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523 ティンバイの絶技


モーゼルから撃ち出された魔弾をカーディフは大きな動きで避けると、大剣を上段に構えたまま跳躍した。


 いっきに慣性をのせて斬りかかって。


 しかしそれをティンバイはすれすれのところでかわした。そのままモーゼルの弾を連射する。


 大きな剣というのはこういうときに便利だ。それを盾のように使い弾をすべて防御する。


「やるじゃねえか!」


 ティンバイは獰猛に笑うと、さらにカーディフにつめるよる。


 モーゼルというのは打撃武器だと言わんかりの接近戦だ。


 ゼロ距離からの接射はもちろんのこと、グリップを使った打撃や、カンフーじみた格闘技の動きなど。肉薄しての連打こそが我が本領とティンバイは一歩も引かない。


 その鬼神のごとき動きも、もちろんすごい。


 だがさらに驚くべきか、大剣一本でその猛攻をしのぎきるカーディフの方だ。


「凄まじいまでの魔力量! 弾切れはないのか!」


 この状況でティンバイを褒める余裕すらある。


「お前たちグリースが作り出した歪み、それにより手に入れた力だ!」


 ティンバイの魔力、それは彼が幼い頃に愛していた少女のものだ。


 その少女――リンシャンが持っていた途方も無い魔力に日夜あてられたティンバイには、魔力の残滓ざんしのようなものが宿った。


 リンシャンさんは、対グリース用の兵器としてある種の魔族のようなもの。龍へと変えられた。その龍を討伐したのは俺たちだ……。


「だが、きかぬ!」


 カーディフの横薙ぎの一閃。


 ティンバイはそれを身をよじるようにしてかわそうとした。


 だがかわしきれない。


 そのまま腹部に大剣がぶち当たる。刃の部分はモーゼルでふせいだようだ。だがそのまま吹き飛ばされ、壁に激突する。


「がはっ!」


 口から派手に血を吹くティンバイ。


 俺はとっさに出て助けようとしてしまう。だが、ティンバイの目が俺を射抜く。


 ――すっこんでろ!


 俺はぐっとその場にこらえる。


「まずいぞ!」と、ローマが叫んだ。


 壁に貼り付けになったティンバイに、カーディフが追撃をくらわせる。大剣を振り上げ、そのまま押しつぶすようにして――。


「そういくかよ!」


 ティンバイが地面に向かってモーゼルを撃った。その衝撃で横に吹き飛ぶ。


 そしてティンバイが元いた場所に、カーディフは大剣を振り下ろした。


 ティンバイは間一髪、その攻撃を避けることに成功している。


 壁ががらがらと崩れ落ちる。


 細々としたホコリが舞い散って、視界がまた悪くなる。


 その視界の悪さがカーディフの次の一振りで一気に開けた。


 ティンバイからすればたまらないだろう、休む暇もない。


「クソが、認めたくはねえがカーディフ。あんたは強い」


「そうでなければこの国を支えることはできなかった」


「はんっ! じゃあどうしてお前がこの国の王様をやらねえ!」


「魔王様は俺よりもさらに強い、それだけだ」


 この国の実力至上主義というのは、俺にとって理解できないものがある。いや、俺だけではない。むしろ国民だって理解しているのだろうか。


 まさかケンカで勝ったやつが王様だなんて。誰が認めるものか。


「王に必要な要素、そりゃあ力の強さじゃねえ。器のデカさだ」


「ならば魔王様は誰よりも器の大きな方だ」


「そうは思えねえがな!」


 ふと、俺は思った。


 なんだかカーディフが老けている。


 もともと中年といえるくらいの年齢に見えたのだが、いまはさらに年老いて。初老と言っても差し支えないように見えた。


 頭には白髪がまじり、顔には深いシワがきざまれ、言うことはいちいち何かを諦めたようにジジくさい。


「この国は魔王様のものだ」


 と、カーディフは悲しそうに言った。


「ちげえな、国は誰かのものじゃねえ。そこに住む民草1人1人のものだ!」


 ティンバイがモーゼルを振りかぶるようにして構える。馬賊が騎乗でやる「投げ打ち」と呼ばれる構えだ。腕を振り下ろしながら弾丸を撃つので、勢いが増して威力が上がるというものだ。その分、命中させるには熟練の技がいる。


 ティンバイの雰囲気が変わった。


「ほうっ……」と、カーディフ。「死ぬつもりか?」


「そう見えるかい?」


「刺し違えてででも俺を殺すか。お前にも国で帰りを待つ者たちがいるのだろう」


「だとしたらお前は腕だけたつが、人を見る目は三流だな」


「なに?」


「俺様はな、死んでもいいなんて覚悟してねえんだよ。絶対に死なねえ、俺様を求める民の声がある限り」


「この場所にはそんなものない」


「ああ、そうさ! これは俺様のエゴだ! 自分の復讐なんてもんのためにこの国まで来た」


「復讐……」


 ティンバイの、復讐。


「お前たちのせいでルオの国は無茶苦茶になった。祖父たちが命をかけて国を守り、父たちが命をかけて子を守り、そして孤児たる俺たちは必死で革命をなした――」


「よくやった、と言ってやろう。我がグリースにおいては民たちはそのような力はない」


「いいや、違うな」


「なに?」


「お前がそれを占導すれば良かったんだ。好き勝手やる魔王とやらにはっきりと否定の言葉を突きつけてやるべきだった。お前はそれから逃げた!」


 ティンバイは怒りに目を見開く。


 それをするのが王の仕事なのだ、とてでも言うように。


 それをしなかったカーディフを糾弾するように。


「魔王様には……誰も勝てない」


「いいや勝てるさ」


「なに?」


「いまから俺様の兄弟がそれを証明する。いざ、はっきり言っておくぞ」


「……言うだけのことは言え。どうせ死ぬのだ」


「いいや、死なねえな。そしてお前も殺さねえ。ことここに置いて、俺は復讐なんてものは捨てた。お前は殺さねえ、お前がじゃねえ、この国の人間が不憫でならねえ」


「人の国に口出しをするつもりか」


「ああ、するね! お前の罪が戦わずして逃げたことならば、お前の罰はこれからこの国を建て直すことだ! 俺様が勝てばお前はこの国のためにその生命つきるまで尽力しろ」


「そういうセリフは勝ってから言え!」


「そうだな、ペラペラと喋りすぎた。張天白、いざ尋常に――参る!」


 ティンバイはモーゼルを振り下ろす。


 それは神速の絶技である。


 俺の目にすら、うまく映されることはない。


 それはカーディフも同じだ。


 まったく反応できないまま、カーディフは腕を撃ち抜かれていた――。


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