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510 バカな魔族


 戦車はなぜだか分からないが、宿の前の道で止まった。


 なんでだ、もしかしてこっちの存在が気づかれいる?


 いや、そんなはずはない。


 じゃあ、なんで!



 分からない、頭が混乱している。


「どうするよ、兄弟」


「わ、分からない。とりあえず様子見で」


 俺たちは互いにモーゼルに手をかける。


 あるいはここで先制攻撃をしかけるべきだろうか?


 戦車の中から魔族が2人、降りてきた。


 そいつらは左右を見渡す。しかし視界に動く人間はいないのだろう、その後の行動はおこさずに突っ立っている。


「どうやら見つかったわけじゃなさそうだ」


「そうだね」


 大丈夫だろう、きっとここで戦車あ止まったのはなにかの偶然だ。そうに違いない。


 と、思っていると――。


 戦車の中からさらに1人、魔族が降りてきた。


 そいつは他の魔族とは違い鎧を着ていない。なんだか足取りも軽やかだ。いかにも紳士然しんしぜんしたスーツを着ていた。


 そして、


「ふむ。あそこにあるのはオープンタイプのクルマか? ということは、この町に魔力を使える人間がいるということか」


 喋った。


 つまりは上級の魔族だ。基本的に下級の魔族は喋ることができず、しかも意思があるのかも不明瞭だ。だから俺は魔族のことを人間とはどうも思えない。


 だが、喋れるやつは別だ。


 殺せば嫌な気分になる。


 というか、そういうことじゃなくてさ。


「クルマ、外に出しっぱなしだった!」


 やってしまった。


 こういうのを頭隠して尻隠さずと言うのだろう(言わない)。


「やっちまったな。とはいえ隠すところもなかった、仕方ねえ」


「分かってる。けどさ――」


 どうにかならなかったものか。


「あなた達は周囲を探してきなさい。私はそこのクルマがある家を見てきます」


 下級魔族の2人は町からめぼしい人を探すために散っていく。


 おそらくあの上級魔族は油断している。この町に自分たちを倒せる相手などいない、と。無抵抗な市民たちを連れ去っていくだけの簡単な仕事だと。


 チャンスだ。


 明確な。


 俺とティンバイ、2人でかかれば勝負は一瞬でつくはずだ。


 だが、俺は焦る気持ちを抑えた。


 ここはできる限りやり過ごす。


 そしていざとなって、もうダメとなったときに武器を出せばいいんだ。


 上級魔族は宿の扉を叩く。


 俺たちは息を殺して様子を見ていた。


「もし、ここに魔力を使うことのできる人間はいませんか?」


 宿から出たのは、主人である老人のようだった。


 窓から覗くだけでは角度の問題で玄関の方は見えないが、声だけでもだいたいの事情は分かるものだ。


「い、いえ。いません」


 あきらかに声が引きつっている。


 これはダメそうだ。あきらかに怪しい。絶対に感づかれる。


「どんな調子だ」と、ティンバイが聞いてくる。


「ダメそう。たぶんこのまま踏み込まれる」


「ま、そうだろうな」


「どこで迎え撃つ?」


「俺様が外から出る。兄弟はこのまま玄関の方へ行ってくれ」


「挟み撃ちだ、良い作戦」


 前と後ろから攻撃すれば、あんなやつは一瞬だろう。


 そして残る2人の下級魔族も倒してしまえば、俺たちのことが気づかれる可能性は少なくなる。誰かが魔族を倒した、という事実は伝わってもそれが俺たちだとは気づかれないはずだ。


 じゃあ行くぞ、と俺たちは同時に行動を起こそうとした。


 だが、その必要はなかった。


「そうですか、いませんか」


 なにを思ったのか知らないが、上級魔族は簡単に引き下がる。


「えっ!? ちょ、ちょっと待ってティンバイ!」


「どうした?」


「な、なんか気づかれなかったみたい」


「なんだと?」


 耳を澄ます。


 どうやら上級魔族は本当にそれで追求を終わりにしたつもりらしい。


 てこてこと戦車のところに戻って、疲れたように空を見上げている。


「ああ、絶対にいると思ったのですが」


 俺はその瞬間、察した。


 あいつはバカだ。


 それもかなりの。


「まったく、人使いがあらいのですよ魔王様も。こんなふうに国中を探したところでもう魔族の材料になる人間などほとんどいませんからね」


 やつらはそんなに、人狩りをしたのか?


「まあ、どうせ他の国の人間も魔族にするのでしょうが。それにしても……魔王様はいったい何を考えているのでしょうか。世界征服? ふふ、バカな」


 そのバカなことを考えている男なのだ、金山は。


 上級魔族はぶつくさと、自分の境遇や魔王である金山に対する文句を言っている。


 そうしていると、部屋にシャネルが入ってきた。


「まさかなんとかなるとは思わなかったわ」


 シャネルも同じ考えだったらしい。


「だね。あの魔族、たぶんバカだよ」


「でしょうね。ローマちゃんが外に偵察に出たわ」


 いつの間に。


「あんまり危ないことさせるなよ」


「大丈夫よ、あの子すばしっこいもの」


 そんな会話を小声でしていると、下級魔族たちが帰ってきた。


 2人そろって、両脇から誰かを掴んでいた。


「あら? 子供だわ」


 シャネルが言う。


「おい、兄弟。あれさっきのガキじゃねえか?」


 そんなこと言われなくても分かっている。


 くそ、隠れていたのが見つかったんだ。


「連れて行かれるぞ、どうしよう!」


「シンク、行っちゃダメよ」


「わ、分かってる! ティンバイも絶対に出るなよ!」


 俺はそう言って、無意識に窓を越えた。


「はぁ……」と、シャネルのため息が聞こえた気がした。「シンク、貴方ってそういう人よ」


 無意識だったことがらを、外に出た瞬間、意識した。


 ――あれ、俺はなにをやっているんだ?


 そう思いながらも走り出す。


 待て、待て待て!


 自分で自分に言い聞かせるが、もう遅い。


 俺は刀を抜いて、下級魔族たちに斬りかかった。


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