表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
519/783

512 ローマの切り札


 正中に構えた刀の切っ先で、まっすぐにベルファストを見つめた。


「兄弟、悪いが前は任せたぜ。俺は援護に入る」


「ああ。ティンバイ、お前も気をつけろよ。ローマには中盤の連携をしてもらう。いいな、ローマ!」


「分かってる!」


 数の上ではあきらかに有利。3対1だ。


 しかしベルファスト相手ではそんなもの関係ないだろう。


 空間を移動してどこからともなく現れる敵に数で攻めることはできない。


 ならば大切なのは俺たち3人が息を合わせることだ。


「行くぞ!」


 俺が叫ぶと同時に、ティンバイのモーゼルが七色の火を吹いた。


 目くらましのような派手な閃光。


 その中を俺は一直線にベルファストへと向かって走る。


 だが無駄だった。ベルファストはすでに消えていた。


 そして次に出現したとき、ベルファストはすでにローマの眼前だった。


「わっ、僕の方かよ!」


 ナイフで応戦するローマ。


 しかしすぐにベルファストは消える。


 逃げてばかり、ではないだろう。消えたらどこからともなく爪が飛んできた。


 その爪を俺は刀ではじく。が、ダメだった。数発の爪が俺の体に当たって、食い込む。そのまま数個は貫通していく。


 痛みに顔をしかめる。


 だが焦るわけにはいかない。精神を乱せばベルファストには勝てないだろうから。


 冷静に、あくまで冷静になるべきだ。


 いや、ダメだ。そんなことを思っている間はぜんぜん冷静になれていない。


 どうする、どうするんだ俺!?


 ベルファストの攻撃は今度はティンバイに向かう。


 四方八方からとんでくる爪。それをティンバイはモーゼルの連射で対応する。が、ダメだ。万全の状態ならまだしも手負いでは全てを撃ち落とすことができない。


 そこにすかさずローマがフォローに入った。


 ティンバイを抱きかかえるようにしてその場から逃した。


「お前そこは下がって避ければいいだろ!」


「うるせえ! 俺様が戦場で下がるようなことできるか!」


「なんだよお前、意外と元気だな! そんな傷だらけのくせに!」


 あれは……相性が良いのか? よく分からないが。


「バカばかりですネ」


 どこからともなくベルファストの声が聞こえてくる。


 だが俺は答えない。


 とにかく集中して。集中して……あれ、集中ってなんだっけ?


 集中がゲシュタルト崩壊した。


 あるいはそれは疲れのようなものだったかもしれない。緊張に張り詰めていた糸が切れた。


 むしろそれが良かった。


 俺の目の前を、鉤爪かぎづめが通り過ぎる。鋭利えいりな刃物よりも鋭いそれはベルファストの指の爪である。


「ほう、避けましたカ!」


 至近距離にいきなり現れたベルファスト。


 そのまま両手を振り回し、俺を切り裂こうとしてくる。


 それを俺は、どこか遠い世界に起こる事象のように眺めていた。


 体は勝手に動いた。オートマチック。まるで水のようになめらかに。


「兄弟!」


 ティンバイがモーゼルの弾を放つ。


 それは俺の背後に向けてだ。


 ティンバイは俺が避けると信じていたのだろう。そしてその先にいるベルファストを撃ち抜こうとした。


 だがそれではダメだ、またベルファストに逃げられると感じた俺はティンバイの予想とは違う行動にでる。


 刀の鞘を抜く。


 身をひるがえし、ティンバイの放った弾丸――魔力の塊に鞘をぶつけた。


 野球バットで打つように、刀の鞘で魔弾を打つ。


 弾はあらぬ方向に飛んでいく。


 が、そのあらぬ方向で正解なのだ。見計らった通り、ベルファストはその場所に現れた。ティンバイがモーゼルを撃った瞬間に移動したのだろう。


「ナッ――!」


 ベルファストはいきなり目の前に魔弾が飛んできたものだから、とっさに両腕でガードした。


 それが決定的な隙になった。


 俺はさきほど子供から取り上げたナイフをベルファストに投げつける。モーゼルを使わないのは音でさっとさせないためだ。この状況でも冷静でいられる。


 俺が投げたナイフは一直線にベルファストに飛んだ。


 どこを狙ったわけでもない。とにかく体に当たればいいと思って投げた。


 そしてそれはベルファストのもものあたりに突き刺さる。


 失敗だ、もう少し上に投げればよかった。


 だがダメージを与えたぞ。


「よし、良いぞ!」


「ローマ、喜んでる場合か! 畳み掛けるぞ!」


「あいよっ!」


 左右から俺たちはベルファストに襲いかかる。


 しかしダメだった。足にダメージを与えたところでベルファストの機動性を下げられるわけではない。なにせ相手は瞬間移動するのだ。


 すぐさま距離をとられた。


「相変わらず、私の居場所を見極めますカ」


「お前はなぜここにいる!」


せっかく体得できていた『水の教え』が薄まった。


 薄まる、という表現が正しいのかは分からないが。確実に先程までより冷静ではない俺がいる。ナイフでの一撃で逆にまた力が入ってしまったのだ。


「なぜここにいる、ですト! それはこちらのセリフですよ」


 言われてみればそうである。


 あっちからしたら自分たちの領土に攻め込まれているんだから。


「言わなきゃ分からないかよ」と、俺はイキってみせる。


「しょうこりもなく、また魔王様を狙っているのですカ!」


 ここで嘘を言ってもしょうがない。


「そうだと言ったら、どうする?」


 一回言ってみたかったんだ、このセリフ。


「ここで殺しますヨ」


 あっちもけっこうノリノリなのか、求めていた感じの答えを返してくれる。


 さて、どうするべきか。


 このまま攻めたてるか。それとももう一度冷静さを取り戻し『水の教え』を発現させるのを目指すか。あるいは時間をかせぎシャネルを待つか。


 シャネルを待つのが一番良いかもしれない。


 4人がかりで戦えば、あるいは――。


 だが俺たちにそんな時間は残されていなかった。


 ――ドサッ。


 と、音がした。


 その瞬間、俺は察した。ティンバイが倒れたのだ。ここで目を向ければ隙きをつくることになる。だから確認はできない。それでも俺は一流の勘で理解できたのだ。


「お、おいお前! 大丈夫かよ!」


 しかしローマは駆け寄ったようだ。


「ローマ! ティンバイを下がらせてやれ! そいつたぶん意地でも立ってるだろうから! それでシャネルに治療してもらってこい!」


「わ、分かった!」


 ティンバイからの返事がまったくない。


 まさか気絶したのか?


 俺が思っているよりも傷は深かったのだろうか。


「逃がすとお思いですカ?」


 俺の目前から、ベルファストが消えた。


 その瞬間に、俺はやっと振り向いた。ローマがティンバイを抱えようとしている。ティンバイはぐったりと倒れている。やはり気を失っているようだ。しかしモーゼルだけは握ったままのようで、それが邪魔になってうまく抱えられないのだ。


「死んでもらいまス!」


 上空だ。


 ベルファストは上からローマを狙って無数の爪を打ち出した。


 ――まずい!


 なんとか助けなければ、しかし距離が遠い。


 当たる!


 そう思った、その瞬間だった。


 ローマが消えた。


「えっ?」と、俺はほうけた口を開く。


「なにっ!?」


 ベルファストもローマと、そしてティンバイを見失ったようだ。


 そして。


 少し離れた民家の影、そこからローマはまるで這いずるように出てきた。その背中にはティンバイを背負っている。


 魔法だ。


 影の中を動く魔法。


 ローマが所属していた殺し屋団体、サーカスの団長が使っていたものだ。俺を殺そうとしたから、俺が殺した。けれどサーカスの団長はローマの父親代わりだったらしい。


「へへーん、どんなもんだい!」


 ローマは適切に距離をとった。


 そのまま走っていく。


 これで一安心だ。


 ベルファストもその気になれば追うことはできたかもしれない。だが、俺が向けるモーゼルの銃口を見て、それはやめたようだ。


「一対一、ですカ」


 と、ベルファストはあざけるように言う。


「こっちの方が全力でやりやすいよ」と、俺。


 ちょっと強がりだ。


 だけど1人で戦う方が慣れているのも事実だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ