表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
515/783

508 新しい朝


 朝が来た。


 新しい日が来ると、俺はどうしようもなく虚しくなることがある。それは昔のことを思い出してしまうからだ。


 引きこもりだった頃の俺は、できるだけ昼夜逆転の生活をさせないようにと注意してきた。それになにかしらの価値があったわけではないが、意味はあった。言ってしまえば自分の中にある最後の砦だったのだ。


 朝起きて、夜眠る。それは人間としてふつうのことで。


 それさえできなければ俺は人間失格――とんでもないダメ人間になってしまうのではないかと思っていた。


 ただ、いまにして思えば俺はわざわざ努力してそういった普通のことをしていた。普通じゃなかった。


「可哀想な人間だったな」


 独り言だった。


「なにがだ?」


 しかし、隣のベッドで寝ていたはずのティンバイが答えた。


「なんだよ、起きてたのかよ」


「いま起きたんだよ。久しぶりにまともな寝床だったぜ。ようやっと休息ができた」


「それは結構なことで」


「これで三日三晩は戦い続けられる」


 ティンバイの場合それが冗談ではなさそうなので笑えない。


「俺はごめんだよ」


 そんなことを言っていると扉がノックされた。


「シンク、起きてる?」


「起きてるぞ」と答える。


「入ってもいいかしら?」


「どうぞ」


 中に入ってきたシャネルは、驚くことに純白のロリィタ服を着ていた。まるで花嫁衣装にも見える姿だが、スカートの裾はなかなか短く。もしかしたら中が見えるのでは、と童貞は思ってしまう。


「おはよう、シンク」


「おはようございます」


 なぜか敬語で答えてしまう俺。


 シャネルの服はフリフリしているのだが、胸元はぱっくりとあいていて、そこに深い深い、それこそマリアナ海溝よりも深い谷間ができている。


 そちらに目が行ってしまうのを必死で我慢する。


 変わりにティンバイを見ると、やつは部屋の隅っこでキセルを吸っていた。起き抜けに吸うのか? というかシャネルの扇情的な姿にはまったく興味なし?


 もしかしてこいつ、ホモなのかしら?


「とりあえず今日は買い物をしようと思うの。いろいろ買い集めて、それからまた出発よ」


「了解です」


「……? なんだかよそよそしいわね。準備ができたら教えてね。隣の部屋にいるから」


「はい、分かりました」


 シャネルは不思議そうな顔をして部屋を出ていった。


 それから、俺はため息をつく。


「どうしたよ、兄弟」


「いや、なんというか。いまだにシャネルに慣れない自分がいることにびっくりだよ」


「お前の女じゃねえのかよ」


「そうだけどさ」


 俺が気弱なことを言うと、ティンバイは腹を抱えて笑った。そんなことってあるのかね、と珍獣でも見るかのような様子だ。


 まあ実際にここにいるのだからしょうがない。


「まあ、人様の恋路に邪魔はしねえよ。それより兄弟、外から良い声が聞こえてきたぜ」


「えっ?」


 俺は耳をすます。


 いい声ってなんだろう、と思ったら子供たちの笑い声だった。


 ティンバイは窓を開けると、嬉しそうに目を細めてキセルをスパスパと吸う。意外なほどに子供好きな男だ。こんな男が敵に対しては一切の情け容赦なく魔弾を撃ち込むのだからよく分からない。


「もしかしたらガキが1人もいねえのかと思ったが、安心したぜ」


「そうだね」


 俺は準備をする。準備と言っても俺たち男連中にはまともな準備などない。着替えが少し入った頭陀袋ずだぶくろくらいはあるが、あとは武器さえ持てば世界中のどこへでも行ける。


 というわけで、準備は終わり。


 隣の部屋へ。


「んー? おはようだぜ」


 中からは寝ぼけ眼のローマが出てきた。


「なんだ、獣畜生けものちくしょう。お前さん夜行性か?」


 ティンバイにバカにされて、ローマは一瞬で覚醒したようだ。


「なんだと、このやろう! お前こそ朝から目つきが悪いんだよ! 眠いのかよ!」


「こりゃあ生まれつきだ、ほっとけ」


「朝からケンカしないで、うるさいわよ」


 シャネルが無表情で言う。いちおう2人はいさかいを収めたようだ。


 ということで宿をチェックアウトして外へ。宿の外にはクルマが停まっていた。ふと気になったのだが、このクルマは魔力で動くんだよな? ならガソリンとかいらないのだろうか。


 よく分からないが。


「とりあえず何を買うんだ?」と、ローマ。


「日持ちのする食料ね。あとは綺麗な水かしら。それが終わればすぐに出ましょう。あんまり同じ場所に長居するのはおすすめしないわ」


「どうしてだ、シャネル?」


 べつに俺たちの旅は急ぐものではないはずだ。


「私たちがこの国に入ったこと、気づかれてるかもしれないわよ」


「そりゃあねえだろ」


 ティンバイが否定するが、シャネルはバカねと鼻で笑った。


「私たちは良くも悪くもドレンスで目立つ活躍をしてきたわ。それがいきなりなくなれば、相手はどう思うかしら? まさか戦場で死んだとは思わないでしょうね」


「なるほど! なにかしらの潜入作戦をするために身を潜めていると思われるわけか」


 シャネルはよくものを考えるな~。


「そういうことよ。たぶん私たちがグリースに入ったのに気づかれるのは時間の問題ね。それまでにできればパリィに到達して奇襲をかけたいところだわ」


「なるほどなるほど、よし分かった」


「それでシンク」


「なに?」


「言っておくけど、あんまり目立つ行動はしちゃダメよ。シンクはよくそういった行動をするわ。慎みを持ってね」


 シャネルのその服は目立つ行動の一貫ではないのだろうか?


 胸元の強調されたミニスカ白ロリドレスって、そういう趣味の人から見ても怒られそうだが。


 ま、なにも言わないでおいた。


 小さな町だがいちおうは商店街のようなものがある。昨日の時点ではどこもシャッターを閉じていたのだが、さすがに陽の登った内は開いているようで。


「とりあえず色々買ってくるわ」


 シャネルは欲しい物をメモしてきたようだ。用意が良い。


 それにいちいちついて行っても邪魔になるかなと思った俺は、商店街の隅っこの方で待つことにする。「よしなにやっておいて」と、偉そうに言って。


 ついでにティンバイもローマも待っていることに。


「俺様が手伝ってやろうか?」


「けっこうよ」


「僕が荷物持ちしようか?」


「十分だわ」


 なぜかシャネルは1人で行きたがった。なんでだろうか、と俺は考えた。


 そして、なんとなーく理由を察した。


 見るからにヤクザ者のティンバイと、半人のローマじゃ、店に入るとまともな買い物ができないかと思ったのだろう。ならば俺がやはりついていくべきだったのだが。


 あらためて一緒に行こうかと言うと、


「シンクはそこで敵が来ないか見張っていて」


 と言われてしまった。


 敵?


 まあ、ようするに体よく断られたわけだ。俺に休んでいろとのことだろうか。


 けっきょく、シャネルは1人で買い物に。テキパキと買い物しているシャネル。


 俺たちは大の大人(大人だよね?)が3人もそろって突っ立っている。


 そうすると、子供が1人、近寄ってきた。


「おじちゃんたち、誰?」


 いかにもきかん坊という感じの男の子だ。


 こちらを警戒しているのか、睨みながら指差してくる。


「あー、俺たちは――」


 と、俺は応えようとした。


 だがその前にティンバイが子供の頭を乱暴に撫でた。いや、撫でたというよりも小突いた? よく分からないが、子供は「あわわ!」と慌てている。


「このクソガキ、いきなり初対面の大人に『おじちゃん』はねえだろ」


 口調は怒っているようにも感じられるが、顔は笑っている。


「ご、ごめんなさい!」


「ほう、ちゃんと謝れるか。それなら許してやる」


「お、お前なぁ。こんな子供に乱暴だぞ」


 ローマが呆れたように言うが、ティンバイは堂々と答える。


「俺はこのガキくらいの頃には切った張ったの戦場に立ってたんだ」


「あっそ。僕は奴隷だったよ」


 え、俺ですか?


 俺は日本って国でのほほんと暮らしてました。思えばあの頃は両親とも普通の関係だったかもしれないな。


「それで、キミ。なんでいきなり話しかけてきたの?」


 このままだとらちが明かない気がしたので、なんとなく俺がしきる。


「お前たちが……またみんなをさらいに来たのかと思って」


「さらいに来ただと? やっぱり失礼なガキだぜ。俺様が人さらいに見えるかよ」


 しょうじき……見える。


「ここらへん、そんなに治安が悪いのか?」と、ローマが聞いた。


「うん。みんな連れて行かれちゃった」


 俺はティンバイと顔を見合わせる。


 グリースの徴兵事情については、昨日のうちに説明してあった。


「こいつはやばそうだな、兄弟」


「やっぱりこの国はおかしいよ」


 ティンバイの目に怒りの火が灯る。


「ガキ、ちょっと詳しく話してみな」


 と、促す。その様子があまりに鬼気迫るものだったから、子供は少しだけ怯えたようにも見えるのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ