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516 白骨化した死体


 音のする方に行った。


 廊下に出て、そこから先へ。ある部屋の前に立つ。


 俺たちが近づくにつれて音はしなくなった。本当に音なんてしたのか疑問に思えた。


 もし中に入って誰もいなかったなら、まあそれはそれで良いのだが。


 扉を開ける。


 誰もいない。


 いや……。


「あら、死体だわ」


 そう、シャネルが言った。


 部屋にたくさんあるベッド。そのうちの1つに体がところどころ白骨化した死体が横たわっていた。


 まさかこれが音を出したのだろうか?


 どうやって?


 俺は不気味な死体に近づくことができない。だが、シャネルはなんの感情ももたずに平然と近寄った。そして、つまらなさそうに鼻を鳴らす。


「半人……いいえ、亜人あじんかしら」


「人間じゃないのか?」


「さあ、亜人や半人を人間とするかどうかはその人の価値観によると思うけど。シンクはローマちゃんやミラノちゃんのこと、人間だと思う?」


 どうだろう。


 たしかに耳とか尻尾とかあるけど。


 けれどこれを考えると人間ってなんだろうという哲学的な問題につきあたる。


 考えても分からないことは考えない、それが俺のポリシーだ。


「この感じだと……これも使用人かしら? まさかこの城の主ってわけじゃないでしょうし」


「なんでこんなところで死んでるんだ?」


「さあ、寝たたらぽっくり行ったんじゃないの?」


 この部屋は……どうやら使用人たちの寝室のようだった。


 死体が乗っかっているのは1つだけ。


 他はからっぽだ。


「あら、なにかあるわ」


 シャネルが死体の枕元に手を伸ばす。そして、そこに置いてあった小さな手帳を手にとった。


 なんでもいいけど、死んだ人の私物によく触れるな。


 シャネルはページを手早くめくる。


「なにが書いてある?」


 自分で見る気はないが、中身は気になる男、榎本シンク。


「そうねえ……グリースの言葉はドレンス語に似てはいるけど……うーん、ところどころ読めないわ。でもたぶんこれ、日記帳よ」


「なるほど」


「カージェ……? カーディホ? ああ、これカーディフって読むのね。こっちが敬称けいしょうだから、カーディフ様。カーディフ様がおいたわしい? まあそんな感じで、どうも自分の主人に対して不憫に思ってるみたいだけど」


「カーディフだって?」


「知ってる人?」


 いや、むしろシャネルは覚えてないのか。


 覚えてないよな、男の名前なんて。


 カーディフ、なんどか会ったことがある。魔王軍四天王の1人。身の丈を超すほどの大剣を持った男だ。次期魔王候補だったとか、なんとか。


 つまりこの城はやつのものなのか。


「カーディフってほら、魔王軍の。あのおっさん」


「分からないわね。あっ、それもしかしてお兄ちゃんに負けてた人?」


「え?」


 どうだったかな。


 そういえばこの前、金山と戦ったときにココさんが助けてくれた。その時にしれっとカーディフはやられてた気がするけど。


「ま、どうでも良いわ。でもこの手帳を読む限り、そのカーディフさんって人はすばらしい政治家だったらしいわね」


「身内の評価だろ?」


「そうね。でもやっぱりいまの魔王になってからは酷いって書いてあるわ」


 ま、私たちには関係ない話ねとばかりにシャネルはベッドのもとあった場所に手帳を戻した。


 そして俺たちは部屋を出る。けっきょくさっきの音はなんだったのだろうか。なにかの勘違い。それとも……本当にあの死体が?


 分からない。


 それから少し城の中を探索する。この城にはこれ以上なにもないようだ。


 というよりも、無人の城はほとんどのものが持ち出されていた。誰かが持ち出したのか。それとも捨ててしまったのか。分からないが。


 城から出て。


 そしてもともとのクルマの場所へ戻る。


 ティンバイもローマも帰ってきていないようだ。


「よく考えてみれば落ち合う時間も考えてなかったな」と、俺。


「そうね。待ちぼうけだわ」


「どうしたものかね」


「呼んでみましょうか?」


「できるの?」


「魔法でも打ち上げれば気がついてやってくるんじゃないの?」


「そうだな」


 シャネルが上空に向かって火球を放つ。


 それなりの規模の火球だ。町の中ならどこに居ても見えるだろう。なんでもいいけど、こういうのスマホがないと面倒だよな。


 しばらくしてローマが戻ってきた。


 1人だ。


「どうだった? なんかあったか?」


 と、聞いてくる。


「ティンバイは?」


「あいつならそこらへんでトイレしてるぞ。まったく、レディがいるのに失礼だな」


「レディなんているか?」と、俺は言っている。


 脇腹を殴られる。いた~い。


 それからさらにちょっとしてティンバイが帰ってきた。


 いかにも平気そうに歩いているが、よく見れば半身を引きずっている。どう見てもこの前の怪我が尾を引いている。


「俺様が最後だな。なんかめぼしいものはあったか?」


「なにも」と、俺。「ただポーションがあったぞ」


 飲みなよ、とティンバイに手渡す。


 ティンバイはポーションの瓶を少し見てから、すぐに俺に返してきた。


「いや、いまはいらねえ」


「なんでだよ」


「なんかあったときのために取っておきな。それにな、俺様は魔石が嫌いだ」


 そうだ、ポーションの原料は魔石だ。


 魔石はルオの国をダメにした原因の1つ。それをティンバイが嫌うのは当然だろう。


 ティンバイは大丈夫だと言ってみせる。


 ここで無理やり飲ませて喜ぶ男ではないだろう。


 しょうがないので俺はポーションをしまった。


 けっきょくこの町で得るものはほとんどなかった。


 俺たちはまたクルマに乗り込み、グリースの首都へと向かうのだった。


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