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506 はじまりの町へ


 俺の右側でハンドルを握るシャネルは、目を細めて鼻歌を口ずさむ。


 なんでもいいけど右ハンドルなんだね。


「ねえシンク、地図を見てもらえるかしら」


「はいよ」


 シャネルに渡された地図は、冊子さっしの形になっていた。


 地図の本といえば中学生の頃に「地図帳」なんてものがあったけど、あれってけっこう便利だったのでは? あんな世界中の地図がのっている本、買おうと思って本屋に行く人はいないからな。


 手元に1つ残しておいても良いかもしれない。


 もっとも、異世界に来たいまとなっては関係ないのだが。


 さて、地図である。


「ふんふむ、なるほどね」


 とりあえず言ってみる。


「この先に少し大きな町があると思うの。そこならさすがに人がいるんじゃないかしら」


「だろうね」


 とりあえずの同意。


 とりあえず。


 とりあえずである。


 だって地図、読めないもん。


 俺はときどき自分のダメさ加減が嫌になる。だって俺はなにもできないのだから。地図だって読めない。料理だってできない。掃除だってできない。生活能力がまったくないのだ。


「こっち側であってるかしら?」


「たぶんね。太陽があっちの方向だから――」


「すごいわね、シンク。太陽の方向で分かるの?」


「あ、いや……」


 それっぽいことを言ってみただけだ。


 これ以上はボロが出そうだったので後ろにいるティンバイに地図をパスした。


「あー? 俺様が見るのか? 磁石はどこに入ってたかな」


「なるほど、磁石か!」


 それがあれば最低方位は分かるわけだからな。


 ティンバイは服のどこからから磁石を取り出しててきて、それを地図の上におく。なにやら真剣な目をしてから「まあ、だいたい合ってると思うぜ」と言った。


 どうでもいいけど、いまので分かったことがある。この4人の中で地図が見れるのはシャネルとティンバイだけ。俺と、ついでにローマは地図が読めないようだ。


 ローマなんてティンバイが持つ地図を横から見て頭の上に「?」を浮かべているのだから。


「なあ、ローマ」


「な、なんだよ」


「お前もぜんぜん分かってねえだろ」


 こくり、と頷いている。


「とりあえずこのまま前に進むわ」


 クルマは道路とは言えない平地を走っていく。日本にいた頃はクルマは道路を走るものだと思っていたけど、それは凝り固まった常識というやつで。実際には舗装された道なんてすくないのかもしれない。


 やがてクルマの行く手に、町が見えてきた。


 地平線の彼方に、小さな米粒のように見える町の影。それはゆっくりと大きくなっていく。地球は丸いというけれど、この異世界もきっと同じなのだろう。


 町が近づいていくと、俺はどうしてこんな場所に人が集まっているのだろうと疑問に思った。


 べつに周りにはなにもない。けれどその町の近くから道路が舗装されており、ここはきっと町と町をつなぐはずれの町なのだと理解した。


 もしもこの世界がロールプレイングゲームならば、ここがはじまりの町に選ばれそうだ。


 町の周りにはさくがあり、いかにも異世界という感じ。どうして異世界の町って円形の柵で周囲を囲むのだろうか。こんな場所、敵に襲われることもないと思うのだが。


 町の入り口には誰も立っておらず、もしもゲームなら「ここは○○の町だよ!」と言ってくれるガイドがいるのにな、と俺はバカなことを考えた。


「……なんだかあれね」


 と、シャネルがつぶやく。


「どうした?」


 クルマはスピードをゆるめる。


「やっぱり人の気配があんまりしないわ。元気がないと言うか」


「たしかにね」


「みんなもう寝てるんじゃないか?」と、ローマ。


 そんなわけはないだろう。時刻はまだ夕方とも言えない。昼の3時くらいなのだから。


 そう思って周りを見渡すと――。


「あ、あそこに人がいる」


 第一村人発見だ。


 腰の曲がった老婆が、なんだか不安そうな顔でこちらを見ていた。


 シャネルはその老婆の近くでクルマを停めて運転席から降りた。


「すいません、少しよろしいですか?」


 シャネルの質問に、老婆は警戒感を示す。


「なんでしょう」


「私たちは旅の者なのですが、この町に宿はありませんか?」


 老婆は俺に視線を向ける。


 なんだろう、手でも降れば良いのだろうか。


 その次にティンバイを見る。厳密にはその腕のあたり、だろうか?


 そして老婆は残念そうなため息をついた。


「宿はありますよ、旅のお人。あちらの方で――」


 老婆に説明されて、シャネルは「ありがとうございます」と丁寧に礼を言った。


 そしてクルマに乗り込み、発進させる。


「なあ、兄弟」


 ティンバイが後ろの席から身を乗り出して言ってくる。


「どうした?」


「あの婆さんの視線、どう感じた?」


 どうやらティンバイも老婆の視線に違和感を覚えたらしい。


「なんか変な感じだった。期待してるみたいな――」


「だな。このチャン天白ティンバイのことを知っているわけでもなさそうだった」


「誰かを待ってる、みたいな?」


「かもしれねえな」


その誰かが俺たちではないことは分かった。


 教えてもらった宿に行く。


 あまり豪華とも言えない宿だけど、その分リーズナブルかもしれない。よく分からないけど。


 ここらへんはシャネルにおまかせだ。


 中に入る。カウンターには老人が座っている。ここの店主だろう。


 なんだか俺は猛烈に嫌な予感がした。こんなこと、前にもあった気がする。


「失礼、飛び入りなのですけど部屋は開いていますか?」


「開いていますよ。旅の人でしょうか?」


「はい。あまり長いはする気はありません、今晩だけで良いんです」


「分かりました、部屋はすべて開いてますので」


 ということは、1人に1部屋だろうか?


「でしたら2部屋お願いします」


 節約のためだろうか、シャネルは2部屋しかとらなかった。


 鍵を渡される。


 俺はてっきり、ティンバイと同室かと思った。なので鍵をもらおうと手を差し出す。


「あらシンク、持ってくれるの?」


「え? あ、うん」


 なんだか話しが噛み合わない気がするけど。


「じゃあローマちゃんにもはい、この鍵」


「え、僕かい?」


「そうよ。あっちの男の人と仲良くしてね。シンク、部屋に行きましょう」


「おいおい、ちょっと待て」


 俺は慌ててシャネルを止めた。


「なあに?」


「いや、おかしくないか。普通に考えたら男女で部屋を分けるだろ」


 それを俺とシャネル、ティンバイとローマって。


 いや、俺は良いよ。シャネルと一緒でも。けれど他の2人は犬猿の仲なんだからわざわざ一緒の部屋にする必要はないだろ。


「なんて、冗談よ。私とローマちゃんの2人部屋で良いわ。シンクもそっちで」


「なんだ、冗談か」


 しかしシャネルの目は笑っていなかった。あわよくば、という魂胆が透けて見えている。


 俺は思うのだが、せっかくみんなで旅をしているんだ。わざわざ火種になるようなことをしない方が良い。


「夫婦漫才は終わったかよ。ならさっさと部屋に行くぞ。兄弟、少し話しがある」


「うん?」


 いったいなんだろうか。


 ティンバイは真剣な顔をしていた。


「とりあえず夜ご飯の時間くらいになったら部屋に行くわ」とシャネル。


 分かったよ、と俺は答えてティンバイと自分たちの部屋に行くのだった。


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