いが俺様はちょっと休憩だ。どうせあとは1人だけだろ? さっさと行って決めてこい」
「それはのぞむところだけど……」
この傷、大丈夫なのかよ。
くそ、やっぱり俺がポーションなんて飲んでる場合じゃなかった。
「なあに、どうせ俺様はここまでのつもりだったんだ。兄弟、お前さんのやりたいことに、俺様たちは邪魔だろう。俺様たちの役目はここまで無事に兄弟を連れてくることさ。そう考えりゃあ、自分のやりたいことも成せた俺様はラッキーだったぜ」
まるでティンバイは全てを分かっているかのように俺の目を見つめた。
行け、と目が言っている。
これで良いのだ、と。いまさら他のやつに頼るなと。
「シンク、行きましょう。ローマちゃん、悪いけどこの男の人を外まで運んであげて」
「そ、そりゃあ良いけど。お前たち2人で大丈夫なのかよ?」
「あら? 私はただの付き添いよ。やるのはシンク、ただ1人」
そうだ。
俺は1人でやらなければいけないのだ、こと金山への復讐に関しては。
いままでずっとそうだった。
最後の最後、復讐のそのときは1人だった。
それまでいろいろな人の力を借りたとしても、最後のときは……。
「任せておけよ」と、俺は堂々と言ってのけた。




