514 そして誰もいない町
いくどとなくカーブをえがく道を、シャネルは軽やかなハンドルさばきで越えていく。もうクルマの運転は慣れっこという感じだ。
「シャネル」
「なあに?」
「次の町まであとどれくらいだ?」
俺はちらっと後ろに座るティンバイを見る。なんだか笑っているが、じっさい辛かったり痛かったりしないのだろうか?
「そうね、さっき地図を見た限りだとそう離れていないはずだけど。この峠を超えればつくはずよ」
「そうか」
と、言われてもこの峠とやらがどれくらいなのか分からない。
地図を見てみるが、さっぱり読めない。こんなことならちゃんと地理の勉強をしておくんだった。地図帳とかエロマンガ島を探すためにしか使ったことがない。
どうしたものかな、と考えていると後ろからいきなり座席を蹴られた。
ドンッ、という衝撃がして俺はつんのめる。
「おい、兄弟。俺様のことは心配するなって言っただろ」
どうやらティンバイのプライドに傷をつけてしまったらしい。
「って言うけどな、その怪我けっこうなもんだろ」
「そうだそうだ、足手まといになるぞ」
ローマもフォローというか、追撃する。
「はんっ、こんな怪我のどこが大変なもんか。いいかよ、生きてる限りはかすり傷なんだ」
そういえば、と思い出すが。
ティンバイに初めて会ったとき、彼はいまと同じように腹に怪我をしていた。
あのときも怪我をしたまま敵をばったばったと倒していた。
痛みに強いタイプなのだろうか。俺なんかはちょっとのことでピーピー泣いちゃうんだけど。
「本人が平気って言ってるんだし、良いんじゃないの? それよりシンク、パリィに入ったらどうするつもり?」
「どうするって?」
「いっきに宮殿に押し入るの? それとも何かしたいことある?」
「したいことって言ってもな……俺たちの目的は魔王の討伐だろ。まさか観光するわけにもいかないし。良いんじゃないか、宮殿に行けば」
「なあ。僕、思うんだけどさ。べつに中に入る必要はないんじゃないか? 外から魔法でバーンとやっちゃおうよ」
「おう、そりゃあ派手で良いな」
「いや、そんなのじゃ金山は死なない。あいつを確実に殺すならやっぱり面と向かって剣を突き立てなくちゃいけない」
それに、もしもそれで相手が死ぬとしても俺が満足できない。
「なあなあ、お前もしかして魔王のこと知ってるのか?」
ローマが聞いてくる。
「え?」
聞かれたことに、俺は驚く。
言われてみれば俺と金山の関係はこの2人は説明してないよな。シャネルはなんとなーく察してくれているみたいだけど。
「えーっと」
なんと說明すればいいのか分からない。そもそも何を言っても間違いな気がする。
友達? まさか。
宿敵? わりと近いかも。
いじめられていた相手? まあ、そうだけど。
「べつになんでも良いじゃない」
シャネルが助け舟をだしてくれるが、ローマは興味を失わず。どうしても教えてくれと食い下がる。「なあなあ、本当はどんな関係なんだ?」
俺は答えに困ってしまい、曖昧に笑った。
「もしかして幼馴染とか? 僕とミラノみたいなさ」
まさかのここで核心を突く答えが出てきた。
冷や汗。
いや、べつに知られたところで困ることなんてないんだけど。ただ說明がしにくいから。
「べつに俺様はそんなこと気にならねえがな。これだから女ってやつは」
「なんだと!」
「くだらねえことばかり気にしやがる。黙ってることはできねえのか?」
「うるさい!」
「いてえっ! なにすんだ、このアマ!」
うわ、ローマのやつ。ティンバイが怪我してる脇腹のあたりを殴ったぞ。容赦ないのね。
「もう、騒がないでよ。イライラするのよ、うるさいと。まったく、こんなことならいつも通りシンクと2人旅が良かったわ」
嬉しいこと言ってくれちゃって。
とはいえ俺としてはこういう4人での旅も悪くない。にぎやかなのは……たぶん嫌いじゃないから。
しばらくすると、峠を越えた。
そしてシャネルが言う通り町が見えてきた。
あそこに治療師がいればいいのだけど。
俺たちが越えてきた峠は街道だった。きちんと整備されており、クルマでも簡単に通ることができた。その先につながる町はさぞ立派なのだろう、と俺は思っていた。
実際、町の外見はかなりのものだった。
いわゆる城下町というやつか?
城壁のようなものがあり、その奥にはそびえたつ城のようなものが見えていた。ツンツンとした塔のある城だ。お姫様なんかが幽閉されてそう。
「あら、綺麗な町ね」
と、俺の隣で運転をしているお姫様も満足そうだ。
しかし、町が近づくにつれて様子がおかしくなってくる。
なんというか……気配がない。
城門は開きっぱなしで、衛兵の姿もない。
「なんだ……こりゃあ?」
「誰もいないのかな?」
「そうみたいね」
俺は耳をすませた。
静寂。
完璧な静寂である。
本当に誰もいない。誰も……。
「どういうことだよ。え、そんなことってある?」
まがりなりにも大きな町なのだ。
だというのに。
え?
嫌な予感がした。
シャネルが適当なところにクルマを停める。誰も文句は言わないだろう。だって誰もいないのだから。町の中の広い道には馬車もないのだ。
俺たちはクルマを降りて。
周りを見てみるが、誰もいない。
「ちょっと探索よ。2対2で別れましょう。行くわよシンク」
シャネルが俺の手を引く。
またティンバイとローマが文句を言うかと思ったが――。
「おいおい、僕はこいつと一緒なんて嫌だぞ!」
「黙ってついてこい、アマ」
むしろティンバイがローマを受け入れたようだ。
なんでだろうか?
そのまま俺はシャネルに連れて行かれる。
そして周りに誰もいなくなったところで、こっそりと。
「あの人、たぶんシンクの前だと弱音も吐けないわ」
あの人、というのだが誰のことを指すのかすぐに見当がついた。ティンバイだ。
「どういうことだよ」
「そのままの意味。たぶん私たちがいないほうが、あの傷の治療に専念できるでしょ。せいぜいローマちゃんを小間使いに使えばいいわ」
「なるほど」
それにしても意外だった。
シャネルが他人のことを考えるなんて。
むしろそういうことには無頓着。誰に対しても我関せずを貫く子だったはずなのに。
そういう意味ではシャネルのやつも成長したのかな?
「さて、私たちも2人だし。ちょっとそこらへんを見てまわりましょうか」
いや、もしかしたらそれが目的かもしれない。
成長なんてしてないかもしれない。
俺はシャネルの青い目を覗き込む。にっこりと笑われた。




