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509 ふたたび人狩り


「みんな連れて行かれたんだよ」


子供ははっきりと答えた。


「みんなってのは誰のことだ。お前の親兄弟か?」


 ティンバイはきつい言い方で聞く。


「友達も、近所の人も、みんなだよ!」


「なるほどな、だからこの町は人が少ねえのか。兄弟、どう思う?」


 いきなり話をふられても俺にまともな意見などない。


「大変だな、と思いました」


 まるで小学生のような感想である。


「そうだ、これは大変なことだぜ。おい、ガキ!」


「な、なんだよ……」


「お前はなぜ俺様たちに話しかけた。もしも俺様が本当に人さらいだったらどうするつもりだった」


「そ、そんなの決まってる!」


 そう言って、子供は小さなナイフを取り出した。


 一矢報いるつもりだった、そういうことなのだろう。


 この子はなんと強い子だろうか、と俺は感動してしまう。思わずしゃがみこんで、その頭を撫でてしまった。


「そうかそうか、偉いな」


「な、なんだよ。撫でるなよ」


「いや、本当に偉い。キミは戦う勇気のある子だ。俺はそういうとき、すぐに尻尾を巻いて逃げちゃうからな。尊敬するよ」


「バ、バカにしてるのかよ!」


「いいや、本気で言ってるのさ。だからこそ――」


 俺は少年が持っていたナイフをひょいと取り上げた。子供が持つには危ない、凶器だからだ。


「わっ、返せよ!」


「こういうことはしちゃいけない。親が悲しむぞ」


「親なんてもういないやい!」


「そうか……それは悪いことを言った。許してな、でも兄ちゃんも親なんていないよ」


 実際はいる。


 生きているのだろうが、まあ俺は一生会うこともないだろう。


 会いたくも……ない。


「俺様もいないぜ」と、ティンバイ。


「僕も孤児だったから」と、ローマ。


「なんにせよ俺たちは4人はみんな同じってわけだ。わっはっは」


 適当に笑ってみせる。


 適当な男だよ、俺は。でも子供はそれで少しだけ気が晴れたようだった。


 さっきまでそれこそ決死の覚悟、いまにも死にそうな顔をしていたのだが。いまは少しだけ笑っている。


「歳をとった人ばっかりが残ってるのもそれが原因かな?」と、ローマ。


「そう、若い人から順に連れて行かれて……」


「キミはなんで連れて行かれてないの?」


「俺は隠れてたんだ! だから、助かったの!」


「せっかく助かった命だ、あたら散らすこともねえだろ」


「うるさい!」


 それにしても本当に大変だと思う。


 まさかこんなことがグリース各地で行われているのだろうか? だとしたらこの国は、戦争が終わったあとどうするつもりなのだろうか。


 なにも残らない。


 いや、金山のことだ。残す気などないのだろう。


「一刻も早く止めなくちゃ」


 そうしなければ、とんでもないことになる。


「おじちゃんたち――じゃなかった、お兄ちゃんたちはなんでこの町に来たんだよ。まさか世直ししてくれるのかよ」


 世直し、という言葉が子供の口から出たことに俺は少し驚く。


「難しい言葉を知ってるね。世直しか、まあ間違ってないかもしれないけど」


「うそだろ。だってお兄ちゃん片腕があるぞ!」


「なんだよ、片腕があっちゃダメなのかい?」


「だってみんな言ってるぞ。世直ししてくれる人がいて、その人は片腕がないんだって」


「僕たちと同じようなことをしている人間がいるのかな?」


「かもしれないな。まあ、国がこんな状態ならそういう人が出てきても不思議じゃないか」


 それにしても隻腕せきわんとはね。さぞ大変だろう。


 どうでもいいけど世直しってなにをすれば世直しなんだ? よく時代劇とかでも見るけど。行く先々で悪いやつを懲らしめれば世直しだろうか?


 なら俺も世直ししてたのかな。分からないけど。


 そんなことをしていると、周りが騒がしくなってきた。


「なんだ?」と、ティンバイが目をすがめる。


「ちょっと待てよ……」


 俺は耳を澄ませた。


 すると、かすかにエンジンの音が聞こえた。


 なんだ、クルマ? いや、違うな。この駆動音は……キャタピラっぽいぞ。


 まさか、また戦車か!?


「なあ、これってまさか敵じゃないか?」


 ローマも獣の勘で察したのだろう。


 俺も同じ意見だ。


「坊や!」と、声がした。


 声の方をみれば老婆が悪そうな足を引きずりながら、必死でこちらに駆け寄ってきていた。


「あ、おばあちゃん!」


「坊や、早く逃げるよ。人狩りが来たよ!」


「わ、分かった」


 老婆はどうにもそうとう足が悪いようで、引きずっている。


「大丈夫かよ」と、ローマが心配そうにするが。


 むしろ俺たちも大丈夫か、という状況だ。


 なんでこうも悪いタイミングで敵が来るかね。


「逃げたいところだけど」


「逃げるのは趣味じゃねえが、そうする方が利口だな」


 シャネルが店から出てきた。どうやら事情はもう伝わっているようで「隠れるわよ」と、宣言するように言った。


「ここで私たちの存在が敵に知られたら、このあとがやりにくいわ」


「賛成。でも隠れるってどこへ?」


「とりあえずさっきの宿へいきましょう。一晩泊めてもらったんだから隠れさせてもらうくらいは許してくれるでしょう」


 と、シャネルは言ったが。


 それは希望的観測だった。


 宿の扉はガッチリとしまっていた。


「ま、そうだよね」


 誰だって危ないときは戸締まりをちゃんとするものだ。


「人情というものがないのかしら? いっそのことこのドアを壊しちゃう?」


「いやいや」


 あきらかに怪しいでしょ、壊れたドアの宿とか。そんなところに隠れていてもすぐに見つかる。というか優先的に入られそうだ。


「おう、そういえば窓を開けたままじゃないか?」


「ああ、そうかも」


 なぜかティンバイは窓から外に出たからな。あそこを内側から鍵をしめられていなければ中に入ることはできそうだ。


 入っていいのか、分からないが。


 まあものは試しと俺たちは先程まで借りていた部屋の窓を、外から開けてみた。


 開けゴマ。


「普通に開いたね」と、俺。


「とりあえず入りましょう。交渉は私がするわ」


 シャネルがイの一番に入っていく。その後ろを俺たちが。


 ローマはシャネルを追って宿の主人に話をしに行った。そして俺とティンバイは窓際で外を眺めた。


「戦いになることは避けるべきだぜ」


「分かってるよ。というか俺はティンバイと違って手が早いタイプじゃないんだ」


 どうだか、とティンバイは鼻で笑う。


 キャタピラの音が大きくなってきた。それに比例するように町が静まりかえる。


 いきなり、スピーカーで拡張されたような声がした。


『みなさん、こちらはグリース陸軍です。みなさまの、国民の力を借りにきました』


 どこか機械的に思える声だった。


 その声で少々の悪寒がした。


 国民の力を借りる? いったいどの口が言うんだか。


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